18 伯爵子息に転生したヒモ男は緑茶を飲みつつきなこ餅を食べたい。 ☆挿絵あり
前回までのあらすじ。
ちゃぶ台は日本の心!!!!!!
異論は認める(クリティア)
どもどもー。次期伯爵ミゲルだよ。
たぶんうちの姉さ、乙女ゲームかナレル系小説の主人公なんだよ。設定……って言い方するのはメタなんだけど、ポジション的にそう見える。
伯爵令嬢で、未婚で、超美少女なのに婚約者は無し。
婚約破棄された悪役令嬢もいる、良い友人もいる。
姉のまわりには、ハイスペなのにフリーな男が、おれが知るだけでも七人はいる。
いかにも流行りのラノベ主人公の設定まんまなんだよ。
今日は姉のミラが、クリティアに料理を習うというのでついていくことにした。
クリティアがこの世界に広めたジャージに袖を通してウッキウキ。
令嬢なのにジャージ。
「いらっしゃいミラ様。ミゲルもいるのね」
「まあ! これはなんですの、お姉様! わたくし、こんなに低いテーブルは初めて見ましたわ」
「これはちゃぶ台というの。あいている座布団に座って」
ミラが目をまん丸くして驚くのも無理はない。
クリティアの部屋のど真ん中に、ちゃぶ台があった。
毛足の短い絨毯がしかれていて、その上に座布団、ちゃぶ台。
異世界なのに、ばあちゃんちの居間に来たかのような…………。
ミラが恐る恐る、お嬢様座りで座布団に腰を下ろす。
おれは馴染みがありすぎるから、遠慮なくあぐらをかく。
メイド服を着たウサギがやってきた。
「クリティア様、お客さまですの?」
「ええ。ルールー。二人分のお茶を追加で淹れて」
「はいですの」
ルールーがワゴンからふたつティーカップを出して、ちゃぶ台に置く。
震える前足で注がれる、薄い緑色のお茶。
「これって、も、も、も、もしかして緑茶!?」
「そうよ。うちの領地は茶葉も育てているから、紅茶に加工する前のものを送ってもらったの」
「まさか生きてまた緑茶を飲める日が来るなんて……ぐすん」
前世ではコンビニやスーパーのペットボトルで普通に売っていた緑茶。こっちじゃもう飲めないはずだった緑茶。
久々すぎてウメェしか言えない。
懐かしいなぁこの青い香り。
「フッフッフ。この世界に紅茶があるなら緑茶が飲める! と思って蒸してみたら、思ったとおりでしたわ。よかったら少しお土産としてお持ちになって」
クリティアいわく、緑茶と紅茶は本来同じ植物。加工の工程が違うだけなのだとか。おれ、おばあちゃんの知恵袋を知らんから、目からウロコ。
「わたくし、緑色のお茶を飲むのは初めてですわ。本当に紅茶と同じ茶葉なんですか?」
「ええ。収穫後すぐに茶葉を蒸すのが緑茶、水分を飛ばして揉んで、発酵させるのが紅茶」
「さすが食神の聖女ですわ、お姉様。それも女神様からのお言葉ですか?」
日本じゃググればすぐ出てくる知識。
発展途上のこっちじゃ未知の知識。
クリティアはべた褒めされて、すごくやりにくそうだ。
「そうね。女神様はとても聡明であられるから」
女神様(地球における先人の知恵)
こっちの生活や食生活が豊かになるから、どんどん女神様のお言葉を落とし込んでほしいね。
「それで、今日は一緒に料理する約束でしょう。母上から許可を取ってあるから。初心者でも作りやすいものを選んだわ」
「ありがとうございます。わたくしもついに女神様の料理を作れるのですね!」
「何作るの? おれも食べたい」
クリティアが作るなら絶対和食だ。
挙手するとクリティアの目つきが鋭くなる。
その目が“食うなら手伝えヒモ”と言っている。
手伝います。
おれの本能がクリティアに逆らうなって言ってる。
元カノたちなら「座ってていいよ天哉くん(ハァト)」って言ってくれたのにぃ。
クリティア専用キッチンにて。
おれもジャージに着替えさせられた。
ダブルのスーツ汚れたら大変だもんな。
クリティアが腕まくりして、ボウルに炊いたごはんを入れる。
「今日はきなこ餅をつくるわ。まず餅の部分から。いつもはライスボールにするけど、これを粘り気が出るまでよくこねるの。塊になるまで頑張って」
「はい、お姉様!」
おれも根気よくごはんをこねる。
もち米じゃなくてもいけるのな。杵と臼でペタコンしなくていいなんて楽だなぁ。
もちを食べやすいサイズに丸めたら、皿に乗せておく。
「きなこをまぶしたら出来上がりよ。これは市で買ったデカ豆を粉にしたもの。ここに砂糖を入れてよくなじませたら、塩をひとつまみ。あとはモチにまぶしてできあがり!」
「きゃあぁ、わたくしにもできましたわ!! 料理するのって楽しいですのね!」
「ええ、とっても上手でしてよミラ様」
うちの姉、褒められたら伸びる子。
ここが本当にゲームの世界なら、クリティアの一言で姉の好感度パラメータは天元突破したんじゃないか。
…………百合ゲームじゃないよね?
クリティアの部屋に戻ってちゃぶ台にて、作ったきなこ餅をいざ実食!!
「ふわぁ!! ほんのり甘くてモッチモチですわ。ケーキとは全然違うけれど、素朴で味わい深くて」
「うん、うまい。おれも料理の才能あるじゃん! 店を出せるかも!」
和菓子久々で泣ける。
きなこ餅ってこんなにうまかったっけ。
小学校の調理実習以外で初めて料理作ったかもしれない。
前世だと彼女の家に住み着くまでは実家暮らしだったし、その後は元カノが三食用意してくれてたから、自分で作る機会ってなかったな。
「ルールー。作りすぎてしまったからあなたも一つ食べて」
よだれを垂らしていたルールーに、クリティアが小さめのきなこ餅をひとつあげる。
「よろしいんですの? ごしゅじんさまと同じテーブルで食べてはいけませんって、ジーニャさんから言われましたの」
「じゃあ、お願いするわ。これはここで食べて」
「はいですの!」
ルールー、ニコニコしながらモチをほおばる。まだ十歳になったばかりなんだってさ。餅で懐柔されるなんて、お子ちゃまめ。
「ところでさ、クリティア。なんできなこ餅? あんたなら大豆っぽいもの見つけたら豆腐とか醤油とかいかにも和食に必要なもの作りそうなのに」
ふと思ったことを聞いてみると、クリティアは困ったような顔をする。
チラリと、ミラとルールーの方を確認する。
姉たちはスイーツ談義に夢中になっていて、こちらに気づいていない。
それでも小声でコソコソ言ってくる。
転生者としての会話って、なんか他の人に聞かれたらマズいような気がするもんな。
「本当は味噌か醤油を作りたいんだけどね、味噌のビジュアルって、この世界の人たちから見てもウン●じゃない。だからまず見た目も受け入れやすい、きなこ餅から作ろうと思って」
「その顔でウ●コとか言うのはどうかと思うんだ」
気持ちはわかるがウン●って言ったらあかん。
いつかこの世界で醤油や味噌を一般化できたら、味噌汁やすき焼きを楽しめるのかなー。ワクワクが止まらないね。