15、マルディニールさん
買って来た荷物の中から取り出したのは
シャンプーやリンス、それからボディソープだ。
じいちゃんが取り入れてたポンプ式のボトルに
それぞれ入れ替える作業はプルとユストフさんにお願いしている。
「あー、あるじー。こぼしちゃったー」
「いいよ、いいよ。そのまま気にせず入れてくれ」
「わかったー」
むむむーと真剣なプル。
表情はあんまり分からないけど恐らく超集中してるのでないかと思う。
一方、ユストフさんは…
「…………」
あ、超集中してるね。
冒険者のわりに
体力勝負だけじゃないユストフさん。
じいちゃんから旅館の会計も任されているだけあって頭脳派だと見える。
チラッと帳簿を見たけど
すげー細かいの。
こっちの世界にはスーパーみたいにレシートとか領収書とかないんだろうけど
細かく収支が書いてあった。
日記も三日坊主の俺から見たら尊敬に値する。
俺たちが詰め替え作業している間
シルヴェストさんには旅館内の点検をしてもらってて、使わない間に壊れている所はないかチェックしてもらってる。
クラスティアさんには食堂として使う2階の大広間の備品を補充してもらって
大まかな掃除をお願いした。
考えてみたら、日本のこの規模の旅館だと
従業員ってどれくらいいるんだ?
大学時代に男4人で行った寂れた温泉旅館だって
この倍の人数はいたような気がする。
でも、じいちゃんがこの人数でやってたなら
宿泊なしだったら何とかなるんじゃないだろうか。
ってかやるしかないけど。
なんて思いながら作業をしていると
旅館の方のあの無駄に重たいドアが叩かれた。
「かずさん、いらっしゃいますか?商人ギルドのマルディニールです。」
「あ、少しお待ちください!今、開けます。」
変な体勢で引くと腰をやっちゃいそうな重い扉をあけると、この間お世話になったマルディニールさんが立っていた。
「どうなさったんですか?」
「突然申し訳ありません。実はこの間の予約なのですが…」
お?まさかキャンセル?
ま、仕方ないよな。
そんな幸先いいわけな…
「10人に人数を増やしてもよろしいでしょうか?」
「え!じゅ、10人ですか!」
聞けば、マルディニールさんが普段懇意にしている大きな商会の商会長さん(社長みたいなもの?)に松やが再開される事を話した所
すき焼き信者の商会長さんも行きたいとなったらしい。
その後、たまたま会議で一緒になった
冒険者ギルドのギルドマスターもこの旅館のヘビーユーザーだったらしく参加希望となったようだ。
「その後、話があれよあれよと広がりまして気がつけば10人に増えておりました。申し訳ありません。まだ大丈夫でしょうか?」
いや、まあ宣伝してもらったと思えば
とてもありがたい事だから嬉しいんだが
ちょっと緊張しちゃうな、俺。
だって冒険者ギルドのギルドマスターとか商会長さんとかって、お偉いさんだろ?
マルディニールさんだって地位のある人って事ですき焼き作るの緊張するーとか思ってたのに。
でも、これからここをやっていくなら
ここはしっかり乗り越えてなきゃならんよな。
商売やるからにはやるしかないな。
「大丈夫ですよ!実は、そんな大っぴらに再開を打ち出してなかったもので予約はまだマルディニールさんだけだったんですよ。」
その後、ちょろっと世間話をして
マルディニールさんは帰って行った。
マルディニールさんを見送って店に戻ると
旅館のチェックを終えたシルヴェストさんが丁度戻って来た。
「どうした、商人ギルドのマスターか?」
「あ、そうです。なんか予約の人数10人にしてほしいって」
「ほほほーう!そりゃ幸先いいな。」
「まあ、10人なら何とか僕でもやれそうですから」
「なに言っとるんじゃ。再開初日は恐らく満員になるじゃろーて」
「へ?」
シルヴェストさんの意外な発言に
すっとんきょうな声を出してしまったのであった。




