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冬休みのはずの学園と、嘘の実話祭り  作者: 乾為天女


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第30話 第二の鍵、青い溝が合う

 一月四日の午後、食堂の窓から見える雪は、昨日より重そうに降っていた。外へ出れば膝まで沈む。けれど食堂のストーブは、じりじりと板の床を温め、八人の靴下を救っている。


  丸テーブルの中央に置かれたのは、青い欠片だった。割れた二つの欠片は、乾いた菓子みたいに、互いに離れたまま冷たい光を返している。


  弥風が、学校の雑巾を新品みたいに畳んだ布を持ってきた。

  「これ、布。ほこりが付くと、溝が見えにくいから」

  言いながら、彼女は欠片に指を伸ばす。素手だ。熱で割れそうだと分かっていても、触らずにいられないみたいだった。


  翔夏子がすぐに止める。

  「素手はだめ。弥風、昨日も“温度差”って言ってたでしょ」

  「だって、手袋だと滑る」

  弥風は唇を尖らせ、代わりに布で欠片を包んだ。


  ノブヤが、ストーブの前で湯気の立つマグを抱えたまま寄ってくる。

  「じゃあさ、こういうのは? ……温めた手で、そっと」

  孝太郎が即座に首を振る。

  「その“そっと”が怖い。落としたら、笑い話じゃ済まない」

  ノブヤは肩をすくめ、マグを引っ込めた。

  「はい。俺の手は、退場」


  量大が、欠片の横に紙と鉛筆を並べた。紙の端は、当番表の裏だ。

  「今は触るより、見えるものを写した方がいい。……弥風、溝ってどこ?」

  弥風は欠片の断面を指さす。割れ目の内側に、細い青い溝が走っている。まるで、誰かが最初から線を引いたみたいに。


  春花が椅子の背に指をかけ、身を乗り出した。

  「……その線、途中で消えてる」

  「消えてるんじゃなくて、こっちに続く」

  弥風が、もう片方の欠片を布越しに持ち上げる。二つの欠片を、割れ目同士で近づけた。


  その瞬間だった。


  青い溝が、ぴたりと一本に繋がった。小さな段差も、角度も、合う。二つが揃うと、溝は不思議な形を描いた。上が丸く、下が細く――古い鍵穴の影そのものだ。


  翔夏子が「うわ」と声を漏らす。

  「これ……鍵穴じゃん。見たことある」

  「どこで?」

  智香里が眉を上げる。

  翔夏子は、手のひらを上に向けたまま、空中に鍵穴を描いた。

  「旧校舎の時計塔の扉。あの鍵穴、こんな感じの、細長いやつだった」


  伸篤が、静かに頷く。

  「形が似ているだけ、かもしれない」

  「似てるだけでも、今は十分だよ」

  孝太郎が言って、欠片から目を離さない。目の奥が、少しだけ熱くなっているのが分かった。


  量大が紙を欠片の上にそっと重ね、溝の輪郭をなぞった。鉛筆の先が紙を擦る音が、食堂にやけに大きく響く。

  「……鍵穴の型。これ、持って行けば、比べられる」

  「比べる場所、決まってるじゃん」

  翔夏子が立ち上がり、椅子が床を擦った。彼女は勝手に自分のポケットを叩く。

  「持ち運び係、やる。落とさない。走らない。……たぶん」


  ノブヤが横から口を挟む。

  「“たぶん”って言った時点で危ない」

  「うるさい。あんたは、マグ係ね」

  「俺、マグ係って何」

  「湯をこぼさず、みんなの喉を守る係」

  翔夏子はそう言って、ノブヤのマグを奪い、勝手に台所へ持っていった。ノブヤは抵抗できず、背中で笑うしかなかった。


  弥風は欠片を布で二重に包み、端を結んだ。ほどけない結び方を、指先で確かめるように何度も撫でる。

  「……割れたのに、形が見えた。これ、二つになった方が、分かりやすい」

  春花が、息を吸った。

  「二つにならなかったら、気づけなかった」

  言ってから、春花は自分の言葉に驚いたみたいに瞬きをした。孝太郎が、ほんの少し口角を上げる。


  夜九時。旧校舎の図書館。丸テーブル。いつもの順番が、体に染みついている。今日は点数表も、裏のままだった。


  弥風が、布包みをテーブルの中央に置いた。布越しでも、青い冷たさが伝わってくる気がする。

  「今夜の語り手、私」

  名乗ると同時に、弥風は指を一本立て、次に二本を立てた。

  「嘘ひとつ、ほんとうひとつ。鍵の話をする」


  翔夏子が身を乗り出す。

  「鍵の話、今日しなくていつするの」

  「焦ると、手元が滑る。だから、まず話」

  弥風は淡々と言って、言葉を並べ始めた。


  「小学生の頃、図書室の本を返し忘れて、鍵のかかった棚に隠したことがある」

  ノブヤが吹き出しかけて口を押さえる。

  「おいおい、急に犯罪」

  「犯罪って言わない。返し忘れた私の方が悪い。……で、棚の鍵穴に、鉛筆を突っ込んで回したら開いた」

  智香里が即座に指を立てた。

  「はい、そこ嘘。鉛筆で開くわけない」

  「じゃあ、ほんとうは?」

  弥風は表情を動かさず、続きを言った。

  「ほんとうは、棚の鍵は最初から開いていた。私が鍵穴に突っ込んだのは、鉛筆じゃなくて……自分の爪」

  翔夏子が顔をしかめた。

  「それ、痛くない?」

  「痛かった。だから二度とやらない」


  孝太郎が、机の縁を指で軽く叩いた。

  「嘘とほんとう、どっちがどっち?」

  弥風は、布包みに目を落とした。

  「嘘は、鉛筆で開いた方。ほんとうは、鍵が開いてた方。……私が欲しかったのは鍵じゃなくて、“返し忘れた”って言える場所だった」

  言い切った瞬間、弥風の声が少しだけ揺れた。自分で気づいていないふりをして、彼女は布包みを開き、欠片をそっと並べた。


  青い溝が、図書館の電灯の下で、また鍵穴の形になった。


  弥風が布包みを解こうとすると、結び目が頑固に締まっていた。指先が赤くなるほど引いても動かない。

  「……ほどけない」

  「ほどけない方がいいんじゃない?」

  ノブヤが言いながら近づき、結び目に指を差し入れた。次の瞬間、彼は「痛っ」と短く叫んだ。

  「結び目って、爪を噛むんだな」

  「噛まない。あなたが無理に突っ込むから」

  弥風はそう言い、結び目の片側をほんの少し湿らせてから、ゆっくりほどいた。布の繊維がほどける音がして、欠片が顔を出す。


  欠片を並べたあと、春花が自分の両手を見つめた。指先がこわばっている。寒さだけじゃない。

  「……時計塔って、近くで見ると、もっと大きいんだろうね」

  春花は独り言みたいに言った。

  孝太郎は、春花の視線の先にある窓を見た。旧校舎の奥に、時計塔の影が薄く立っている。

  「大きいよ。近いと、音もする」

  「音?」

  「風が抜ける音。……それが怖いなら、怖いって言え」

  孝太郎は真顔で言い切ってから、慌てて言い添える。

  「怖くないなら、怖くないって言え。どっちでもいいって言うな」

  春花は一瞬だけ目を丸くして、それから笑いかけて、途中で止めた。笑う準備がまだ整っていない顔だった。


  孝太郎が春花の横に身を寄せ、口だけ動かして囁いた。

  「怖かったら言え」

  春花は返事をしなかった。ただ、視線だけで孝太郎を見て、ゆっくり一度だけ頷いた。


  その頷きが、鍵みたいに見えた。


  翔夏子が欠片に手を伸ばしかけ、寸前で止めた。

  「……明け方、行く?」

  量大が頷く。

  「人が少ない時間。足元も見える。……行こう」

  ノブヤが、珍しく冗談を挟まなかった。

  「落とすなよ。……俺、持ち運び係、代わりたいけど、任せる」

  「任せて。落としたら、私、泣く」

  翔夏子が言って、笑おうとして、少しだけ失敗した。


  図書館の窓の外で、雪は同じ速さで降り続けている。丸テーブルの上には、割れた青が、今夜はひとつの形を作っていた。



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