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冬休みのはずの学園と、嘘の実話祭り

作者:乾為天女
  十二月下旬、雪で外部との連絡が途切れた私立学園の寮に、孝太郎と春花を含む八人が取り残される。食堂の鍋の匂いは温かいのに、廊下の先には旧校舎の時計塔が黒く立ち、夜更けにだけ窓が深い青に灯った。春花は毛布の端を握り、言い出しかけて飲み込む。孝太郎は得点表を作りながら「ルールがあると落ち着く」と笑ってみせるが、笑いの裏で時計の針だけが進む。
  不安を薄めるために、翔夏子は夜九時、図書館の丸テーブルへ全員を呼ぶ。ひとり一つの嘘と一つの本当を語り、聞き手は点を付ける「嘘の実話祭り」だ。ノブヤは場を軽くしようとして言葉を滑らせ、智香里は怒りそうになって息を整え、量大は翌日の雪かき手順までノートに書き足す。弥風は年鑑の端をめくり、伸篤は誰にも言わず毛布を椅子に掛ける。点が動くたび、安心が増える。けれど、青い光は消えない。
  勝った者だけが鍵穴に挑めるという噂に背中を押され、八人は手袋と懐中電灯を握って旧校舎へ向かう。扉の鍵穴を触ると、青い粉が雪へ落ち、欠片が指に冷たく残った。点数の夜が重なるほど、鍵穴の粉は少しずつ増える。誰かが「怖い」と言い、誰かが「渡す相手が分からない」と止まり、誰かが冗談で丸めた角を見つけて黙る。春花は靴ひもを結び直す仕草で迷いを隠してきたが、孝太郎の隣で歩幅だけを合わせられるたび、言葉を置き去りにできなくなる。
  やがて紙片に残された七つの一行が見つかり、八人はそれを読み上げる。春花が最後に「迷ったって言えるの、強い。……私、今夜は言える」と声に乗せた瞬間、時計塔の扉が一度だけきしみ、雪の粉を落として開いた。狭い階段を上り、最上段の箱を開けると、光らない青い石が現れる。誰かを救う呪文ではない。けれど、誰かに手渡せる形で自分の言葉を残すための、静かな合図だった。
  年が明け、バスが学園を離れる朝。孝太郎はポケットの上から石を軽く叩き、春花は隣の席で小さく息を吐く。「帰り道って、はじめてだね」。曇った窓の丸の向こうで、二人は迷いを責めない選び方を覚えていく。
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