第9話『べリア・ルリア』レベル1
床から伸びた漆黒の剣が、ゴブリンを貫いた。
紫色の血が垂れ落ちるギザギザの刀身は、すぐに消えてしまった。
拓郎が両腕にはめている禍々しいデザインのガントレット『デモンズ・ハンド』の特殊能力『黒の剣』である。
「ふぅ」
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名 称:ゴブリン・ソードマン
タイプ:ユニット
種 族:ゴブリン
属 性:闇
レベル:1
コスト:1
攻撃力:1
防御力:1
魔法力:0
スキル:【剣術】レベル1
特殊能力:なし
レアリティ:N
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「ふぅん、コイツはスキル持ちなのか」
「ナイス、タクロー」
肩を優しく叩いてくるリアにカードを見せた。
リアはそれほど感興をそそられた感じでもなく、紫色の瞳を手前でちょこんと座っていた白猫『リュンクス』に向けた。
「みゃ~」
リュンクスは小さく首を横に振った。
どうやら近くにモンスターはいないらしい。
「残念」
「どうやら、この階は狩り尽くしたみたいだね」
休憩しよう。
そう言って廊下の脇に座る。
リアが寄ってきて、すぐ隣に腰を下ろした。
最初は『近すぎる!』と思った距離にも、もう慣れた。彼女の言うとおりだった。
「ねぇ、どう、ワタシ!」
「うん。レベル上がって、強くなったと思うよ」
「でしょ、でしょ!」
瞳をキラキラさせるリア。
その輝きが『もっと褒めて』と雄弁に物語っている。
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名 称:情熱の聖杯ベリア・ルリア
タイプ:ユニット
種 族:デーモン/???
属 性:火
レベル:1
コスト:2
攻撃力:1
防御力:2
魔法力:3
スキル:【精霊魔法(火)】レベル1
特殊能力:この杯を●●で満たそう(対象:このユニット)
・対象のプレイヤーは【MP:対象のコスト×10】を消費してもよい。
効果適用後、対象のコストを0として扱う
※1枚制限
レアリティ:UR
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コストはそのままで、ステータスが上がっている。
正直に言えば、彼女が強くなったかどうかは一見しただけではよくわからない。
レベルアップしてから5匹のゴブリンと戦ったが、どいつもこいつも『シャドウ・バインド』からの一撃で簡単に勝ててしまったからだ。
――コスト据え置きって美味しいな。
しかも、特殊能力を使えばリアのコストは0にできる。
この調子でレベルアップしてくれれば、0コストハイパワーのユニットとして大活躍してくれる未来が待っている……かもしれない。
「あ、そうだ」
「ん~、どうかした?」
「うん。パックを買っておこうと思って」
拓郎はステータスウィンドウを呼び出し【万象の書】スキルの下に表示されている『パック購入』をタップした。
『水属性ユニットピックアップパック』
『水属性魔法ピックアップパック』
『アイテムピックアップパック』
『ノーマルカードパック』
それぞれ1日1回10PPでレアリティR以上のカードを1枚ずつゲットできる。
1000PPで11枚ゲットするよりも、毎日小さく刻んでいく方が安くカードが手に入るわけで……
――と言っても、明後日まで生き残らないといけないんだけど。
今日、明日、明後日で合計12枚だ。
今日か明日に死んでしまったら、お得でも何でもなくなる。
生き残るために、1枚100PPでカードを買わなければならない局面が発生する可能性を否定できない。
「……そのときに、ためらわないように気をつけないと」
小さく首をかしげて『タクロー?』と呟くリアに『何でもない』と笑みを返して、カード購入ボタンを押した。
【万象の書】から合計で40PPがマイナスされた。
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名 称:リザードマン青竜抜刀隊
タイプ:ユニット
種 族:リザードマン
属 性:水
レベル:3
コスト:3
攻撃力:1
防御力:4
魔法力:2
スキル:【剣術】レベル1
特殊能力:青竜抜刀術(対象:このユニット)
・対象を行動完了させる。
対象に【防御力:+2】を付与する。
対象を攻撃したユニットに【このユニットの防御力】ダメージ。
レアリティ:SR
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名 称:万能薬
タイプ:アイテム
コスト:2
対 象:ユニット1体
効 果:対象に付与されているすべての状態異常を解除する。
レアリティ:R
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名 称:アクア・ヴェール
タイプ:魔法【精霊魔法(水)】
属 性:水
コスト:2
魔法力:2
対 象:パーティひとつ
効 果:対象に【防御力:+2】【火炎耐性:+2】を付与する。
レアリティ:R
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名 称:蒸留酒
タイプ:アイテム
コスト:1
レアリティ:R
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「ええ~」
「どしたの、タクロー?」
「お酒が、『蒸留酒』が出てきた……」
「へぇ、お酒……」
「リアはお酒って飲んだことある?」
「あったりまえじゃないの、ワタシはもうオトナなんだから」
「すごいな。お酒っておいしいの?」
「……」
「リア?」
「……今のナシで。ワタシも飲んだことない」
見栄張ってゴメン。
早口で呟いて視線を逸らすリア。
よく見ると白い頬に朱が差していて、やたらとカワイイ。
その表情にすっかりやられてしまった拓郎は、喉に貼りついた言葉を全力で絞り出した。
「ま、まぁお酒は二十歳になってからって言うし」
拓郎は16歳だ。
今年17歳になる……はずだった。
生き残ることができれば、と言う注釈がつくけれど。
4年後、いや、3年後、生きていられるのだろうかと考えて……小さく首を横に振った。考えても詮無いことだ。
「それより、水だよ」
思わずボヤキ声が出てしまった。
ユニットと魔法は曜日ごとに異なる属性のカードがピックアップされる。
日曜日:光属性
月曜日:闇属性
火曜日:火属性
水曜日:水属性
木曜日:風属性
金曜日:ランダム
土曜日:土属性
わかりやすい。
今日は水曜日だから水属性だった。
「お水はさっき引いたって言ってなかった?」
「飲む以外にもいろいろ使い道がありまして」
洗濯とか、身体を洗うとか、トイレとか。
気が付いていないだけで、他にもあるかもしれない。水の確保は死活問題だ。
「もっと魔石を集めて、普通に買ってみるか?」
1枚100PPで。
バナーを見て、手が止まってしまう。
今日を逃せば、次の水属性ピックアップは1週間後。
命がかかっていると言うほど差し迫っていない分だけ、余計にたちが悪い。
「ん~、明日の分の40PPを稼いでから考えたら?」
「そうだね。2階に降りてみよう」
3階のモンスターは全部倒してしまった。
これ以上の敵を求めるならば2階に降りなければならない。
第1校舎の周辺をたむろしているのもゴブリンなので、この校舎にはゴブリン以外のモンスターはいないかもしれないが。
「じゃ、早く行きましょ!」
「……リア、なんか気合入ってるね?」
「とーぜん、ワタシの強さをもっともっとわかってもらわなきゃね!」
「……うん、そうだね」
言いながら、周囲を見回した。
誰もいなくなってしまった教室。
机や椅子をはじめとして教科書やら何やらがメチャクチャに散乱していて、そこかしこに見慣れない赤黒いシミが残っている。
血の跡だ。
「そう、だね」
血の匂いだけでなく、他にも生臭い……ゴブリンの匂いが鼻先を掠める。
窓を開けたらカーテンがぶわっと広がって、湿気交じりのネットリした空気が入り込んできた。
夏の到来を感じさせるその空気だけは、いつもと何も変わらなかった。
――生き残り……生き残りがいてくれたら……
仲間。パーティ。
そんな単語が脳裏をかすめた。
カーテンを手で払いのけて、目を細めて遠くを見やる。
方々で立ち上る黒い煙が、さっきより増えているように思えてならなかった。