どうしようもない兄と母に悩まされた人生に決断しました。 金髪美男の屑は辺境騎士団へ~王妃への道と公爵家の選択~
「お前は嫁ぐしか能がない女だ。私はレイベルク公爵家を継ぐ嫡男だ。もっと尊敬しろ。もっと私を持ち上げろ」
フォルディシア・レイベルク公爵令嬢は金の髪に青い瞳の美しい令嬢だ。現在、17歳。
しかし、幼い頃からずっと出来の悪い兄に悩まされてきた。
兄、エベルの歳は19歳。金の髪に青い瞳のエベルはそれはもう、美しかった。
公爵家の嫡男として生まれた彼は、生まれた時から母であるマリー・レイベルク公爵夫人に可愛がられた。
「ああ、わたくしは男の子を産んだのよ。公爵家の嫡男を。ああ、可愛いエベル。愛しいエベル。命をかけても貴方を守るわ」
だから、それはもう甘やかしたのだ。
二年後、フォルディシアとアレスが双子で産まれても、公爵夫人は娘の誕生にはまるで喜ばない。息子アレスにも何故かあまり興味を示さなかった。
「娘?娘は結婚して出て行ってしまうわ。わたくしは男の子を産んだのよ。愛しいエベルがいれば娘なんていらない。アレス?男の子は二人もいらない。どこかへ養子にやってもいいわ」
さすがに、レイベルク公爵は妻を諫めた。
「娘だって政略に使えるだろう?我がレイベルク公爵家は名門。上手くいけば王家に嫁げるかもしれない。王家で生まれたバラド王子はフォルディシアと同い年だ。未来の王妃になるかもしれないぞ。アレスだって、伯爵位をやるか、婿入りさせれば何かの役に立つ」
「わたくしにはエベルがいればいいのです。この公爵家を継ぐ息子が。娘とアレスは貴方が育てて下さいませ」
だから、フォルディシアとアレスは母の愛を知らなかった。
父は二人をとても可愛がってくれたけれども、母は兄ばかり可愛がって、食事の席でもフォルディシアとアレスはまるで目に入らないようで。
「可愛いエベル。今日は何があったかお母様にお話しして?」
「お母様。エベルは今日は家庭教師に褒められました。エベルは覚えがいいからって」
「ああ、さすがエベル。出来がよいわたくしの息子だわ。レイベルク公爵家を継ぐにふさわしい」
エベルは実際には勉強嫌いだ。
家庭教師達も苦労している。だが、エベルは母にはそう報告する。いい子ぶるのだ。
いつもの風景。
フォルディシアは悲しかった。アレスも悲しそうな顔をしている。
自分達はまるでいないように扱われているのだ。
だが、父レイベルク公爵は違った。
「フォルディシア。お前はなんとしても王家に嫁ぐのだ。お前は王家に嫁いで、我がレイベルク公爵家の為に役立て。アレスだって同様だ。我が公爵家の為に役立つように励め。
お前達の母や兄が何を言おうと気にするな。特にフォルディシア、お前は美しい。必ずや王国の頂点に立つだろう。アレス、お前は優秀だ。期待しているぞ」
父はそう言って二人を抱き締めてくれた。
フォルディシアは父の期待に応えたい。
だから、幼い頃から勉学に励んだ。
寝る間も惜しんで知識を頭に詰め込んだ。
弟のアレスも同様に勉強に励んだ。
二人で手を取り合って励まし合った。
「わたくし、必ず、公爵家に役立つ人間になるわ」
「姉上。私も同様に、役立つ人間になりたいです」
フォルディシアにとってアレスが傍にいて、共に頑張ってくれることが何より励みになった。
レイベルク公爵家は派閥があり、そのトップである。
派閥のトップの家の令嬢として、ふさわしくなければならない。
フォルディシアが15歳の時にバラド王太子殿下の婚約者に選ばれた。
「バラドだ。フォルディシア」
「フォルディシア・レイベルクです。よろしくお願い致しますわ」
バラド王太子殿下も美男だ。
フォルディシアと並ぶと絵画のようだと、周りから褒められる位、お似合いだと言われた。
フォルディシアは、バラド王太子殿下の黒髪碧眼、逞しいその姿を見て、恋に落ちた。
そして、緊張した。
隙を見せてはならない。王太子殿下にふさわしい女性として認められないとならない。
でないと、婚約を解消されてしまうかもしれない。
更に人知れず、屋敷で夜中まで勉強に励むフォルディシア。
アレスが隣国に留学してしまった。隣国で学びたい事が出来たと言って。
だから、寂しい。
寂しいけれども、隙を見せてはいけない。
バラド王太子殿下にふさわしい女性としてふるまわないと、
王立学園で更に勉学に励むフォルディシア。
派閥のトップとして令嬢達も束ねてきた。
そうこうしているうちに二年過ぎて。
アレスも留学から帰って来た。
派閥の素敵なレティシア・ハデル伯爵令嬢と無事に婚約が結ばれた。
いずれ、アレスは伯爵位を父が与えて継がせる予定だ。
素敵な女性でフォルディシアは二人を祝福した。
フォルディシアを兄エベルはずっと馬鹿にしてきた。
「いくら王太子の婚約者になったからって、いばるな。この家では嫡男の私の方が上だ」
王立学園を卒業して19歳になっていたエベル。
だが、いまだに婚約者がいない。
彼の悪評が広まっていたからだ。
エベルは我儘放題で怠け者、王立学園でも卒業も最下位の成績で卒業していて、在籍時には、女性には声をかけまくっていた。
勿論、皆、いくら美男からだってエベルの我儘ぶりは有名なので、貴族の令嬢達は逃げまどう。平民の令嬢達は貴族の令嬢達に助けを求めて逃げ回る。
卒業して今まで、ダラダラと遊びまくっていたエベル。
だが、エベルが急に社交界に出たいと言い出した。
「学園では女性に相手にされなかった。なんで私程の男を皆、嫌がるんだ。まぁいい。社交界に出れば、私の魅力に嫌って程、皆、気が付くはずだ」
レイベルク公爵夫人も、
「可愛いエベル。夜会にはわたくしも付き添っていきますからね。安心して素敵なお嫁さんを手にいれましょう」
「お母様。心強いです。それに比べて、フォルディシアとアレス、父上は私に冷たい。私はこの家の嫡男だ。もっと私を敬え、頭を下げろ。特にフォルディシア。お前だ」
毎日、同じことを言われるので、フォルディシアはうんざりした。
だが食事は家族なので一緒にしなければならない。
レイベルク公爵が、
「社交界に出る事を禁じる。エベル。お前はこの家を継ぐことはない。何度も言って来た。公爵家を継ぐならしっかりと勉学に励めと。だが、お前は努力を怠った。いずれは、領地の片隅に家を与えてやるから、マリーと一緒に暮らすがいい」
マリーとはレイベルク公爵夫人の名前だ。
レイベルク公爵夫人は怒り狂った。
「貴方、何度も言うようですけれども、この公爵家を継ぐのはエベルですわ。なんで領地の片隅に行かねばならないのです。いいですか?今度の夜会、わたくしはエベルと一緒に出席します。社交界でエベルは美しいから中心になるわ」
レイベルク公爵は立ち上がり、
「いいか?マリー。そもそもお前が甘やかすからエベルが無能に育ったんだ」
「無能ですって?可愛いエベルちゃんを?」
エベルは胸を張って。
「王立学園の成績が悪かったのは、教師の教え方が悪かったからです。私は有能で凄い男だ。父上。この公爵家の嫡男は私しかいない」
「お前に領地経営は無理だ」
「そんなの有能執事か秘書にやらせておけばいいじゃありませんか。私はただ社交界で私の美しさを振りまいているのが仕事だと」
レイベルク公爵夫人も頷いて、
「そうよ。エベルちゃんは、ふりまいていればいいのよ。ただただ美しさと、その尊すぎる笑顔を」
フォルディシアの双子の弟。
それまで黙って食事をしていたアレスが、
「父上。私も婚約者が決まりました。伯爵位を与えて下さるとの事ですが、私がこの家を継ぐのは如何でしょう」
と、あっさりと言って来た。
彼は派閥のレティシア・ハデル伯爵令嬢と婚約が決まっていた。
父がアレスに新設の伯爵位を与え、伯爵とする予定だった。
レイベルク公爵夫人が立ち上がって、アレスの頬を扇で叩いた。
「エベルちゃんが継ぐのよ。アレス。思い上がらないで」
エベルも怒り狂って、
「お前等に公爵位を渡すものか」
フォルディシアは父と視線を合わせた。
互いの思う事は、兄と母が何かやらかさない前にどうにかせねば。その想いだけであった。
バラド王太子殿下とテラスでお茶を飲む。
その完璧な美しさと仕草。そして、知識についつい恋をしてしまう。
ドキドキがとまらない。
でも、表面上は冷静に、
「王太子殿下、今日は良い天気ですわね」
バラド王太子は、優雅に紅茶を飲みながら、
「そうだな。だが、フォルディシアの美しさに日の光も霞みそうだ」
「わたくしはそこまで美しくはありませんわ」
「いや、美しい。そして努力家だ。私の心はピヨピヨ精霊がハチミツに命をかけるように、君の為なら命だって惜しくはない」
内心、何を言っているのかしら?と思うフォルディシア。
そもそも、ピヨピヨ精霊は女神様の幻の精霊だと言われていて、この王国で見たことがないわ。
なんて甘い言葉。
恋をしているのは自分なのに……まるで愛されているようで。
「王太子殿下はわたくしの事が好きなのですか?」
「フォルディシアが私の婚約者でものすごく幸せだと思っている。勿論、好きだ。ものすごく好きだ。愛している。そうだな。フォルディシアの為なら、ベッドをバラの花で埋めて見せよう。愛の手紙なら書くことが出来るぞ。ただ三日がかりになる大作だからな。お望みなら書こうか?」
「いえ、結構ですわ。王太子殿下の貴重な時間をわたくしの為に費やすのはもったいないですわ」
「バラドと呼んでくれ。フォルディシア」
傍に来て、跪いて、
「バラドと呼んで欲しい。我が女神よ」
「え?王太子殿下でよろしいのでは?」
「バラドだ。バラド」
「バラド様」
「呼び捨てでもいいんだぞ」
「さすがにそれは‥‥‥バラド様」
「ああ、幸せだ。愛しのフォルディシア」
なんかとても愛されているみたいで、フォルディシアは幸せなのだが、
悩みをバラド王太子殿下に打ち明けた。
「母と兄がどうしようもない人間なのです。兄エベルは怠け者で、勉強もせず、父は廃嫡を考えているのですわ。母はそんな兄を甘やかして」
「エベルはどうしようもないな。そういえば同様な男が。ジュテス・グラド伯爵令息。彼もとても美しいらしいな。そして性格が屑だと」
「ああ、グラド伯爵令息はレティシアの元婚約者でしたわね。現在、弟アレスの婚約者のレティシア。本当にジュテス・グラド伯爵令息は屑で、レティシアがとても苦労をしていましたわ。彼はレティシアの容姿を貶める発言をして、レティシアが自信を無くして可哀そうでしたわ。わたくしはレティシアに自信をつけさせるように、アドバイスを色々としてあげたのですわ。ジュテスのような男が婚約者になった女性は本当に気の毒」
「だったら、ほら、変…辺境騎士団へ情報を流して、ジュテスをさらわせたらどうだ?また、彼の被害者が出たら気の毒だ」
「あの、屑の美男を愛でる変…辺境騎士団ですわね。どこの王国にも属していない魔物討伐を主としているとか。屑の美男をさらって教育することでも有名ですわね。実在していたのですね?」
「まぁ。奴らは王子や高位貴族の金髪美男が特に好みだ。まぁ黒髪でも茶髪でも美男の屑は好みらしいが、奴らは強いらしい。だからどこの王国も泣き寝入りするしかないとの事だ」
「そうですの」
「君が嫌でなければ、エベル・レイベルクの情報も流しておくか?奴らに」
幼い頃から虐められてきた兄である。アレスと共に母の愛情が貰えなくて泣いてきた。
それでも兄…兄を変…辺境騎士団へ売ってもいいのだろうか?
バラド王太子はフォルディシアに、
「無能な領主を得た領民程、気の毒な事はない。エベルにレイベルク公爵家を継がせるか?それとも君の弟は有能だと聞く。彼に公爵家を継がせるか?」
「お母様は兄を可愛がっておりますわ。母が悲しむのを見るのは、わたくしは‥‥‥」
「それでも、時には残酷な決断をせねばならない。将来、フォルディシアは王妃になる。王妃は時には冷酷でなければならない。エベルは王国に必要か?レイベルク公爵家に必要か?」
兄は必要ではない。
兄がレイベルク公爵家を継いだら、公爵家は地に落ちるだろう。
バラド王太子にフォルディシアは頼んだ。
「情報を変…辺境騎士団に流して下さいませ。兄を彼らに」
涙がこぼれる。
憎い兄。我儘で勉学も怠けて、女を追いかけてばかりいて。
それでも‥‥‥
バラド王太子が抱き締めてくれた。
彼の胸の中で思いっきり泣いた。
そして思った。
この人となら、どんな困難でも乗り越えていける。
顔をあげてバラド王太子の顔を見上げたら、そっと唇にキスを落としてくれた。
フォルディシアはとても幸せに感じた。
ジュテス・グラド伯爵令息が変…辺境騎士団にさらわれた。伯爵家で廃嫡されて、弟の下で働くのが嫌で家を飛び出した。飛び出したところで馬車に押し込まれさらわれた。
同日、エベル・レイベルク公爵令息が行方不明になった。
エベルも変…辺境騎士団にさらわれたんだと、人々は噂した。
なんせ高位貴族の金髪美男の屑だったので。
レイベルク公爵夫人は夫に向かって、
「エベルちゃんをどこへやったの?変…辺境騎士団がさらったのなら、取り返してっ。貴方、お願い。エベルはこの公爵家を継ぐのよ。大事な息子なのよ」
泣き叫んだ。
フォルディシアはそんな母を見て、胸が痛んだ。
アレスが母に向かって、
「母上。変…辺境騎士団の詰所は遠い。魔族に頼んで転移魔法を使って転移しないとたどり着けない」
「だったら、魔族を雇って。エベルちゃんをっ」
「この王国には魔族はいない。だから母上、諦めてくれ」
「嫌よーーー。いやぁーーーーー」
レイベルク公爵夫人が錯乱状態になったので、レイベルク公爵によって部屋に閉じ込められた。
フォルディシアはアレスに、
「他にやり方はあったはず。わたくしがやった事は‥‥‥」
アレスが慰めるように、
「兄上を領地に閉じ込める事は、母上が反対して難しかったのですから。これでよかったのです」
よかったとそう思う事にした。
今日もテラスでバラド王太子殿下と共にお茶を飲む。
雨がシトシト降って来た。
バラド王太子がフォルディシアに、
「エベルに何か送ってやるか?」
「わたくしが何か送っても喜ぶ兄ではありませんでしたから」
母はあれから、おかしくなって、離縁され領地の片隅で屋敷を与えられてひっそりと生きている。
エベル、エベルと、ずっと呟いているとの事。
「母に何か送ってあげようかしら。喜ぶ状態ではなくても、母ですから」
涙が零れる。
母の愛が欲しかった。ずっとずっと母の愛が。
バラド王太子が、立ち上がって、ハンカチを差し出してくれた。
そっとそのハンカチで涙をぬぐった。
バラド王太子殿下の優しさが身に染みる。
愛しいバラド王太子に向かって、微笑むフォルディシアであった。
とある変…辺境騎士団
「屑の美男をダブルゲット」
「今回はラッキーだったな」
「空振りも多いからな」
「神様に願っておこう。屑の美男が降り注いできますように」