11 悪役令嬢に転生した干物女はだし巻き玉子を食べたい。
前回までのあらすじ
酒の肴を食べたいだけの転生干物が、いつの間にか食神に仕える聖女と呼ばれていた件。
とりあえずタコの唐揚げウマシ!
悪魔の魚事件を無事解決して、屋敷に帰ってきた。
勝手知ったる我が家ってステキ。
なんだかんだ言ってフローレンス家は私の帰る場所になっていた。
私はWASHOKU本の出版に向けてレシピを書き、原稿を推敲している。
これが流通すれば国民の間にも和食が広まり、そこら辺のレストランで気軽に馴染みの味を食べられるようになる。
ビールのオトモがたくさんで、白米をつかむ箸も進む。
毎日ツマミを作って試食を繰り返すため、いつの間にかデールをはじめ調理場の使用人たちとは飲み友になっている。
使用人のみんなが「お嬢様と同じテーブルで食事するなんて滅相もない!」と青ざめていたのが懐かしい。
今では「このレシピならこの食材も使えるのではありませんか?」と提案もしてくれる。
領地視察の旅から帰ってきた母上が、机に並ぶレシピを一通り眺めてふとつぶやく。
「クリティアの料理はたしかにどれも美味しいけれど、揚げ物が多いように思うの。もっと、さっぱりしたものは作れないのですか?」
最初の頃は『料理は使用人の仕事、貴族の娘は良家に嫁ぐのが仕事よ』と苦言を呈していた母上だけど、今では率先して試食してくれる。
なんて物分りのいい母上でしょう。
ジャージは「見た目がちょっと華やかさに欠けるというか……」と言葉尻を濁して着てくれないのが残念である。
「では、だし巻き玉子を作りましょう」
「だし巻き玉子?」
「オムレツみたいなものですが、ミルクは使わないです」
「それで美味しくなるの?」
「大丈夫です。見ていてください母上」
醤油があればなお美味しい。だけど、もしこの世界にあるとしても入手困難な品物だ。
そんな高い調味料使ったら、大衆向け本の意味がなくなる。
一般的な家庭で手に入れられる材料だけで作れることが重要なのだ。
ボウルに卵三つを溶いて、裏ごしする。
出汁は煮干しと昆布。ここに砂糖と塩を少々入れる。
溶き卵と合わせて卵液を作ったら、油を引いたフライパンに少しずつ流し込んで菜箸で巻き、流し込んでは巻きを繰り返して厚焼きにしていく。
じっくり、焦がさないように。
見守る使用人たちも息をのんでいる。
切り分けたら皿に乗せてできあがりだ。
「できたわ! だし巻き玉子よ! 母上もどうぞ、召し上がれ」
「あらあら、なんだかいい香り。見た目は簡素なのね」
砂糖を入れたから甘じょっぱい香りがしている。
熱いうちにいただく。
私は箸で、みんなはフォークでだし巻き玉子を口に入れる。
「なんてことでしょう。塩気の中に甘みがあって、お互いを引き立てあっているわ! ふっくらしていて舌触りも滑らか。プディングともまた違う、干した魚でこんなに深い味わいが出るなんて」
食べた瞬間母上が大きくのけぞった。
母上の食レポが、バラエティレギュラーのレポーター並みにこと細かい。リアクション芸込みでレギュラー数本持っている芸人みたいだ。
「お嬢様、ぼくも食べてみたいです!」
「わ、わたしも」
厨房メンバーが次々に手を挙げ、だし巻き玉子に魅了されていく。
ひと口食べ、デールがものすごい速さでメモを書いていく。
「材料はほとんどオムレツと同じなのに。ミルクを魚介出汁にして焼くだけでこんなに違いが出るものなのか。感激です!」
だし巻き玉子は、あっという間に皿から消えた。
みんなからの評価も上々で、レシピ本に載せるの決定ね。
「お嬢様、お客様です」
「クリティアお姉様! 新しい料理に挑戦したので食べてくださいませ!」
「姉上、それはホント、他人に食べさせるのはやめたほうがいいと思うんだ。ちょっと、いや、かなり……」
「でもせっかく作ったから」
ミラがバスケットを抱えてやってきた。後ろには青い顔をしたミゲルもいる。
「いらっしゃい、ミラ様。何を作ったの?」
保冷魔法がかかる蓋を開けると、中にはプリンがはいっていた。
「これは、プディングかしら」
「はい! うちの料理人に聞いて作りました!」
「クリティア、やめといたほうがいいよ。義理で食うもんじゃないよコレ」
表面はデコボコだけど、プディングの形にはなっている。ミゲルの反応はなんなの。
スプーンをさして食べてみる。
「どれどれ……うっ」
「お姉様!?」
甘いんだか塩っぱいんだか酸っぱいんだかよくわからない味がする。
「ミラ様。な、にを、いれたの?」
「おれが見ている限り、棚にあった粉末調味料ぜんぶ」
「食べる前に、教えて……」
料理できない人のアレンジは危険。
レシピ通りに作ればきっと美味しいのに。使用人のみんな、せっかくミラが作ってくれたからと何も言わず食べたんだろう。
ぐふっ。