もうひとりぼっちになんかさせない
短編です
「何すんのよっ!!卑しい平民風情がっ!!」
左頬を襲う痛みと、それに伴い湧き上がる激しい怒り。
その全てを込めた罵声を浴びせつつ、目の前の少女の胸倉を掴む。
しかし、少女は私の怒りも、頬を思い切り叩いたことによる手の痛みも全く気にしない様子でこちらを睨み付けている。
その目を見て、更に怒りが込み上げて来る。
お返しとばかりに、その憎たらしい顔を思い切りひっぱたこうとして……。
「あれ……?」
突如として頭の中に浮かび上がって来る、知らない筈の記憶。
見たこともない、こことはまるで違う街並み。
大勢の人に揉みくちゃにされながら、ふらつく足取りで歩く女性。
まだ20代だとは思うが、疲れ切った表情からは全く生気を感じない。
凄まじい勢いで鉄の箱が行き交うのを、他の人々と同じように、じっと眺めている。
いや、あれは鉄の箱じゃない。自動車だ。
交通量の多い交差点で信号待ちをしているのか。
女性は、誰かにぶつかられたのか、押されたのか。
よろめく様にその行き交う自動車の前に倒れ込み……。
「ミリアお嬢様……?」
呼び掛けられた声に、はっと我に返る。
まだ私に胸倉を掴まれたままの少女も、訝しむようにじっと私を見ている。
「だ、大丈夫……。もういいわ」
少女から手を離し、ソファに座ろうとするが足元が覚束無い。
さっきのは何?
あれは……。
「それじゃ、私は失礼しますね」
混乱している私に、少女は冷え切った声色で告げると、返事を待つこともなく部屋から出て行った。
許可なく立ち去るなんて、そんな無礼を許す訳には……。いや、そんなこと別に気にすることないんじゃない?
無礼を許すなという私と、気にすることないという【私】が頭の中でせめぎ合っている。
「一体何なの……?」
どうにか辿り着いたソファに深く身を沈め、混乱する頭を何とか整理しようとする。
「お嬢様、これを……。
それに顔が真っ青でございます。ゆっくりお休みになられては?」
私付きの侍女が、心配そうに濡らしてよく冷えた布を差し出してくる。
あ、そうか。私思い切り頬叩かれたんだっけ。
「あ、ありがとう。そうね、少し休むわ」
「!?」
お礼を言いながら布を受け取ると、侍女が驚いたように目を見開く。
「お、お嬢様……。そんなお礼だなんてとんでもないです!」
見開かれたままの瞳にはどんどん涙が溜まり、あっという間に溢れ出してしまう。
「え!?ちょっとどうしたの!?」
何でありがとうと言っただけでそんな?
いや、私今までに侍女に対してありがとうとか言ったことないような。
そもそも、ラシール侯爵家の長女である私が、たかが侍女如きにお礼を言うなんて……。
いや、何かして貰ったらお礼を言うのは当たり前で、そこに身分の貴卑なんて関係ないはず。
何で私は今までお礼を言った事がなかった?
違うそうじゃない。何で私はお礼を言うのが当たり前なんて思ってる?
駄目だ。
さっきのことも含め、どんどん混乱してきてるし、頭がガンガン痛む。
「ちょっと寝るから、1人にしてくれる?」
どうにか泣き止んだ侍女を下がらせ、ベッドに潜り込む。
ふかふかで暖かい布団に包まれ、私はあっという間に眠りに落ちた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
真っ暗の部屋の片隅で、自分の身を守るように。
あるいは、この世の全てを拒絶するかのように膝を抱えている少女。
顔立ちだけを見れば中学生くらいに見えなくもないが、その体はやせ細っており、中学生だとしたらあまりにも小さい。
知らない筈なのに、知っている。
見ているだけで泣きそうになってくるその少女は、ずっとひとりぼっちだった。
酒とギャンブルに溺れる両親は、色々な所に借金を作り、夜逃げのように引越しを繰り返していた。
世間体を気にするだけの心は残っていたのか、学校には通わせて貰えていたが、何度も繰り返される転校。
親しい友達を作るだけの期間同じ所に留まること自体がほぼなかったが、薄汚れた服を着て、やせ細った小汚い娘と仲良くなろうとする子はいなかった。
たまに心ある教師が心配して世話を焼こうとして来たが、少女はその全てを拒絶していた。
そんなことをすれば、両親に何をされるかわからなかったから。
だから、少女はずっとひとりぼっちだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「もう、ひとりぼっちは嫌……」
自分の呟きで目が覚める。
ここは真っ暗な部屋ではないし、私はやせ細った小汚い娘でもない。
ラシール侯爵家の長女である私の部屋は、豪華で品の良い家具や調度品で溢れ、毎日美味しい食事を食べている私は、健康そのものだ。
でも、全て思い出した。
あの小汚い可哀想な娘は。
「過去の私。前世か……」
中学卒業と同時に働きに出され、稼いだお金の全てを両親に搾取され続けた前世の私は、疲れきって朦朧とした意識のまま道路に飛び出し、車に轢かれてしまった。
覚えてるのはここまでだが、きっとその時に死んでしまったのだろう。
ずっとひとりぼっちで、ずっと寂しくて。
誰かに愛されたい。
暖かい布団で眠りたい。
美味しいご飯をお腹いっぱい食べてみたい。
死ぬ間際は、疲れきっていて毎日ぼうっとしてたけど、ずっとそんなことを考えていた気がする。
今の私は、国内屈指の名門侯爵家の令嬢で。
両親からは目に入れても痛くないくらいに溺愛されていて。
ふかふかで暖かいベッドで眠れて、前世では見たこともなかったような美味しいご飯を毎日食べている。
ずっとずっと、今の暮らしが当たり前だと思っていた。
でも、本当はこの生活はこれ以上はない程幸せでかけがえのないものだったんだ。
私は自分がミリア・ラシールだと言うはっきりとした記憶がある。
これまでの18年間生きてきた記憶が。
でも、前世の悲しい記憶を思い出したからだろうか。
考え方なんかは、かなり強く前世に引っ張られているような気がする。
侍女に対して自然とお礼が口から出たのもその影響だろう。
今世の私は、お世辞にも善良とは言えない生き方をして来た。
両親から溺愛されているのを良いことに、我儘し放題。
高慢で他人が自分の為に何かをするのは当たり前で、感謝なんかした事がなかった。
そのくせ、少しでも気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こし、暴力まで……。
使用人のみんな、よく我慢して仕えてくれてたな。
それにあの子。
私をひっぱたいた少女。
彼女は私の異母妹だ。
父が若気の至りで手を出した平民の女性が産んだ婚外子。
母親が亡くなったタイミングで父が引き取った。
そんな経緯なものだから、私の母は彼女に対して冷たい。
虐めたりはしてないみたいだけど、存在をほぼ無視している感じだ。
2人が会話してるの見たことないもんな……。
父は父で、そんな状況を申し訳ないとは思ってるみたいだけど、母の手前堂々と庇うのも気が引けてるようだし。
で、私は両親がそんなだから、ここぞとばかりに虐め倒していた。
異母妹も大人しい性格だから、何をされても言い返すことすらなかったし。
そこまで考えて、違和感に気付く。
今日の異母妹の様子、いつもと全然違った。
今日は確か……。そうだ、私が部屋に呼び出したんだ。
何となくむしゃくしゃしてたから、彼女を虐めて発散しようという最低の理由で。
いつもなら何をされても言われても、されるがままの彼女が今日に限って言い返して来て。
その態度に頭に血が上った私は、彼女の付けていたペンダントを引きちぎった。
母親の形見だと大事にしているのを知りながら。
これでまたいつものように泣き出すだろうと思っていたら、頬に強烈な一撃を喰らったわけだけど。
うーん、我ながら最低なことしたな……。
自分の行動なのに、自分で自分が信じられないし許せない。
異母妹の様子が、ペンダントをちぎる前からいつもと違ったのも気になるけど、そんなことを気にする前にやるべきことがある。
彼女に謝らないと……。
ペンダントのことだけじゃない、これまでのこと全部だ。
謝ったからって許して貰えるとは思えないほど酷いことをして来たけど、それでもまずはきちんと謝罪することから始めよう。
そして……。
簡単なことだとは思えないけど、彼女に対する両親の接し方も改善出来るように働きかけてみよう。
仕える主人である私達が冷たく接しているから、使用人達も彼女に対しては余所余所しい。
そりゃそうだよね、下手に庇ったりしたら私に何されるかわからないもん。
でも、そのせいで。
異母妹はこの広い屋敷でひとりぼっちだ。
母親を亡くし、突然連れて来られたこの屋敷で。
ひとりぼっちの辛さを、前世で嫌というほど味わったのに、私が彼女をひとりぼっちにさせてしまった。
だから、私がこの状況を何とかしなければ。
これまでのことを許して貰えなくてもだ。
私が彼女をひとりぼっちにはさせない。
今日から私は、彼女と本当の姉妹になる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ミリアお嬢様、晩餐の仕度が整いましたが……。体調は如何ですか?」
今後の事やらを部屋で1人考えていると、侍女が呼びに来た。
いつの間にか結構な時間が過ぎていたらしく、窓の外に目をやると、すっかり夜の闇に包まれていた。
「大丈夫よ。今行くわ」
返事をしつつ部屋を出ると、侍女が心配そうな顔で待っていた。
さっきの私の様子を見て、何かの病気にでもなったと思ったのかもしれない。
実際、酷い頭痛もしてたし。
「アンナ、心配かけてごめんね」
後ろを歩く侍女のアンナに振り返りつつ声をかける。
私としては、酷く混乱していたりで迷惑をかけてしまったからと言うだけで、そこまで深く考えて言った訳ではなかったのだけど。
ビクリと肩を震わせて立ち止まると、びっくりしたように目を見開くアンナ。
その目には今にも零れ落ちそうに涙が溢れている。
あれ、この展開さっきもあったような……。
「ちょっとアンナ!?どうしたの?」
「いえ、申し訳ありません……。
お嬢様が、その……。私の名前を……」
アンナの言葉に、何か鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
そうだ、私は今まで彼女を名前で呼んだことがなかった。
用があって呼ぶ時も、「あんた」とか「ねぇ」とか。そんな風にしか呼ばなかった。
ずっと一番近くで仕えてくれていたのに……。
本当にどれだけ傲慢だったんだろう。
「ごめんね、アンナ。これからはもっと貴女を大切にするから。」
「お嬢様……!!」
涙脆いらしく、完全に泣き出してしまったアンナの背中をさすって宥める。
アンナの背中から伝わってくる体温の暖かさで、私の心まで暖かくなってくる気がした。
どうにかアンナを宥めて食堂に着くと、もう家族は全員揃っていた。
両親と、それから異母妹。
「ミリア、体調が優れないと聞いていたが、大丈夫なのかい?」
「顔色は悪くないみたいだけど、心配だわ」
「少し頭痛がしたのですが、休んだのでもう大丈夫です。
ご心配をおかけして、申し訳ありません」
私の身を案じてくれる両親に応えつつ、席につく。
異母妹の様子が気になり、ちらりと表情を伺ってみるも、こちらには全く関心がないようだ。
これまでの彼女なら、私に何か言われ、それが原因で両親からも責められるのではないかと脅えていたはずだけど……。
やっぱり何処かおかしい。それとも、今までずっと猫を被っていただけでこれが素なのかな?
侯爵令嬢と言う立場上、猫被りしたご令嬢というのは数え切れないほど見て来たけど、彼女からはそんな印象は受けなかったんだけど。
両親と談笑しながら食事をしていても、異母妹の様子が気になって仕方ない。
「ミリア?やっぱりまだ具合が悪いんじゃないかい?」
「あ、いえ。本当にもう……」
私の様子がいつもと違うと感じた父が、心配そうに声をかけて来たので、それに大丈夫と答えようとしたら。
「それでは、私は先に失礼させていただきます」
いつの間にか食事を済ませた異母妹が、部屋に戻ろうと席を立った。
「あ、ちょっと待って!」
咄嗟に呼び止めてしまった。
私の突然の行動に両親はびっくりしているが、肝心の異母妹はちらりとこちらを見ただけで、そのまま食堂から出て行ってしまった。
「申し訳ありません。私もこれで失礼しますっ!」
「ねぇ、ちょっと待ってってば!」
唖然としている両親を無視して、慌てて異母妹の後を追いかける。
絶対に聞こえているはずなのに、異母妹は足を止める気配はない。
「お願いだから、待って!」
小走りに追いかけ、手首を掴んだことでようやく足を止めてくれた。
私達のただならぬ様子に、使用人達が何事かと驚いているが、今の私にそんなことに構う余裕はない。
「……何ですか?」
ゆっくりとこちらを振り返る異母妹。
「……っ!」
その目を見て、背筋がぞっとするような悪寒を覚えた。
私に興味がない。いや、それどころか、まるで汚物を見るかのようなその目。
触れられるのも、声をかけられるのすら嫌だと言うのがはっきりと伝わって来て、怖気付きそうになる。
でも、ここで怯んでいる訳にはいかない。
「話したいことが……あるの……」
「私には、ラシール侯爵令嬢様と話すことなど何もありませんが」
どうにか声を振り絞ったが、返って来るのは完全なる拒絶。
自業自得とは言え、それには心が折れそうになる。
それでも。
「時間は取らせないから……。お願い……します」
怖くて異母妹の目を見ていられない。
声も消え入りそうなくらい小さくて、我ながら本当に情けない。
「……はぁ。わかりました」
それでも、異母妹は頷いてくれた。
自室に異母妹を案内し、向かい合う形でソファに座る。
そこに、アンナがすかさずお茶を運んで来てくれる。
「アンナ、ありがとう……」
「いえ。それでは私は下がっていますね。
何か御用があればお声がけ下さい」
にっこり微笑むアンナの笑顔に、少し心が奮い立つ。
そんな私の様子に、異母妹の眉が一瞬ぴくりと動いた気がしたが、すぐに元の無表情に戻ってしまった。
「それで?お話とは何ですか?」
「えっと……その」
謝りたい。今日のことも今までのことも全部。
そう思っているのに、中々最初の一言が出て来ない。
「特にないなら、失礼させていただきますが」
言葉遣いこそ丁寧だが、心底面倒くさそうなのを隠そうともせずに言うと、異母妹は早々に腰を上げる。
「あ、待って!その……謝りたくて」
「謝りたい?誰が?誰にですか?」
立ち上がったまま、私を見下ろす異母妹の目は変わらずとても冷たい。
心が折れそうになるが、両手で握り締めたティーカップから伝わる、アンナが淹れてくれたお茶の暖かさが勇気をくれる。
「貴女に……。カリナに謝りたいの。
今日のことも。今までのことも」
「久しぶりですね。ラシール侯爵令嬢様が私の名前を呼ぶのは」
再びソファに腰を下ろしてくれるカリナ。
そうか、私はこの子の名前も呼んでなかったのか。
「卑しい平民風情の名前など、すっかり忘れておられるのかと思っていました」
クスクスと笑うカリナだが、その目は全く笑っていない。
カリナに対しては、「あんた」とかすらも呼んでいなかった。
私が彼女にかけていたのは、彼女が言ったような暴言だけ……。
「ひっぱたかれて怖くなりました?
これまで誰にも叩かれたことなんてなかったでしょうし」
相変わらず面白そうに口元にだけは笑みを浮かべているカリナ。
彼女の言う事は間違ってはいない。
「確かに叩かれたのは初めてだったけど、そうじゃないの。
これまで、カリナに本当に申し訳ない事したって思って。それで……」
言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉が紡げない。
「そんなお気になさらないでください。
今日食べる物にも困っていたような貧しく卑しい平民が、衣食住の何の不安もない生活が出来ているんですもの。
どれだけ感謝しても足りないくらいですわ」
カリナが言うのは、かつて私自身が彼女に言った言葉。
だから大人しく従えと、カレンを虐めるのを正当化するかのように理由にして来た。
その言葉をここで言うということは、彼女は私の謝罪を全く信じていないということ。
突然の反撃に驚いた性悪女が、反撃を封じるためにとりあえず謝った体を装っているとしか思っていないのだろう。
「だって……」
簡単には受け入れて貰えない。それどころか一生許して貰えなくても構わない。
そう思っていたはずなのに、完全なる拒絶に涙が出そうになるのを、グッと堪える。
私には、泣く資格なんてないんだから。
「私のせいで、カリナはずっとひとりぼっちだったでしょう?
ひとりぼっちは本当に辛いわ。寂しくて悲しくて
それでも誰にも助けて貰えない。
わかってたはずなのに、私のせいでカリナをそうしてしまったから……」
「ラシール侯爵家のご令嬢ともあろうお方が1人で寂しい思いをなさるのですか?
貴女は、侯爵様ご夫妻にもとても愛されているではありませんか」
思わず思い出した前世を引き合いに出してしまった。
カリナに謝りたいと思った一番の理由はこの記憶が蘇ったことだったから。
それでも、カリナは何を言ってるんだこいつは。というように呆れた顔をしている。
実際、今世の私は前世のような思いは一度もしたことがないから、カリナの言うことは間違っていないんだけども。
「夢を……見たの」
「夢ですか?」
前世云々は言っても信じて貰えないだろうから、もうこう言うしかない。
「夢の中の私は、とても貧しくて。
両親から愛される事もなかった。それどころか、働いて手にしたお金は全部取られてたわ」
いきなり何を言い出すんだと思われているかもしれないけど、カリナは黙って話を聞いてくれている。
「ずっとひとりぼっちで生きていて、寂しくてたまらなかった。
誰か助けてって言いたくても、両親にそのことが知られるのが怖くてそれも出来ないの」
前世を思い出し、涙が溢れそうになるのをグッと堪える。
「そんなひとりぼっちの辛さを知っていたのに、そのことをすっかり忘れてカリナに同じ思いをさせてしまっていた。
それが本当に申し訳なくて、自分が情けなくて……」
「夢の話なのに、知っていた……。忘れてた……か。これってもしかして……?いや、そんなまさか」
カリナが何かブツブツ言っていたけど、その声はとても小さく私の耳には届かなかった。
「だから、許して貰えるとは思ってない。
そんなことを望む資格もないのはわかってる。
だけど、せめて謝らせて欲しいの。
今まで、本当にごめんなさい……」
きっと許してなんて貰えない。
それでも、申し訳ないと思ってることだけでも信じて欲しい。
いや、それすらも傲慢な考えなのかもしれないけど。
そう思いながら、私はカリナに深々と頭を下げた。
「なるほど。仰りたいことはよくわかりました」
頭を上げると、そこには変わらず無表情のカリナがいた。
「お話は以上でよろしいですか?」
「あ、うん……。聞いてくれて……ありがとう……」
それには何も答えず、カリナはすっと立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
そうだよね、そんな簡単にわかって貰える筈なんてない。
こうやって、最後まで聞いてくれただけでも感謝しないと。
「……正直」
そのまま出て行くと思っていたカリナが扉の前で立ち止まる。
「今のお言葉が、全て本心だと信じることは出来ません。謝りたいと仰ってくださったことも含めてです」
「うん、わかってる」
カリナの言う通りだ。
むしろ、私だったら途中でふざけんなってキレてると思うし。
「それでも、こうしてお話してくださったのは……嬉しかったです。私の名前を呼んでくださったことも」
カリナは振り返らない。ずっと背を向けたままだ。それでも。
「おやすみなさいませ、お姉様」
「!!……おやすみ、カリナ!」
初めて姉と呼んでくれた妹からは、さっきまでの冷たい空気は消えていたような気がした。
まだまだ距離が近付いたなんてことはないのだろう。
姉と呼んでくれたのも、単なる気まぐれかもしれない。
それでも。
今日から私は、貴女の本当の姉になるんだ。そう決めたから。
もう、貴女を絶対にひとりぼっちにはしないからね。
現在連載中の別作品【必滅の魔女】にも登場するラシール姉妹のお話でした。
この作品は必滅の魔女に登場する数年前の出来事です。