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第10話 生き残りとの遭遇 その1

 2階に降りた拓郎は、反射的に眉をひそめた。

 隣のリアも眉間にしわを寄せている。

 

「なに、これ? 3階と違くない?」


「……だよね?」


 違和感がある。

 空気が騒々しいとでも表現すべき、奇妙な感覚。

 それだけなら何もおかしくはないのだが……周囲にモンスターの姿が見当たらない。


「……ッ、……めろッ!」


「……声?」


「タクロー、あっち!」


 人の声が聞こえた気がした。

 リアが耳をピクピクさせて――廊下の反対側を指さした。

 その白い指先を目で追っていくと、廊下の奥に集まっているゴブリンを発見。

『ああ、やっぱりここもモンスターの巣窟なんだなぁ』と妙に安心して、さっきの人間らしい声がそっちから聞こえてきていることに気が付いて、ハッとした。

 ゴクリと唾を飲み込んで、そろりそろりと近づいて――


「なッ!?」


「うわっ」


 驚きのあまり、ふたり揃って物陰に隠れてしまった。

 どちらも『その光景』を見て、頭が真っ白になってしまったからだ。


 女子が襲われている。

 すっかり見慣れた感のあるゴブリンたちに。

 群がるゴブリン(離れたところから見るに5匹)の隙間から白い肌が見えた。

 長い手足がジタバタしている。

 何かを掴もうとする手、何かを蹴飛ばそうとする足。

 どちらもむなしく空を切っている。殴る音、粘着質な水の音、悲鳴。


 なんだ、あれ?


 幸いと言うべきか、すぐに理解が追いついた。

 ゴブリンが人間の女性をレイプするシーンを描いた漫画を思い出したからだ。

 その手のマンガでその手のシーンを見て『よし来た!』と快哉を上げたこともある(それが目的で読んでいるのだから、当然と言えば当然)拓郎だったが……いざ現実で目の当たりにすると、ただひたすらに不快なだけだった。


「ひどい……ゴブリンはこれだから……」


 吐き気がする。

 胸のあたりを手で押さえた。

 怒りをあらわにするリアに完全同意だった。


「やめろ……誰かぁ……ああっ……こんなの、いやだぁ」


 下卑たゴブリンの哄笑と女子の嗚咽が入り混じって聞こえてくる。

 女子の声が、だんだん途切れ途切れになっていくのが、遠くから聞いていてもわかった。

 焦燥めいた感覚がゾワゾワと足元から這い上がってきて、むき出しの首筋を撫でられるようなおぞましさに、拓郎は何度も首を横に振った。

 ムカつく。

 ファンタジーみたいになった世界で、カードゲームみたいなスキルで盛り上がって、美少女なパートナーと出会ってテンション爆上げだったところに、泥水を無理やり飲まされたみたいな不快感がある。

 それ以上に――怒りがある。


「ちょっと行ってくるから、隠れてるんだ」


「タクロー?」


「みゃ?」


『リュンクス』を脇に下ろした。

 この猫は【気配察知】のスキルを持っているが、戦闘能力はない。多数のゴブリンに仕掛ける際に連れて行くのは忍びなかった。

 たとえ自分で起動したユニットに過ぎなくても、無駄に死なせたくはない。


「敵が来ないか、見張ってて」


「みゃ!」


 いい返事だ。

 見上げてくる『リュンクス』の頭を撫でてやる。

 今度は逃げようとしなくて……なんだか、上手く行きそうな気がしてきた。


――で、どうするか……


 自問する。

 これまで拓郎がゴブリンを倒してきたパターンのほとんどには『デモンズ・ハンド』の特殊能力である『黒の剣』が組み込まれている。ターゲットの影から漆黒の刃を突き上げる強力な攻撃だ。

 でも。

 眼前の状況で『黒の剣』を使うと、圧し掛かられている女子に当たってしまうんじゃないかと言う危惧がある。テキストを読んでも『黒の剣』の対象は『ユニット1体』としか書かれてなくて、たぶん敵味方の識別はない。

『ユニット』と記載されているから『人間』には当たらないと考えるほど、拓郎の頭はお花畑ではなかった。

 検証する時間もない。


――じゃあ、【投てき】か?


 腰につるした短剣を握り締める。

 遠距離から短剣を【投てき】したとして、上手くゴブリンに当たってくれればいいけれど……確実に当てられる自信はない。それどころか、やはり組み敷かれている女子に当たる可能性を無視できない。

 外したら最悪だ。


――残るは……


【暗黒魔法】3種類のうち『ポイズン』『シャドウ・バインド』はいずれも即効性に欠ける。使うなら『シャドウ・バインド』だろうが、この魔法のターゲットは1体。

 動きを封じられないゴブリンのリアクションが予想しきれない。

 残る1つの魔法『ブラック・バレット』は遠距離攻撃だが、『黒の剣』や【投てき】と同じ懸念が拭えない。

 リアの【精霊魔法(火)】も同じだ。

 フレンドリーファイア(?)やむ無しと考えても、どのみち一気には倒しきれない。


――僕を狙ってくれるならいいんだけど……


 女子を人質にされたら、どうするか。

 いざとなったら見捨てる算段ならば話は簡単なのだが……だったら、そもそも助けに入る必要がないわけで。


「私が囮になろっか?」


「いや、それは……ちょっと待てよ?」


 リアみたいな超絶美少女なら囮としては十分に機能するだろうが、それは却下だ。

 でも、ピンときた。ゴブリンたちが女子ではなく拓郎を狙うように仕向けることができればよいわけで……ぶっちゃけ、それって別にスキルでなくても問題ない。


「ふふっ」


「タクロー?」


「ごめん、なんでもない」


 自分の頭の固さに笑えてきた。

 要は、ゴブリンが拓郎を無視できない状況を作ればいいわけだ。


「だったら……こっちを見ろ、ゴブリンどもッ!」


「ええっ!? ちょっと!」


 叫んで、走った。

 走って、思いっきり短剣を振りかぶった。

 女子の股間に分け入ろうとしていたゴブリンの頭に、短剣を叩きつける。

 かたい殻を突き破るような感触と、妙に柔らかい感触。

 刃を通じて伝わってくる、猛烈な不快感。


 耳障りな絶叫。

 盛大に吹き上がる血飛沫。

 残る8個の目が、一斉に拓郎に向けられる。

 いずれも殺意を滾らせた禍々しい目つきで……怖くはないがイラついた。


「チッ!」


 短剣を引き抜こうとして、重い手ごたえに舌打ちをひとつ。

 ゴブリンの頭に深く刺さり過ぎて、抜けない。

 やむなく短剣を諦め、一歩後ずさる。

 ゴブリンたちは、女子の肌に手を這わせたまま――空いた手で杖を掲げた。


「え? 杖?」


 杖?

 ナンデ?

 どっから出てきた?

 あ、傍に置いてただけか。

 さっき僕も短剣で同じことやった。

 瞬間、悪寒が走って――拓郎は廊下を蹴った。

 ひねった首の、ギリギリのところを光の矢が通り過ぎていく。


「あがっ、魔法使いかよ」


 直撃は回避できたが、放電に巻き込まれた。

 歯を食いしばって痛みを堪えた直後、脳裏に閃光が奔る。

【万象の書】からカードを引き抜き、続く2本目の光の矢に向けて――叫ぶ。


「封印!」


 ピカッと光が弾け、カードにイラストが浮かび上がる。

 ゴブリンは自分の魔法が効果を発揮しなかったことに首を傾げ、再び杖を掲げた。拓郎は、その杖に合わせて無地のカードで迎え撃った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 名 称:エナジー・ボルト

 タイプ:魔法【古代魔法】

 属 性:闇

 コスト:1

 魔法力:1

 対 象:ユニット1体

 効 果:対象に【1】ダメージを与える


 レアリティ:C


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「よし、魔法カード!」


 こんな状況なのに、口の端が勝手に吊り上がる。

 つくづく業が深いと笑うしかなかった。


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― 新着の感想 ―
これで、なけなしのコストも使い切ったのかな? ゴブリン引き離したら黒の剣も使い放題か。でも、使用の代償はないのかな。装備時の代償だけで使い放題なら、すごくいいアイテムなんだろうけど。 このあたり、カー…
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