21、みんなお揃いにしてみた
まもなく開店時間の夕方5時。
俺たちはあの無駄に重い扉の前に立っていた。
しかも、お揃いの作務衣姿で。
どうよ、これ。
めちゃくちゃ旅館っぽくないか?
思いつきだから、ネットで売ってるのなんだけど意外といいと思ってる。
評判が良ければ、旅館の名前を入れたオーダーメイドも悪くない。
唯一残念なのは、プルが着れない事。
スライム用の作務衣なんて、世の中どこ探してもないからね。
でも、プルだけ何もないのは可哀想だし
俺が淋しいから、俺たちと同じような色味でおしゃれな三角巾を用意した。
付けてあげたら
「うわー、かっこいーいー!わー、わー、わー」とそりゃもう大騒ぎだった。
かっこいいっていうか
めちゃくちゃ可愛いんだ。
だってスライムが三角巾だよ?
携帯で写真を!と思ったんだけど
何枚撮っても真っ黒に映るんだよね。
これ、きっとプルは異世界の住人だからだよな…
あー、残念だよ。
あの可愛さを残しておけないなんて…
まあ、仕方ないから
この目に焼き付けておこう!
さぁ、気を取り直して
いよいよ開店だ。
じいちゃんの後を継いだ
新しい旅館松やのメンバーで一緒に扉を開ける。
外には開店を心待ちにしていた街の皆さんが待ち構えていた。
シルヴェストさんから聞いたけど
じいちゃんは沢山の皆さんに愛されていたそうだ。
この世界にきっといきなり現れたであろうじいちゃんをあたたかく迎えてくれた街の人たち。
どんな事情で旅館とこの世界が繋がったかは分からないけど、きっと何か理由があるんだろ。
クラスティアさんが
庭先の門を開けて、お客さんを案内している。
お風呂を楽しみにしている人。
すき焼きを楽しみにしている人。
みんな旅館の再開を心から楽しみにしてくれてるようだ。
ここの人たちはみんなじいちゃんの旅館が好きだったんだな。
旅館を頼むというじいちゃんの一言。
あの時はすげー困惑したけど
これだけ愛されてる旅館なんだ、じいちゃんも心残りだっただろう。
じいちゃんと同じようにとまでは行かないけど
少しでもそれに近づけるように俺も頑張るよ。
そう改めて気合を入れてから俺は一歩前に踏み出した。
マルディニールさんご一行10名からスタートした俺のすき焼き調理。
最初はまとめて作る事に慣れていなかった俺は、焦りに焦った。
俺の中の予想では、テーブルについて飲み物を出してから10分から15分の間ですき焼きを提供する感じだった。
でもさ…
やってみると意外と時間かかるんだよね。
マルディニールさんご一行は10名だから
出来れば同じタイミングですき焼きを出したかったんだ。
ここの厨房は、4口のコンロが3台ある。
だから、理論的には10個のすき焼きを同じタイミングで出すのは可能なのだ。
可能だけど、俺のスキルが足りな過ぎる!
厨房は俺一人でって思ってたけど
助っ人プルに入ってもらって
プルには副菜の盛り付けとかをお願いしてる。
「プルできるー、じいちゃんとやってたー」
そう言うだけあって、プルの盛り付けはなかなかのものだ。
スライムが箸持って、皿にほうれん草の胡麻和えとか盛ってる姿…って
ご飯食べてる時は素手?素触手?なのに、箸持てたんだな。
もしSNSにあげたら確実にバズる。
これやばいよね…ハハハハ。
プルの助けもあったり
クラスティアさんが気を配ってくれたりして
俺も段々と落ち着いて調理できるようになって来たんじゃないか?
次のすき焼きの予約客が来るまで
ちょっと時間が出来たので
片付けをプルにお任せして俺は大広間へ。
途中、エントランスには
風呂のお客さんとワイワイ楽しそうに話しながら接客してるシルヴェストさん。
ここは問題さなそうだな。
なんだかんだ言っても
シルヴェストさんも長くここで働いてる訳だし
ただの酒好きのドワーフではないって事だ。
2階に上がってみると食事客と風呂の客で賑わっていた。
すれ違うお客さんに「こんばんはー」「いらっしゃいませ」などと挨拶をしながらクラスティアさんの方へ向かう。
ちょうどクラスティアさんが生ビールを注いでいたので、このくらいなら手伝えるかな?と思って声をかけてみる。
「どうですか?問題ありませんか?俺、少し時間空いたのでお手伝いできますよ」
生ビールを持ったクラスティアさんが振り返る。
「なにそれ、すごっ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
だって!だって!
クラスティアさん、片手にビールジョッキを5杯ずつ
全部で10杯持ってるんだものー!
「え!え、え、手伝いますよ?」
俺はクラスティアさんのビールジョッキを受け取ろうとしたがクラスティアさんは、何事もなかったように歩き始めた。
「問題ありません。かず様は次のご予約まで休憩なさっていてください」
「い、いやそういう訳には…」
周りを見ればすき焼きを堪能しながら
みんなガンガンお酒がすすんじゃってるんだもの。
こりゃ、生ビールの樽…追加で注文しなきゃいけないんじゃないのか?
そう言っている間にクラスティアさん、ちゃっちゃとビールをテーブルに運んでるよ。
すげーなこの人。




