1、旅立ち
異世界で旅館やりたいな…という事で
新しい連載を久しぶりにスタートします。
どうぞ宜しくお願いします。
岩井和29歳独身。
幼い頃に両親を亡くした俺は母方のじいちゃんとばあちゃんに育てられた。
祖父母は山奥で旅館を営んでいてとても忙しかった。
住まいと旅館は繋がってはいたものの、旅館の方に行ってはダメだと言われていたので、二人に内緒でお客がいない時に探検をするくらいだった。
10年前にばあちゃんが亡くなり、その後しばらく一人で旅館を切り盛りしていたじいちゃんも1ヶ月前に亡くなった。
入院してたのも知らなかった俺は、病院からの連絡でじいちゃんが死んだのを知った。
病院の人から、じいちゃんの遺言状らしきものを渡された。
葬式はしなくていいから、火葬したらばあちゃんと一緒に墓入れてくれと書いてあった。
なんだかんだ、ばあちゃんの事好きだったんだな。
火葬してる間、入院生活をしていたじいちゃんの荷物を整理していたら、自分宛の手紙を見つけた。
そこには一言
「旅館を頼む」
……。
え?これだけ?
じいちゃん…他になかったのかよ…
元々、田舎暮らしが嫌でまあまあな東京の大学に入ってまあまあな企業に就職した俺。
祖父と孫の会話なんて、ほとんどなかった。
就職した企業が超ブラックで
満員電車に乗って通勤して終電ギリギリで帰宅してコンビニ飯を食べて泥のように眠る毎日。
弱音を吐きたい時もあったけど、田舎を飛び出して来た手前、じいちゃんにの居る田舎に帰ることもできなかった。
ばあちゃんが生きてた頃は、俺を心配して食べ物とか段ボールで送ってくれたっけ。
「たまには帰っておいで」
と書いてあったけど。
そんなばあちゃんも俺が東京に来てすぐ死んじゃったんだよな。
じいちゃんの手紙のせいって訳ではないけど、ここでこのまま働いていたら
確実に過労死確定だと思った俺は、じいちゃんの火葬が終わった後早々に辞表を出してアパートも引き払い、田舎に向かっていた。
男の一人暮らしなんて、家具も最低限しかなくてそのほとんどは大学の後輩に譲った。
残りは、粗大ゴミだ。
それでも、唯一の趣味だった車には結構お金をかけたのでしっかり持って行く。
田舎だから、車は必要だもんな。
忙しくて乗る暇なんてなかったけど
売らなくて本当よかった…。
車のトランクに洋服やら本やら色々詰め込んで、助手席にはじいちゃんの遺骨と写真を座らせ東京とはおさらばだ。
「さてと、そろそろだな」
田舎の一本道を走る。
周りは田んぼと畑のみ。
たまに農作業をしているおばちゃんを見かけるくらいで、家もまばらにあるのみ。
「本当に田舎だなー」
もう10年くらい帰って来てないが
子供の頃の記憶を頼りに進んで行く。
ナビもあるんだけど、なんか自力で辿り着きたくて頑張ってみたりしてる。
「あれ?曲がる所間違ったか?」
一本道を曲がってしばらく走ったら
行き止まりだった。
「おかしいな…そんなはずないんだけど…」
車に乗り込んでバックで引き返して
曲がり角を確認する。
「やっぱりここじゃね?」
うーん…と考え込む。
ふと、思い出した事があった。
小学生の頃、学校から帰って来たら
道に迷った事があった。
その時もいつもの所で曲がったのに、行き止まりになってて途方に暮れたんだ。
なんかデジャヴ…。
そん時はどうしたんだっかなぁ…
「あっ!そうだ!」
そん時も引き返して、また同じ道に入ったら帰れたんだった!
ばあちゃんにその事を言ったら
「そんな時は、もう一回曲がって来れば大丈夫だ」
って言われたんだ。
あの時はそういうものかと思ったけど
なんか怖くね?
やっぱり帰るのやめようかな…
いやいや!もう会社も辞めて来たし
アパートもないし…
「帰るしかないよな」
俺は意を決して
また曲がり角を曲がった。
しばらく行くと、さっきはなかった家が見えて来た。
「あったぜ!よかったー」
最後に見た時の記憶と同じ
古い旅館が見えて来た。
山奥だから塀とか門とかって言うのもないんだけど…一応申し訳ない程度に旅館の門みたいのがある。
しばらく手入れしてないから、草とか結構生えてて廃墟寸前って感じだけど
これは今後ゆっくりやればいいよな。
旅館の裏手に車を止めて、久しぶりに育った家を見上げた。
「結構デカいじゃん」
子供の頃から持っていた家の鍵で、裏口の鍵を開けてみる。
カチャ
「よし、開いた」
何ヶ月も人が居なかったんだから
おそらく埃とか結構溜まってるのかな。
とりあえず、寝る所だけ今日は確保して
とかなんとか思いながら扉を開けると…
「え?綺麗じゃん」
意外にも綺麗に掃除されてて驚いた。
「じいちゃん、意外と綺麗好きだったのか?」
裏口から入ると廊下があって、左右に扉がある。
これも昔のままだ。
左が旅館。
右が住居。
とりあえず、旅館は明日見ることにして
右の扉を開けた。
薄暗い居間のカーテンを開けて日差しを入れる。
案外綺麗なままの家の中にちょっと驚いたけど
じいちゃんの一人暮らしで、散らかす人もいない訳だ。
そりゃそうだよな…
家の中を見渡してみると、自分の記憶にあるのと同じだ。
匂いも記憶にある実家の匂い。
なんかホッとするな…。
とりあえず、ここ綺麗だし。
窓開けて、空気の入れ替えしたら
しばらくはここで過ごせるな。
テレビもあるし。
「荷物運んじゃうか」
何度か車と往復して、持って来た荷物を運び入れた後
居間に置かれた仏壇にじいちゃんの遺骨と写真を置いた。
もちろん、ばあちゃんの写真の隣に。
「ばあちゃん、ただいま。じいちゃん連れて帰って来たよ。」
「じいちゃん、お疲れ様でした。」
そう言って手を合わす。
うーん…しんみり…
二人とも居ないんだなと思うと、ちょっと泣けて来そうになった。
30手前で涙腺弱くなったかな…ハハハ
「さてと、とりあえず他の部屋も見てみるか」
誰もいない時って何か独り言言うよね…
俺はいちいち思った事を口に出しながら
他の部屋も見て行った。