4.
「ここまでで大丈夫です。セイ様はここで待っていてください」
カシュリの森に到着してすぐ、ナイトに森周辺の地形を説明した。時たま魔獣が出るとはいえ、基本的には平和な森だ。子供の頃から遊び場として何度も足を運んでいた場所。
現在の森の状況がわからないため、森の中に入らず、外からの説明になってしまったが、ナイトはそれだけで魔獣の巣のどこにあるか、当たりがついたようだった。
「なにを言っているんだ。さっきの説明だけじゃ心許ないだろ」
当たりが付いたからと言って、地図もない場所を歩くなんて危険なことだと言うことは、冒険したことのない俺にだってわかった。
「しかし…」
「俺は小さい頃から住んでるし、この森だって庭みたいなものだ。危なくなったら逃げるのだって出来る」
これは本当。子供の頃はもちろん、今も薬草の採取で度々足を運んでいて、子供の時以上に地形を理解している。
ナイトはすこし困ったような表情を浮かべて、笑った。
「いいえ。お気持ちだけで…こんな私では頼りなく不安に思われるでしょうが、必ず、彼女、サヴィーさんを連れて帰ってきます」
「だが…」
「信じて待っていてください」
そうナイトに言われてしまえば、なにも言えなくなってしまった。
森の中に入って魔獣に出会ったことはないに等しく、出会ったとしても小型魔獣で危害を加えられるよう事もなかったから、戦闘経験はない。
俺が役立つことができるのは癒すことだけ。
「はぁ…。俺もユーリみたいに鍛えれば良かったかな。ユーリ、信じてなくて悪かった」
ナイトが森の闇に消えたのを確認してから吐露したのは、ユーリにも聞いて欲しかったからだ。
「別に…。セイ、いつから…気付いてた」
物陰から静かに出てきたのはユーリだ。いつもの陽気さはない。どんな時でも謎の自信と言葉に違わぬ才能を発揮していたユーリは力なくつぶやいた。
「最初の方から。ナイトも気付いていたと思う」
「そっか…」
それもあって、ナイトは俺にここで待っていて欲しかったんだと思う。
このままではユーリも巻き込んでしまうから。
俺たちはここでナイトとサヴィーの帰りを待つしかない。
「ユーリ。俺はお前の話をただの空想で、面白いって思ってた」
気をまぎらわす、と言うのは言い訳でユーリに話しておきたかった。
ユーリのことを友だと思いながらも無意識に線引きをしてしまっていた後悔と気づき。
俺の言葉を聞いたユーリは静かに顔を左右に振った。
「別に…それはいいよ。理解できないのは当たり前だし。馬鹿にしたり、病気だとか遠ざける奴もいたのに、セイはイヤだなんだかんだ言いながらも受け入れてくれてただろ、オレは嬉しかった」
「そうか? でも悪かった」
「いいんだ…」
力なく返事をするユーリは胸元に手を当て握りしめている。
俺にはその姿が心臓を守るように見えた。
「ユーリ、どうしたんだ?」
ユーリの息を飲む音が聞こえた。
「いつもなら我先にって乗り込んでただろ? 危ないって言っても聞かずに」
命知らずで、我が道を行く。
いつも前を見ていたユーリがいまは足元ばかり見ている。顔色も血の気がないように見える。それは月明かりに照らされているせいだけじゃない。
「だって…違うんだ。俺が知っているストーリーと違ってる」
「すとーりー…たしか予知夢みたいやつだよな」
「凶暴化したホロウは…もっとレベルアップしたあとに出てくる最初の試練で…サヴィーが巻き込まれるはずじゃ、なかったのに…」
ユーリの言葉はまるで懺悔のようだった。ぶつぶつと呟き、最後は口元を両手で覆ったユーリの瞳はどこかぼんやりとしていて虚だ。
「ユーリ。それとこれは別だ。サヴィーのことは関係ないだろ。不運が重なっただけでお前に責任はない」
なにかしらの夢見と重なってしまったのだろう。だからずっと、ひとりで後悔をしていた。
ユーリはちょっと変わっているだけ、人が良い奴なんだ。負わなくていい責任を感じて、潰されそうになっている。
「でも…」
「大丈夫だ。俺たちはナイトとサヴィーが無事に戻ってくることを祈ろう」
本当に無駄に自信家だったり、かと思えば、不安に負けそうになる。ユーリは手のかかる弟分だ。
いまにも倒れそうな表情をしているユーリを安心させようと、頭を撫でるために手を伸ばした時だった。
再び、あの獣の咆哮が空気を震わせた。
「なっ!?」
「やっぱりっ!!」
俺の驚きと同時にユーリは悲鳴に似た声をあげた。
遠くで、断続的に衝撃音が響く。木々が倒される音に混じって、獣の鳴き声も聞こえる。
反射的にナイトが、サヴィーに危機が迫っていると思った。
「行っちゃ、ダメだ…」
「は?」
森の中に入ろうとした俺を震える手が引き止める。
「だって、あいつは中ボスみたいなもんで、倒すにはレベルもアイテムも足りない…死んじゃう…セイ、死んじゃうよ…」
うつむくユーリの顔を見ることはできない。だけど、泣いていることは分かった。
「っ…オレ、勇者、だけど…ぜんぜん弱くて…いざ、目の前にしたら…こわくて動けなくて…オレ…」
嗚咽が混じって途切れ途切れに吐き出される言葉。振り絞りだされた声はか細く頼りない。
だけど、俺は知っている。
「怖いことは悪いことじゃない。俺も怖い」
「じゃあ逃げよう…だれも…怒ったりしない…」
まるで神にすがるようだった。
でも俺は神様なんかじゃないし、その言葉のまま受け取ることはできない。だってーー
「なら、なんで。お前は来たんだ?」
ユーリはビクリと体を揺らした。
「それは…」
「見過ごすことができなかったんだろ?」
「だって、オレは…弱いし…」
俺を引き留めたユーリの手を掴む。これ伝わるだろう。
俺だって、怖くて、震えてしまっているのだ。
「セイ」
ユーリはハッとした表情で俺の顔を見る。
「うん。俺も弱いし怖いよ。でも完璧な人間なんていない」
「だったら」
「だから人は補い助け合うんだろ? 俺はお前がいて心強いし、勝てるとは言いきれないが、逃げ切れる気がするのはたしかだな」
「え?」
珍しく俺が根拠もなにもない発言をしたことに驚いたらしく、ユーリは顔をあげポカンと口を開けた。その様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。
「ははっ。お前の自信が伝染したのかもしれないな」
「セイ、なに言って…」
涙でぐちゃぐちゃになったユーリの顔がよく見える。
「なぁ、ユーリ。お前は将来、なにになるんだっけ?」
ユーリはその変わった言動で時々揉め事を起こしていた。
ただし、自分からケンカを売るようなことはしていなかった。
もし、ユーリが誰かと争っているとしたら、それは誰かを助けるため。たとえ、どんなに体格差があろうと、勇敢に立ち向かっていた。ボロボロになりながらも、いつも誰かのために頑張っていることを知っている。
「オレは・・・世界を救う勇者になる男、だ」
乱暴に顔を拭ったユーリ。顔つきが変わっていた。
「さて、俺たちの庭で暴れまわる魔獣から二人を奪還して、逃げ切るのが第一目標」
「あぁ…やってやる!」




