11.お喋りになったエレインと王太子のスムーズな尋問。震えるデニス。
「エレインは、学園に入学する前から、遠くにいる人と話すための道具を欲しがっていた。今日、その道具を実際に使ってみたところ、離れていてもエレインの声はよく聞こえた。エレイン、どこの誰と何の話をするために欲しがっていたのかを話しなさい。」
王太子様に問われたエレインは、すらすらと話し始めた。
「アーレンドルフ様。私がアイデアを出した電話ができたのに、私が使う前にアーレンドルフ様が使うのはどうかと思います。使えるものができているんですよね?私が欲しがっているのを知っているのに、私に渡さないなんて、アーレンドルフ様はひどいです。」
「学園生活の始まる前も始まってからも、貴族の養女になったエレインの生活に不自由はなかった。遠くにいる誰かと話したかったことは何だ?」
「誰かに話しかけたり、手紙を書いて渡してもらったりして待っているのは、時間がもったいなかったからです。」
「人をやるのを待てないほどの急ぎの用事がエレインにあったか?」
エレインは、ムッとしてみせる。
「あるに決まってます。私は乙女ゲームのヒロインです。」
「エレインは、エレインという名前ではなかったのか?」
王太子様は、ゆっくりとエレインの名前を繰り返した。
「アーレンドルフ様。何を言っているんですか。私の名前はエレインです。」
エレインは、王太子様に確認されている自覚がない。
「エレインの本名が、ヒロインか?」
王太子様のなさろうとしていることの邪魔にならないよう、息を潜める。
「私の名前は、私がこの世界に生まれたときからエレインです。」
「なら、なぜ、エレインはヒロインと名乗る?」
「ヒロインは、役柄です。名前じゃありません。」
「ヒロインの役柄は、何だ?どこの間者か?」
僕は、ヒヤッとした。
「違います。何なんですか、間者って。乙女ゲームにそんな要素はありません。ヒロインは、女主人公という意味です。」
エレインは、元気に笑い飛ばした。
「エレインが女主人公なら、女主人公エレインはこれまで何をしてきた?」
エレインが笑い飛ばされた後も、エレインに間者の疑いを向けた後も、王太子様の様子は変わらない。
「それは、もちろん、乙女ゲームのヒロインをしていました。」
「ヒロインをするとは何だ?」
「私、ヒロインのすることを全部やったんです。」
エレイン。僕にもヒロインが何か分からない。でも、今日まで話したことがなかったんだよね?今、ここで王太子様以外にもたくさんの人目があるところで、朗らかに話せる内容なの?自制を忘れたらだめだよ。
「エレインは、ヒロインとして何をした?」
「まず、町で運命の人に会って、貴族の養女になります。これがプロローグで、本編は学園に入学してからなんです。学園で攻略対象に出会うんです。」
エレインが貴族の養女になったこと以外、何のことだか分からない僕とは違って、王太子様はすんなり理解された。
「町で出会った運命の人とは誰のことだ?エレインが町で会ったのは、私以外にもいる。」
「町で会う運命の人は、三人です。アーレンドルフ様、ダーデ様、マルク様の三人。」
王太子様とエレインの会話は、すいすい運ぶ。
「運命の人とは、結婚相手か?」
「違います。プロローグでは、まだヒロインの相手は確定していません。学園を卒業するときまでは確定しないんです。じっくり楽しめるゲームなんです。」
エレイン。君、これだけ能弁になれるなら、王太子様に寄越された人と拗れる前にもっと何とかならなかったの?
「ならば、運命の人の意味は何だ?」
「町で会った運命の人は、ヒロインの運命を変えてくれる人です。」
甘えがなくなって、能弁になったエレインの説明を一つ一つ拾っていく王太子様とエレインの会話は、途切れない。
「結局、結婚相手ではないか。」
「違います。運命の人が学園で恋人になるとは限りません。乙女ゲームが開始するのは、本編の学園が始まってからです。ヒロインと攻略対象の両方が学生になって学園にいる状態になってはじめて、運命の人もそれ以外の人達と一緒に攻略対象に繰り上がるんです。」
一つだけ気になるのは、エレインが喋る前に考えようとしなくなったこと。
「攻略対象とは何だ?」
「ヒロインと仲良くなる人です。」
エレイン。君、考えたことをそのまま口に出している?僕を連れて行くために幼馴染の顔と王太子妃様の顔を使い分けていた君は、どう振る舞えばいいかを考えてから口に出していた。君、大丈夫なの?
「学園に入って、私も攻略対象になったのか?」
エレインは、ハキハキと話す。
「なりました。私達、結婚しましたし。」
うん。王太子様はエレインと結婚されたんだ。僕が一人で焦ることはなかった。
「私の友のダーデとマルクは攻略対象になったのか?」
「ダーデ様は、攻略対象でしたけれど、マルク様は違います。」
王太子様の眉間が動いた気がする。
「マルクが運命の人から攻略対象に繰り上がらなかったのは理由があるのか?」
「あります。」
「理由を話しなさい。」
「マルク様は、私と同じ平民だからです。」
「エレインはマルクが平民だから、仲良くならなかったのか。ダーデと同じくらい、マルクは昔からの私の友だが?」
王太子様の言葉の節々から読み取れる王太子様の中にある平民への意識を間違わずに覚えておかないと。
「マルク様は、アーレンドルフ様にお仕えする側じゃないですか?マルク様じゃ、アーレンドルフ様が私してくれていることはできません。乙女ゲームのヒロインに生まれ変わったのに、元平民と平民で付き合ってどうするんですか?」
「平民には平民が合うだろう。」
王太子様は、尊い方や貴族と関わりを持ってきた平民しかご存知ない。王太子様の周りには、王太子様に気に入られたいという態度をあからさまに出すような平民を寄せ付けないようにしている?
「アーレンドルフ様。付き合う決め手は、合う合わないじゃないんです。合う合わないで決めていたら、いつまで経っても平民は平民としか付き合えないですよ?」
エレインの考え方は、貴族の子どものための学園に入学している他の平民に近い。
「それに問題はあるか?」
「アーレンドルフ様は、生まれたときから主役の王太子だから想像できないんです。平民女子は、いつだって貴族と付き合いたいし、貴族になりたいんです。」
エレインが平民女子の常識のように話している内容は、エレインがしたかったことだ。
「キラキラしたアクセサリーをつけて、ふわふわしたドレスを着て柔らかい靴を履いて、侍女に世話されて、家族に愛されて可愛がられて、求められて結婚して、元の家よりいい暮らし。そういうのが幸せなんです。」
エレイン。平民女子の夢じゃなく、エレインの夢だと伝えた方が王太子様に理解されるよ。素直な態度を出しやすくなるよ?
「エレインの攻略対象は、全員貴族か?」
「貴族のための学園に行っても平民と仲良くする平民が貴族のための学園に通う意味、ありますか。」
僕に話さなかった部分を王太子様にはすらすら話している。こんな本音も王太子様にはさらけ出せるなら、王太子様との話し合いを勧めたのは、僕の杞憂だったよ。
王太子様は、よく喋るエレインに同意なさらなかった。
「学園にいる平民は、貴族に交ざれる優秀な平民を選抜していた。」
「平民の中で優秀であっても、平民は、いつまでたっても平民です。乙女ゲームは平民が成り上がるゲームじゃないんです。」
エレインと王太子様の会話を聞いていると、王太子様はどこまでいっても、尊い方なんだとよく分かる。
「エレインは元平民の身でありながら、平民とは仲良くしたくなかったというのか?」
王太子様。平民と仲良くしたい平民は、貴族ばかりの学園に入学しません。王太子様の良く知っている平民には、貴族の目のあるところで、平民同士で固まっていたら、どんな言いがかりをつけられるか分からないと考えるような平民がいないのと同じです。平民の中でも考え方が違うのだとお伝えしても、きっとぴんとはこられない。
「乙女ゲームのヒロインになったのに、平民と仲良くですか?」
「エレインが学園でうろうろしていたのは、学園にいる攻略対象という役割の貴族と出会って仲良くなり、付き合いたかったからか?」
「付き合いたかったんじゃないです。付き合うまでの過程を楽しみたかったんです。」
「何が違う?」
「乙女ゲーム本編は、付き合う前の時間を楽しむもので、ヒロインがどの攻略対象と付き合うかを決めるのは卒業式の後なんです。卒業式の後に順番に告白されて、誰に応えるかを決めたら、攻略対象が恋人に格上げになり、乙女ゲームはエンディングに入ります。」
「エレインは、私に決めたということか。」
「ヒロインとしてはそうですけど、アーレンドルフ様が私に選ばれたと言われると、なんか乙女ゲームらしくなくなるんで止めてください。私に決めたのは、アーレンドルフ様です。メザリヤ様をフッたのは、私じゃないですから。」
メザリヤ様は、辺境伯の実子様。
「エレインが他の攻略対象ではなく、私にした理由は?」
「学園に入ってみたら、アーレンドルフ様以外はないと思いました。やっぱり、アーレンドルフ様です。他の攻略対象とは違いました。」
「何が違っていた?」
「命令できて、私にだけ面倒見もよくて、世話好きなのはアーレンドルフ様だけです。」
エレインから見た王太子様と僕から見る王太子様は一致しない。
「私以外の攻略対象の名前と出会った場所をあげていきなさい。」
「アーレンドルフ様。嫉妬ですか?もう終わったことなのに。」
「エレイン。」
エレインは、すらすらと話した。
エレインの話した五人の名前と場所を控えている文官みのある人が書きとっている。
「学園では、攻略対象の全員と会ったか?」
「会いました。忙しすぎて、大変だったんです。楽しかったですけど。」
「小さいうちからの貴族の付き合いがなかったエレインには、大人になりきる前に同世代の顔と名前を把握しておく機会があって助かっただろう。」
「人に会うことは分かっていたから、学園に入学する前にスマホを作ってほしいとずっとお願いしていたんです。遅すぎました。私が学園に通っている間に間に合わせられなかったんですか?」
王太子様に作ってほしいと頼んだ道具のできあがった時期が、使いたかった期間を過ぎていたという文句を直接王太子様に言えるのは、やっぱり甘えている?
「エレインは、学園でスマホを何に使うつもりだった?」
甘えてくるエレインを甘やかそうとしなくなった王太子様とよく喋るエレインを見ているのが、怖い。
「攻略対象が学園にいない日に、攻略対象の出会いポイントに行っても仕方ないんです。会えないに決まっている時間を一人で待っているほどヒロインは暇じゃないんです。」
「暇じゃないから、学園の中の配置は一度で覚えたのか?」
「学園の中に入るのは初めてですけど、ゲームで何度も見ているから、歩いてみたら地図は簡単に覚えられました。」
「我が国の成人前の貴族が集まる学園の地図を入学前に何度も見ていたのか。」
王太子様の様子に変化はないけれど、王太子様の危惧は僕にも理解できた。
平民として生まれ育ったエレインに貴族様の子どものための学び舎の地図の知識があったの?
十年前の町の中で、エレインは、町にお忍びで来られていた王太子様とダーデ様、マルク様の名前を呼び、その件でも怪しまれていたのに。
「地図は頭に入っているからいいとして、学園にいるかいないかを確認して会えるタイミングで会いに行かないと、その分の私の時間が無駄になるのがいやだから、スマホをお願いしていたんです。」
エレインの大したことじゃないと言わんばかりに話している内容は、喋らずにエレインの胸の内に秘めておくものでは?
「エレインは、エレインの欲しがっていた遠くの誰かと話すための道具で、攻略対象の位置を把握したかったというのか。」
王太子様のご尊顔もエレインの顔も見たくない。
「アーレンドルフ様。できあがるのが遅くなったのは仕方ないです。今、受け取ります。用があるときにいつでも呼べるように、デニスにも一つ渡しておくから、二つください。」
「エレインは、遠くにいる誰かと話すための道具があれば、攻略対象の位置を把握する仕掛けがついていると考えているのか?」
「スマホにGPS入っていないんですか?」
「通話したいときに通話する道具だと言っていたが、エレインの欲した道具の性能は、通話するだけではなかったようだ。」
「通話だけでもないよりはいいです。早くください。」
エレインは、両手のてのひらをくっつけて、王太子様に向け、ちょうだい、の姿勢。
「エレインには渡さない。」
「アーレンドルフ様。せこいことは言わないでください。私のアイデアで作ったんだから、私のものです。」
「元がエレインのアイデアだったとしても、エレインが使う機会はない。」
「私が使いたいから作ってと言ったんです。私が使います。」
エレインは、手を伸ばして王太子様に催促する。
「エレイン。エレインが作りたいと言っていた道具は、遠くにいる者とも話ができ、遠くにいる間者に持たされば、周囲の話し声を聞くことができる。王太子妃となったエレインが使う道具か?」
王太子様は、甘えるエレインを見ているだけ。
僕の体はこわばった。
「アーレンドルフ様。使い方が違います。スマホは仲良し同士が離れていても通話するためのものです。」
間者という単語を聞いているのかいないのか、エレインは触れもしない。
「エレインの仲良しは、王太子妃の先触れや手紙が届かない遠くにいるのか?」
王太子様の話が、いよいよ本題に入ってきた。
「誰がどこにいるかなんて、スマホでかけて、相手に直接聞いてみないと分かりません。せっかくのスマホだけどGPSが入っていないから。」
手を変え品を変えしていても、王太子様がエレインに聞きたい内容は変わっていない。
「エレインは、どこにいるかも分からない誰かと連絡をとろうとしている。相手は誰だ?」
「アーレンドルフ様。今日はなんで、そんなにしつこいんですか?嫉妬も行き過ぎると、見苦しくないですか?」
「エレインは、遠くにいる誰かと何の話をしたい?」
僕は、自分の耳を塞ぎたかった。
「そんなの、そのときになってみないと分かりません。」
エレインの誘いにのるつもりはサラサラない僕だけど、エレインが王太子様の尋問の末にどうにかされる未来も望んでいない。
見たくもない、聞きたくもない、立ち会いたくなんてなかった。
十二歳まで一緒に暮らしていた好きだった幼馴染が断罪されるかもしれない場面に参加したいだなんて、考えたこともない。
「今なら?」
王太子様は、いったいどういうおつもりで、僕の村まで来て、僕の家に、村長の僕とエレインと王太子様の三人で顔を突き合わせて、僕とエレインの尋問をしようとしているの?
「今だったら、アーレンドルフ様の嫉妬が凄くて、と話します。反省してください、余裕がないからって、私を責めてどうするんですか?」
「エレイン。」
王太子様の質問の意図が明確すぎて、誤魔化して気をそらすこともできないのに、エレインの答えは、王太子様の確かめたいことをなぞるようなものばかり。
エレイン。君は王太子様に間者と通じていると疑われているよ。
辺境伯領の端っこにある村の村娘からご領主様の養女になり、攻略対象という貴族に出会うために、貴族の通う学園に通ったエレイン。付き合う前の楽しい時間を複数の貴族と過ごしたエレインの攻略対象の中には王太子様も含まれていた。結局、エレインと王太子様は結婚し、エレインは王太子妃様。
学園に通う貴族の居場所を特定して会いにいくための道具がほしいと、離れた場所にいる相手と話ができる道具を欲していたエレイン。王太子妃様になっても、遠くに住む誰かと話すための道具を欲しがるなんて、いったい何を考えているの?話すのが楽しくなって考えるのを止めたわけじゃないよね?
エレインに思慮深くなってほしいと切実に思う。
僕は、一人で震えていた。
エレイン、君はどうして気づけないの?
疑いを一つ一つ確かめられているのが、どうして分からないの?
君は、今、王太子様に何を聞かれているのか、自分が何を喋っているのか、君の話した内容を誰に聞かれているのか、分かっていないといけないんだよ、自分で。
エレイン、君自身のために。
「乙女ゲームの中にスマホが存在しないなんて思わないじゃない。スマホを持つだけになんで反対されるのよ?」
エレインは大きな独り言を言った。
「エレインは、今まで話してきた知識をどこから仕入れた?」
「乙女ゲームの中に転生する前に。」
エレインは、しまったという顔をした。
「転生したなんて言う予定なかったのに。話しちゃった。なんで?信じられない。」
「エレイン。口が渇いたなら、お茶を飲んで話しなさい。」
エレインは、王太子様に言われるままにコクリコクリとお茶を飲む。
王太子様は、エレインがお茶を飲むのを満足そうに見ている。
満足そう?どうして僕はそんな風に感じたんだろう。僕の前に置かれたティーカップに入っているお茶は減っていない。僕がまだ、一滴も飲んでいないから。 そういえば、王太子様はお飲みになった?
王太子様とエレインと僕の三人のうち、ティーカップに入っているお茶を飲んでいるのはエレインだけ。
エレイン。君の飲んでいるお茶は、どんな味がする?匂いは?
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