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2.

「…サ、サヴィー」


 気を抜いていたところにくる衝撃は強かった。

 内臓なかみが出るかと思った。しかし、その衝撃の正体はわかっているので自然と頭に手が伸びる。そうして動揺しているであろう相手の気持ちを落ち着かせるように、乱れた赤髪を撫でてやると「うー」と小さく唸った。


「どうしたんだ?」


 俺に突っ込んできたのサヴィーは、ユーリと同じく孤児院育ち。

 俺たちより2つ年下の妹のような存在だ。年齢の割に小柄なことを本人は気にしている。ただその代わりというのもなんだが、治癒術を使えうことができる数少ない人材なため我が家の治療院でお手伝いをしてもらっている。ユーリの次に俺と一緒にいることが多い。


「セイ…きゅうすぎる…おじさんもおばさんもビックリしてたわ」


 胸下に顔をつけたまま呟くセヴィーは想像していた以上に寂しそうな声だ。

 孤児院の中ではしっかり者で通っているセヴィーがこんな風に幼い子供が甘えるようにくっつく理由に納得してしまう。


「まぁ…今日の今日に決まった話だからな」


 サヴィーの気持ちを察すことはできても、王令をくつがえすことはできない。

 いつものユーリの空想であれば、いくらでもなんとかできるんだけど、さすがに今回はどうにもならない。サヴィーも頭の隅ではわかっていても、自分の中で気持ちをうまく消化できないのだろう。

 とりあえずサヴィーの頭を撫で続け、どう対応するか考えていると、いつの間にか空想から戻ってきていたユーリが爆弾を落とした。


「ふっふっふっ! このユーリ様が常人ではできないような速さをもって、王様からセイの同行許可を取ったからな! 驚くのも仕方があるまいっ!」


 あっと思った時にはもう遅かった。

 ガバリと顔を上げたサヴィーはくるりとユーリの方に体の向きを変えた。 


「なんですって!? ユーリ、またアンタなのっ!? いい加減にしなさいよっ! セイを巻き込まないでよっ!」

「はぁ? また、ってなんだよっ! 巻き込むとか意味不明だ! 大体、セイがオレと旅に出るのは生まれる前から決まってたんですぅ!」

「意味不明ですって!? それこそ、こっちの台詞セリフだわっ! 毎回毎回、わたしとセイが話している時によくわからない、それこそ意味不明なことを言ってくるのはアンタでしょー!」

「はぁぁ? 意味不明なのはお前がバカだからだ! セイや他のみんなだって、聞いてくれて理解してたわぁ!」

「きぃー! わたしがバカですってぇぇぇ!」


 ユーリとサヴィーは水と油のように、仲が悪いのだ。

 同じ孤児院育ちで、お互いの良いところも悪いところも知っている仲だからこそなのだろうが、年齢も近いこともあって、お互いに遠慮がない。

 こうした体質的には水と油だが、ユーリがサヴィーの怒りという炎に対して油を注ぐがごとく口喧嘩がはじまり、炎上していく、火と油の関係とも言える。


 どうしたものかと、目下、繰り広げられているじゃれ合いを眺める。


「あ…あの…その…放置されててよろしいのでしょうか?」


 ナイトがかなり控えめに声をかけてきた。

 俺にとっては、いつもの風景だが王都からきたナイトには刺激が強かったようで、2人の大きな声が上がる度にびくびくと体を揺らしている。


「あー…。この2人はいつものことなんだ」

「い、いつも…?」


 ナイトは困惑した表情を浮かべた。

 …本当に近衛兵なのだろうか?

 それとも王都はやはり「おほほ」「うふふ」と和やかな雰囲気なのだろうか。いかんせん、この町から出たことがないので分からない。

 こう考えると、俺もユーリのことを”世間知らず”なんて言えないな。


「旅に行きたいなら、一人で行きなさいよっ!」

「それじゃ、ダメなんだって言ってるんだろ! お前は世界の平和を俺だけに責任を負わせるのか!? この人でなし目っ!」

「ひ、人でなし、ですってぇ!?」


 ユーリの迷いのない大きな声を受けたサヴィーの声は弱々しく震えはじめた。

 これは良くない流れだ。


「そうだろっ! 自分だけ安全なところにいて世界が平和になるの待ってるなんて、人でなしじゃないかっ」

「そ、そんなことは…わ、わたし以外の人だって…」

「良い子ちゃんぶってもムダだ! 結局みんな…」


 これはあまりやりたくないが致し方がない。

 俺は近くにあった薪枝を大きく振りかぶって、釜戸を叩く。

 ゴィィンとにぶくて大きな音が響いた。


「「「!?」」」」


 一気にこちらを振り返る二つの視線と、眩ませている騎士が一人。

 すまん、ナイト。詫びは後からする。


「二人とも、やり過ぎだ」


 まずは、この二人だ。


「だ、だってぇ…」

「俺はっ! 悪くないっ」


 泣きそうなサヴィーに、フンッとふてくされているユーリ。


「どっちも悪いし、どっちも悪くない」


 喧嘩は喧嘩両成敗だし、正直、言い過ぎたのは良くないと思うが、サヴィーは俺を思ってのことだし、ユーリだって、なんやかんや言って「勇者になれ」なんて使命は重いはずだ。


「うー…」

「でもっ」

「でも、も、唸っても、ダメだ。お互いにごめんなさい、だ」


 それぞれに言葉を区切って、ひと呼吸。

 それから2人の間に入るようにサヴィーに近づき、目線に合わせるためにかがむ。

 サヴィーは眉をくしゃりと曲げ、大きな瞳を潤ませている。俺は出来る限り、穏やかな音になるように意識した。


「なぁ…サヴィーだって分かってるだろ? これは王令だ。たまたまユーリの言葉が当たってだけだ」


 一段と瞳が潤ませたサヴィーはこくりと頷いた。


「たまたま、じゃない」


 サヴィーに引きづらたのか、すっかり気落ちしたユーリは小さく反論する。

 ユーリの目線は斜め下を見て、俺たちから視線をズラしている。まったく手がかかる幼馴染である。


「そうだな。でも、前にも言ったけど、お前の言葉は誤解させてしまうこともあるし、混乱だってさせてしまうぐらい影響力があるんだ」

「でも…」

「理解できないからと言ってそれを責めるのはよくない。ユーリもわかっているだろう? 理解できないことを理解しようとしなくちゃいけないって」

「くっ…。そうだ、な。あー! お前、たまに俺より年上っぽいことって言うか、主人公っぽいこと言うなよー」


 苦虫を潰したような表情をした後、よくわからないことを言い出したが、理解しれくれたならばそれでよし。


「じゃあ、わかっているな? 2人とも」


 俺が一歩後ろに下がり、2人の視界を遮るものはなくなる。


「言いがかりみたいに責めて…ごめん」

「俺も言い過ぎた…」


 二人はもぞもぞしつつも謝罪を口にしていた。これで一件落着である。

 そして、ナイト。そんなに瞳を輝かすな、これは慣れだ、慣れ。そんなに崇めるようなことじゃない。

 さすがにいま言うことははばかられるため、心の中に留めておいた。


「…さてと」


 サヴィーとユーリの言い合いで湿ってしまった空気をかき消すように、俺は2回、手を叩き言葉を紡ぐ。


風の吐息(エアブレス)


 小さな風の精霊たちが心地よい風を生み出す。瞼を閉じ、深い深呼吸をすると若々しい草花の香りが流れ込んでくる。

 すぅと大きく空気を吸い込む。

 よし。空気が淀むと気分が落ち込むし、やっぱり良くないな。良い感じに気分転換ができた、とまぶたを開けると、ナイトの驚いた瞳とぶつかる。


「ど、どうした?」


 まぶたを閉じたのは数秒にも満たない時間だったと思ったけど、この短い時間になにかあったのだろうか。


「ええ詠唱もなしに魔術が、発動、した?」


 なんだそのことか。王都と地方ではやはり生活水準が違うようだ。

 そのことを説明しようと口を開いた瞬間。


「詠唱? あぁ、あれか? 技名を選択すると勝手に流れるメッセージのことか?」


 ユーリ。お前は少し黙っててくれ。話がややこしくなる。

 俺はいつものようにユーリの口元をふさぐ。


「わざめ? せーじ?」


 ほら見たことか、ナイトが律儀りちぎに理解しようとしているじゃないか。


「ごほん。ナイト。この地域には、精霊に力を借りて行う生活魔術があるんだ。王都的には古魔術と言われるものかもしれない。前に王都からきた商人がナイトと同じように驚いていたからそうなんだろ?」


 口元をふさがれてもなお、もごもごと口を動かすユーリをそのままに、俺は以前、町を通りかかった商人から言われた言葉を思い出した。


「古魔術…それが使える人がまだいるなんて…」

「王都ではわからないが、この地域では、魔術が使える人はこれぐらい使えるのが普通だ」

「な、なんですって⁉︎」


 開いていた瞳がさらに大きくなって、顔から落ちそうだ。


「と言っても、そもそも魔術が使える奴が少ないし、精霊の相性が合う合わないとか色々あるみたいで説明は難しいが、所詮は生活魔術程度だ」

「ですがっ…」

「俺の使えるのもそよ風とかぐらいだし、ましてや魔獣を追い払えるような魔術なんて使えないから期待はしないでくれよ? どっちかって言うと、ナイトの剣術が多分、今のところ最高戦力だと思う」

「い、いえ。こちらこそ驚いてしまい失礼しました。確かに古魔術が残っていると聞いたことはありましたが、その、目にすることがはじめてで…勉強不足でお恥ずかしいです」


 ナイトは貴族だから、堅苦しい雰囲気にどうもむず痒く感じてしまう。


「いや、こっちこそ。なんか色々と騒がせているのはこちらの方だ。気にしないでくれ。そんなわけで、俺も常識ぶってはいるがこの町だけで、知らないこととかも多いと思うから、常識や作法とか至らない点があったら、遠慮なく教えれもらえるとありがたい」

「そ、それは、もちろんです!」

「あはは。そんなに堅苦しくなくて良いぞ。俺らしかいないし、これから長い旅になるんだから」


 ユーリほどではないが、軽く肩を小突くと、一瞬、驚いた顔をしたが恥ずかしそうに「そうですね」と返事をしてくれた。

 今まで手のかかる弟という存在はいたが、ナイトはつい構いたくなってしまう弟、というような雰囲気を感じてしまう。


「良いぞ、良いぞ。もっとやれ。これで色々攻略しやすくなるぞ。ぐふふっ」


 口元を押さえていたはずなのに、ユーリは俺の意識がそれた瞬間を逃さず口元を解放させた。そしてユーリの口からはまたもや意味のわからない言葉とともに気持ち悪い笑いをこぼす。


「…ユーリ。心の声が漏れてる。やるなら、もっと静かにしてくれ」


 それとなく注意するが、全く聞いていない。


「いや、でもサブクエストで発生するサブヒロインイベントでサヴィーとセイの王道ストーリーも女子人気あったしなぁ」


 妄想がはじまると長いんだよな。こう言う時は、ほっとくのが一番である。


「考え事もほどほどにして、陽が落ちる前に家ん中に入れよ」


 耳に届いているかわからないが、ユーリに軽く声をかけて、止まってしまっていた旅の準備に戻ることにした。

 サヴィーやナイトにも声をかけて、自宅兼の治療院へと足を進める。


「セイ! あ、あのね。わたし、その、セイが無事に帰ってくるように毎日、お祈りするわ! ずっと、ずっと、セイのこと、待っているからっ」


 ユーリに対して憎まれ口を叩いてしまうような元気なサヴィーだが、一転、お礼を言われたりすると恥ずかしがるような年頃な女の子である。なかなか素直に言葉にしにくいらしく、俺を心配する言葉さえも頬を赤く染めてしまうほどだ。


「ふっ。ありがとう。そう言ってもらえると俺も頑張れるよ」

「せ、セイ! あ、あの勘違いしないでね! べ、別にわたしは…」

「分かってるよ。ユーリのことも、みんなのことも心配してくれてるんだよな?」

「まっ、まぁ。でも一番は…」

「サヴィーは本当に優しいよ。お嫁さんにしたいと言うみんなの気持ちがよくわかる。俺も、いてくれたら嬉しいし」


 そう褒め称えると、口をパクパクとした後に「わたしっ帰る!」と駆け足で去ってしまった。

 たぶん、褒め言葉に照れてしまったのであろう行動が可愛らしく、くすくすと声を漏らしてしまっているとナイトが「無意識、なんですよね?」と言ってきた。


「え、何が?」

「いえ。すごいですね、セイ様は…」


 なぜか遠い目をされてしまった。

 そのあと「王都に伝聞を伝えなければいけないので失礼します」と、今まで見たこともないような洗練された表情を作り、宿泊場所へと戻っていった。ユーリは…


「なぁ、なぁ。準備できたか?」


 妄想もひと段落したらしく、またしても、俺の周りにうろついては進捗状況を聞いてくる。

 まるで遠足前の子供ようだ。


「あぁ。治療院の引き継ぎも残したし、あとは旅に出るための道具を選定するだけだ。心配しなくてもちゃんと旅に出るから、お前も孤児院へ戻って、チビどもの相手でもしてやれよ?」


 ユーリとチビどもとは何か通ずるものがあるらしく、俺より人気なのである。本当にユーリは面白い人間である。


「うーん」

「手伝わないなら、ほら帰った帰った」


 軽くユーリの背を押しながら、自室から追い出す。

 ユーリはもう急かさなくても大丈夫と確信を得たようで抵抗なく足を進め、最後に「寝坊するなよ!」と言うと孤児院へ帰っていた。

 俺はと言うと、旅先でも使えそうな器具をいくつか選定して鞄に入れて準備を終えた。


「ふわぁー」


 あくびをひとつ。そうこうしている内に陽は落ち、空には星が瞬いている。

 俺はいつも通り、夕食を食べ風呂に入り、そして気楽に寝れる最後のベットに横になる。

 怒涛の一日を過ごした俺の身体は思っていたより疲れていたようで、あっという間に深い眠りに落ちた。



 次に目を覚ました時、俺を待っていたのは暖かな陽射しー…ではなく、えとした月夜の明かりだった。


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