12 悪役令嬢に転生した干物女は舞踏会でも酒を飲む。 ☆挿絵あり
前回までのあらすじ。
だし巻き玉子も美味しいですわ。
ごきげんよう、クリティアです。
お城の舞踏会に呼ばれましたわ。留学を終えて帰ってきたクロムが一緒なの。
フローティア家やリフジンスキー家、ミーティア家、ユージーン家も属するオーキナ王国オーキナ城の舞踏会。
今日は第一王子カインの嫁探しの意味もあって、国内外の適齢期の令嬢がお呼ばれしているらしい。
これまで参加した舞踏会なんて目じゃないレベルで、みんなゴテゴテ着飾っている。
私? 私は舞踏会用ジャージで参加しておりますの。
クロムは燕尾服の襟を気にしながら、私を見る。
「姉上、舞踏会でジャージはやめた方がいいとあれほど……」
「大丈夫よ。ダサいダサいと遠回しにクロムが言うものだから、布地はシルクにして、ジャージの縫い糸の色を銀色にしてもらったの。ドレスに使われるのと同じものよ」
「ドレス用の布と糸を使っていてもジャージから離れないのはなぜですか。そんな格好では王子の目に止まるどころか笑いのタネですよ。ああ、頭が痛くなる」
「あら大変。医者に診てもらった方がいいわよクロム」
なぜか責めるような目を向けてくる弟。
本当はジャージを着たかったのかな?
「わあ! お姉様も呼ばれていたのですね」
「ごきげんよう、クリティア様、クロム様。新作のジャージですか? いつもよりキラキラして綺麗ですね」
「ミラ様、ヨイ様。ごきげんよう」
この二人は並ぶと絵になるなあ。ゲームのパッケージにイケメンたちと並んで載っていそうなビジュアル。ミゲルがいないのはお察しである。あいつなんかそれっぽい理由を作って逃げたな。
「二人はやっぱり嫁候補として呼ばれたの?」
「わたくしに結婚はまだ早いと思うのですけれど。お父様とお母様が、王子に限らず、いい出会いがあるはずだからと」
「わたしもミラ様と同じです。ユージーン家にとっていい縁を探してきなさいって」
「私は……ロブソンと結婚していたらこの場にいなかったのよね。なんであんなのと婚約していたの私」
あんなお花畑、何度生まれ変わってもゴメンだ。ロブソンの領地の人間もかわいそうだ。ろくな領主にならないよあのままじゃ。
「……忘れたんですか姉上。ロブソンが頼りないから姉上が婚約者にと、先代男爵たっての希望だったでしょう」
クロムが呆れたようにいう。
ダメ男の嫁にしっかり者をあてがえば補正されるかもしれないという、期待があったってことね。それを上回るダメっぷりだから「国外で修行してこいや!」って放り出された。
今頃まともに脳みそが修正されただろうか。
「まあ、それはもう終わったことだからいいの。結婚しなくても本を売って収入が安定すれば一人でもやっていけるわ。それより私はクロムにちゃんとお嫁さんを見つけてもらいたいわ」
親戚に一人はいる、お節介なお見合いおばちゃんみたいなことを言ってしまうが、苦労性な弟には是非とも幸せな結婚をしてほしいものだ。
私も今世で貴族に生まれてしまった以上、お家のためにどこかで結婚しないといけないのはわかるけれど、それは今じゃなくてもいい。
「な、何をいうんですか姉上。俺は姉上がきちんと嫁ぐのを見届けないと、心配で嫁を貰うなんてできませんよ」
「心配性ねえ」
「今日だって、せめてドレスで来ていれば王子の目に留まったかもしれないのに」
舞踏会が始まったけれど、王子は結婚に乗り気な令嬢たちに囲まれて身動きが取れなくなっている。まるで、空港でマスコミとファンに取り囲まれた訪日ハリウッド俳優。もしくは上野動物園のパンダ。
ああいうふうに囲まれても立場上邪険に扱えないだろうし、王族に生まれなくてよかった。
見ているだけで息が詰まりそう。
「父上が行ってきなさいっていうから参加しただけよ。私は自分が王妃になれるなんて思っていないわ。王族って、国と国民の未来を考えられる人じゃないといけないでしょう」
「姉上……」
美味しい酒の肴を食べたいから調理場に立っているだけの私は、明らかに合わない。親のためにここにいるだけ。今だって、早く帰って酒飲みたいとしか思っていない。
俯いているクロムに、ミラが声をかける。
「クロム様、一曲踊っていただけませんか。わたくし、知らない方と踊るのは得意ではなくて。でもここに来たら最低一曲は踊らないといけないでしょう?」
「俺でいいのでしたら」
たぶんミラなりの気配り。クロムはミラに手を差し伸べ、二人でフロアに出ていく。
「うふふ。いい雰囲気ですわね。ミラ様が妹になる日も近いのではなくて?」
「どうかしらね」
ヨイの目には二人がいい感じに見えるらしい。年頃の乙女が言うんだから多分そう。
私に声をかけてくる男性はいない。ロブソンとの婚約破棄大騒動を知っている人は声をかけにくかろう。私は婚約破棄されちゃったかわいそうな人である。
壁の花をしていて咎められないなら、立食スペースで酒でももらおう。
白ワインをあおり、スモークチーズをいただく。
さすがお城で出される逸品。うめーですわ。
「そのワインにはこっちの生ハムも合いますよ」
「ああ、どうもありがとうござ……」
のんびり間延びした男の声がして、小皿を差し出された。ダンスラッシュが嫌になってこっちに来た人かな。ありがたく皿を受け取ろうとして、顔をあげてびびった。
お見合いダンス真っ最中のはずのカイン王子がなんでこっちにいるんだ。
「肉ならこのダイスステーキも食べてみて。うちのシェフの腕は確かだから」
「いやいやいやいやいや、あっちでお見合いしなくていいんですか」
「香水のにおいって入り混じるとすごく臭いと思わないかい」
「はい?」
なんの脈絡もないことを言い出した。
「彼女たち、他と差をつけるためなのか、どこから取り寄せたのかわからないような香水をしていてね。それらが全部混じり合ってすごいにおいになっているんだ」
「一人一人のは少量でも、あれだけの人数が集まればそうなりますね」
ミックス香水の臭いが嫌だからって、ワインとチーズで酒飲みタイムに突入している干物のところに来なくてもいいじゃないね。
ハムをフォークで刺してもぐもぐ。塩けがいい感じ。ステーキもウェルダン具合が最高だね。ワインおかわり。
てきとうに相槌を打ちながらワインを飲む。
「君が噂の食神の聖女様でしょう。クリティア」
「聖女なんて他人が勝手に言っていることで、私は美味しいものを食べるのが好きな、普通の人間です」
「ぼくも。王子に生まれたって以外、どこにでもいるただの人間だよ。何も考えず食べているのが好きなんだ。気が合うね」
ただ何をするでもなく、どうでもいいことを話しながら立食ブースに並んだツマミを食べた。
久しぶりだなこういうの。偶然隣の席になった名も知らない誰かと飲むのも、たまにはいいもんだ。
もしかして王子の婚約者候補!? と噂されてしまったが、ただの飲み仲間である。