第6話 この杯を●●で満たそう
「ショボくてごめんね」
すっかりしょげ返ってしまったリア。さっきまでの勢いは完全になくなっていて、今にも屋上の片隅で体育すわりを始めそう。
なお、飛び降りるタイプには見えなかった。
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名 称:情熱の聖杯ベリア・ルリア
タイプ:ユニット
種 族:デーモン/???
属 性:火
レベル:0
コスト:2
攻撃力:0
防御力:1
魔法力:2
スキル:【精霊魔法(火)】レベル1
特殊能力::この杯を●●で満たそう(対象:このユニット)
・対象のプレイヤーは【MP:対象のコスト×10】を消費してもよい。
効果適用後、対象のコストを0として扱う
※1枚制限
レアリティ:UR
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正直『リュンクス』とどちらが有効なのか、迷うところだ。
いかにも攻撃的な【精霊魔法(火)】と、奇襲を回避できる【気配察知】と。
戦うためには前者すなわちリアが必要に思えるけれど、ゴブリンを倒すだけなら過剰戦力かもしれない。
「あ、でも、コスト0ってのは美味しいかも?」
「……コスト0じゃないし、ワタシ」
「え? じゃあ、この特殊能力……」
リアの特殊能力欄に記載されている『この盃を●●で満たそう』のテキストは、拓郎がMPを20消費することで2コストを踏み倒せるように読める。
最大MPごと削られるのか単に現在のMPから20消費するだけなのかはわからないが、幸いなことに拓郎はレベル1でもMPは30もあるから問題ない。
……と言うか、この能力を使わないとほかのカードが何も使えない。
――伏せ字は気になるけどね……
実質的に選択肢は存在しない。
そう告げると、とたんにリアの歯切れが悪くなる。
白い肌をダラダラと流れ落ちる汗が妙になまめかしくて、言いようのない居心地悪さがあった。
「そ、それはそうなんだけど……」
プイッからのチラッ
顔を逸らして、横目で見つめてくるリア。
その頬は真っ赤に染まっていて、紫の瞳はウルウルと潤んでいて。
「ど、どーしても使う?」
「できれば、使いたい、かな」
「ほんとーに? 後悔しない?」
「……何かマズいことでもあるの?」
疑問形ではあったが、何かあるとは確信していた。
何もなければ、こんな使い得の能力をここまで渋るのはおかしい。
テンション高めで今まで拓郎の周囲にいなかったタイプの人物(?)だが、頭が悪かったり意地が悪かったりには見えない。
「そ、そうよね……使いたいわよね。ワタシがゴブリンなんかに負けるかもって思われてるのは癪だけど」
「えっと、リアには魔法があるから大丈夫だって思ってるよ?」
大丈夫と言いながら疑問形になってしまった。
リアを見ていると、何となく、直感的に、ひしひしと嫌な予感がしてくるのだ。
具体的に表現するならば……このデーモン美少女、ポンのものなのではないかと言う懸念が、どうしても拭えない。
「気のせいかしら、すごく愚弄されたような」
「気のせいです」
「私のこと、ポンコツとか思ってない?」
「ないないないない、そんなこと、あるわけないないないない」
「『ない』が多すぎるわ、タクロー」
は~
リアは大きく息を吐き出して『よし』と、ひと言。
「ま、レベル0だと説得力ないか……うん、覚悟、決めたわ」
「待って、覚悟が必要なほどのことなの?」
「……タクロー、目、閉じて」
「なんで?」
「いいから、閉じる」
「あ、はい」
有無を言わせない圧力に負けて目を閉じた。
屋上には自分とリアのふたりしかいなくて、モンスターに襲われる心配はなくて……でも、目を閉じると不安が込み上げてきて。
ふうっと。
鼻先を甘い匂いが掠めた。
少し湿り気を帯びた空気が、1回、2回と吹きかけられる。
首筋がくすぐられて勝手にビクンと身体が跳ねた。少し遅れてそれがリアの指だと気が付いて、『何するつもりなの』って口にする前に指が首筋から上に――あごをクイッと持ち上げてきて――
「ん~!?」
柔らかい何かが、唇に押し当てられた。
温かくて、プルプルしていて、気持ちよくて――次の瞬間、拓郎の体内から唇を通じて何かが吸い上げられていく感覚があった。
身体から、熱が奪われている。
レベルアップしたときと、ちょうど真逆の状態だった。
「ん~~~~~~~~~!?」
強烈な虚脱感は、ほんの一瞬のことだった。
押し当てられていた何かが唇から離れていって、おそるおそる目を開けると――顔を真っ赤に染め上げたリアがいた。
切なげに潤んだ眼差しが、拓郎の胸に突き刺さる。
いろいろと言いたいことがあったはずなのに、何もかもがカタチにならない。
「今のが、ワタシのチカラ」
リアが笑った。
チラリと覗いた舌が、濡れた唇を舐める。
その唇とエロティックな仕草を見て、遅まきながら彼女が何をしたのかを理解した。
――えっと、ひょっとして……キスされた?
たぶんそうなのだろうと思ったけれど……それを尋ねるには、拓郎には勇気が足りなかった。
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名前:桧川 拓郎
種族:人間
性別:男
レベル:1
HP:10/10
MP:10/30
スキル:なし
エクストラスキル:【万象の書】
・パック購入
・???
・???
装備品:なし
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念のためステータスを見てみたら、普通にMPを消費しているだけだった。
説明テキストによるとMPは時間経過で回復するらしいので、脅威が差し迫っている状態でなければ、基本的にリアのスキルは使った方が得ということになる。
――そう、なんだけど……
ウィンドウを見ているふりをして、チラッとリアを見やる。
スイっと視線を逸らされたし、リアの頬はさっきまでより朱が増していた。
コストを踏み倒すためにキスを強要するのは、人としてどうなのだろうと思ってしまう。
生き残るためだ~とか、リアのレベルを上げるためだ~とか、理由はいくらでも思いつくが、納得できるかどうかは別の話だ。
「そんな顔しないで」
「その……キスする必要があるって言ってくれたら」
「ばか。でも……うん、わかった。タクローっていい人なのよね。だったら……」
「だったら?」
尋ねた。
一拍置いて、リアが笑った。
まるで花のつぼみが開いたような、優しい笑顔だった。
「私がキスしたくなるような、いい男になりなさい」
「……そ、それでいいの?」
その発想はなかった。
リアは立ち上がって、ここぞとばかりに胸を張った。
顔どころか耳まで真っ赤だったから、微妙に格好がついていないことには気づいていないっぽい。
「もちろん。ワタシがチカラを使うから仕方ないって言い訳したくなるような、何度でもキスしたくなるような、それはもう飛び切りの男よ。言っておくけど、ワタシの理想はメチャクチャ高いんだから」
照れ隠しのように見えた。
デーモンと人間でキスに込められた意味とか意図が違うかもしれなくて、でも……それを差し引いても、リアは拓郎を気遣ってくれていることは明らかだった。
だから――拓郎は首を縦に振った。
「……わかった。僕も覚悟を決める」
「うん、その意気よ」
胸の奥で、心臓が強く跳ねた。