勇者の蘇生
複製魔術は錬金術師のみに使える魔術だ。
複製魔術は物に使う魔法だ。
生物には使えない。
そもそも発動しない。
そして者が『物』に対しての理解が高いほど複製された物の精度が高い。
術者の理解が低いほど複製された物は『粗悪品』となる。
どこまで複製出来るかは『術者の腕次第』『術者の理解度次第』だ。
世界に危機が訪れると世界には『勇者』が現れる。
『勇者』には最初から『世界を救う力』がある訳じゃない。
『勇者』とは最初は『勇者の資質を持った普通の若者』だ。
『勇気がある若者』だ。
未熟な内は勇者は本当に良く負ける。
時に命を落とす。
そこで必要になってくるのが『蘇生魔術』だ。
『蘇生魔術』は一般人には縁がないものだ。
『蘇生魔術』使用のためには沢山の素材を必要とする。
その素材を揃える金があれば、大国が買える。
その素材を揃えるのに数千人の兵士が命を落とす。
それでも勇者の蘇生は行われる。
何故なら『勇者が現れた後、五十年は次の勇者が現れない』からだ。
『魔王を倒せるのは勇者のみ』だからだ。
未熟な勇者は今回も命を落とす。
既に蘇生に必要な素材は揃えてある。
その素材を揃えるのに数千人の兵士の命が失われた。
しかしそれは『人類を救うのに必要な犠牲』だと思われている。
誰もがそう思うしかない。
そう思わないと亡くなった者達が救われない。
蘇生魔術を行使するのは司祭だ。
司祭は勇者と共に魔王討伐の旅に出ている。
彼女は勇者に懸想している。
しかしそれは聖職者が持ってはいけない感情だった。
司祭は自分の感情をひたすら隠す。
しかしその感情は魔術師にはバレていた。
何故なら彼は彼女に懸想していて、いつも彼女を見ていたから。
魔術師は司祭を見ていたが、司祭と魔術師の視線が絡み合う事は無かった。
何故なら司祭はいつも勇者を見ていたから。
しかし魔術師は勇者を恨んではいなかった。
魔術師と勇者は子供の頃からの親友だったから。
しかし魔術師もいつも達観出来ていた訳じゃない。
勇者を恨まむ事は無かったが『勇者が女だったら司祭との関係でヤキモキする事はないのに』と思うぐらいの事はあった。
集められたレア素材を『マジックアイテム』に出来るのは高位の魔術師、つまり勇者パーティの魔術師しかいない。
『マジックアイテム』が『蘇生魔術』に使われるのだ。
女戦士は勇者候補の一人だった。
しかし勇者になれるのは一人。
勇者が現れたらその後五十年は次の勇者が現れない。
つまり女戦士が勇者になれる可能性はもうない。
沢山の勇者を目指した仲間達が命を落とした。
もう二度と彼らは帰って来ない。
わかっている。
勇者を生き還らせるのは『世界のため』だ。
でも腕利きの戦士の仲間達が未熟な勇者の楯となって死ぬ。
そして戦士達は決して生き返る事はない。
女戦士の仲間で、将来を約束していた男戦士も勇者を庇って命を落とした。
そして、男戦士の穴のあいた勇者パーティのポジションに女戦士が加わった。
「ふざけないでよ!
何で『蘇生魔術』は勇者だけに使われるのよ!」と女戦士。
「しょうがないでしょ?
『蘇生魔術』はあまりにも犠牲が多く出過ぎる。
本来なら『蘇生魔術』は使われるべきじゃないんだから。
でも『世界の闇を払える』存在は勇者しかいない。
勇者がいないと、この世界が魔族に支配されてしまう。
かつて世界が魔族に支配されていた事もあった。
その支配は人類にとってまさに地獄なのよ。
魔族は私たち人類の事を『同じ生き物』だと認識していない。
私たちが考える羽虫以下ね。
私たち人類は魔族の倫理観の外側にいる。
人類が安心して生活していくためには魔王を倒さなくてはいけない。
戦士が生き残っても勇者の代わりにはならない、わかってるんでしょ?」と錬金術師。
「『蘇生魔術』て、蘇生に使う素材を揃えるのが、最大の手間なのよね?
だったら『錬金術師』が素材を複製すればかなりの手間が省略されるんじゃない?」と女戦士。
「複製された物が必ずしも『劣化物』という訳じゃないのよ。
錬金術が作った物は『贋作』じゃない。
ただ『蘇生魔術』には質の高いレアアイテムが数多く必要なのよ。
つまり司祭が『蘇生魔術』を使えるレベルの素材を複製しないといけないの」と錬金術師。
「だったら『蘇生魔術』を使えるレベルの素材を複製すれば良いでしょ!?」
「素材を『蘇生魔術』の儀式で使えるように魔術で加工してレアなマジックアイテムにするのは魔術師なのだ。
加工された『蘇生魔術』の素材は鮮度がないと儀式には使えない。
つまり加工された素材は複製されても、加工されたてでないと儀式には使用出来ない。
つまり複製するなら加工する前の素材だ。
だが、素材を良く知る者でないと複製は出来ない。
だから『私一人では』素材を複製するのは無理よ」
「誰がいたら素材を複製出来るのよ!?」と女戦士。
「必要なのは『マジックアイテム』に精通した者の知識。
つまり『魔術師の知識』があればあるいは・・・。
でも魔術師の記憶を読み取ったとしても、精度の高い素材を複製出来るかどうか・・・」
「何でよ!?
マジックアイテムに加工するくらい精通してる魔術師の記憶から読み取ったなら充分に複製に耐えるんじゃないの!?」と女戦士。
「記憶を読み取って錬金術師の素材を作るのは高度な錬金術なのよ!
魔術師の記憶の中の『雑念』が錬金術の邪魔になる可能性が高いのよ」と錬金術師。
「何で魔術師が『雑念』を抱えているとわかるのよ?」
女戦士の疑問に錬金術師は答えなかった。
何故錬金術師が魔術師の『雑念』に気付いていたのか?
錬金術師が常に魔術師を見ていたから。
錬金術師は勇者パーティじゃない。
パーティのサポートメンバーだ。
勇者パーティの会議にいつも加わらなくても構わない。
だが、錬金術師は事ある毎に勇者パーティの前に顔を出した。
理由は『魔術師の事が好きだから』
だから魔術師の司祭に対する気持ちも気がついていた。
だから、『魔術師が勇者の事を親友でありながら恋敵と思っている』事を知っていたし、それが魔術師の『記憶の雑念』になり得る事を錬金術師は知っていた。
魔術師をよく見ていた錬金術師だが、自分に向けられていた好意には無頓着だった。
何故、本来無関係の錬金術師が勇者パーティの『サポートメンバー』として認定されたのか?
認定したのは『勇者』だった。
最初、勇者は錬金術師を勇者パーティに引き込もうとした。
それに対して女戦士は激怒した。
錬金術師では勇者パーティの中では戦力不足だ。
「遊んでいる暇があるのか!?」と。
女戦士の想い人は勇者を庇って死んだ。
女戦士はそれを「仕方ない事だ」と自分を納得させようとした。
なのに勇者が自分の宿命より、恋愛感情を優先させている事を女戦士はどうしても許せなかった。
本人が辞退したこともあり、錬金術師は勇者パーティに入らなかった。
女戦士が反対しなければ錬金術師は勇者パーティに入るつもりだった。
何故なら勇者パーティには錬金術師の想い人、魔術師がいたから。
『蘇生魔術』に必要なマジックアイテムを作るための素材の複製した時に錬金術師が言った。
『これをいきなり勇者に使うのか?』と。
『蘇生魔術』は失敗すれば、蘇生させようとした対象は灰になる。
一度灰になったら、二度と死体にすら戻らない。
いきなり勇者に使用して、『蘇生は失敗しました』じゃ済まない。
実験は念入りに行った方が良い。
しかし悠長に実験している時間はない。
早くしないと勇者の死体に『蘇生魔術』が効く『タイムリミット』を過ぎてしまう。
今回、勇者の蘇生にはオリジナルの素材を使おう。
危険な橋を渡るべきではない。
でも実験は始めよう。
そして勇者パーティ一行はとんでもない禁忌に手を出す。
生物は複製出来ない。
それは大原則だ。
しかしそれが『死体』ならばどうだろうか?
勇者への『蘇生魔術』は絶対に失敗出来ない。
失敗したら勇者は二度と蘇生しない。
勇者がいなくなったら、この世界は闇に飲み込まれる。
今まで『勇者を生かすために』と犠牲になった数万人が無駄になるだけじゃない。
人類の希望が消える。
『勇者本体に実験は出来ない』
この大原則が禁忌に手を出す事への罪悪感を薄めた。
それにこの時、誰もが心の底で思っていた。
『実験が最初から成功する訳がない』と。
実験に使われた勇者の身体の複製はどうせ灰になる。
灰になってしまえばと人体の複製をした、という『禁忌』の実験を行った証拠はどこにもないだろう。
複製とは言え、勇者の身体を灰にする罪悪感がない訳じゃない。
だが、それ以上に女戦士の「今まで何人を犠牲にしてきたと思ってるのよ!?複製体が犠牲になるぐらいなんなのよ!?」という剣幕に押し切られた。
それだけ『蘇生魔術』は精密さが要求されており、だからこそ『蘇生魔術』に使われる『マジックアイテム』も作り置きをしない。
分量、鮮度にも細心の注意が払われる。
誰もが考えていた。
『実験体に勇者の死体の複製体を使うのは今回限りだ。
次回からはちゃんとした実験体を用意しよう』と。
それくらい『トライ&エラー』だった。
失敗は大前提で問題点を洗い出すための実験だったのだ。
大体、死体の複製すら初めての試みだった。
当然だ、『禁忌』なのだから。
勇者の死体の複製にはそこまで注意が払われなかった。
『所詮は灰になる実験体だ』と。
勇者の死体の複製には魔術師の記憶が使われた。
最も勇者の理解度が高いのは幼馴染みで親友の魔術師しかいない、と。
その考え方は間違えていない。
ここにいる誰よりも『勇者』を理解しているのは『魔術師』だ。
『司祭』も『勇者』を常に見てはいたが、『司祭』は『勇者』を美化して見ている。
「恋は盲目」とはよく言ったもので、『勇者』そのものを見ているとは到底言えない。
しかし『魔術師』の見ている『勇者』像も決してフラットなモノではなかった。
『魔術師』は『司祭』に懸想していたから、『司祭』に想われている『勇者』に対して複雑な感情を抱いている。
『魔術師』は本当に『勇者』を大事な親友として、大切にしていて『死ねば良い』『消えれば良い』なんて感情は一度たりとも抱いていない。
ただ『魔術師』は最近「『勇者』が女だったら良かったのに。そうしたら、『司祭』と一緒にいてもドス黒い感情がわいてこなかったのに」と考えてはいけない感情を抱く自分を恥じていた。
そういった『雑念』が『複製魔術』を狂わせる。
勇者の死体が複製された時、誰もが複製された死体の異変には気づかなかった。
・・・というより『死体を複製した』という禁忌に手を染めた罪悪感から誰もが複製体を良くは見なかった。
『どうせ灰になって消えるんだから』と。
次いで『蘇生魔術』に使われる沢山の素材が複製される。
「ここからは時間との勝負だ」と魔術師。
『蘇生魔術』に使われるマジックアイテムは鮮度が何より大切になる。
魔術師はオリジナルの素材と複製された素材をマジックアイテムが劣化しないうちに素早く加工しなくてはいけない。
先ず複製した素材を加工して、マジックアイテムを作る。
もし、オリジナルの素材が加工されている間に複製された素材で作られたマジックアイテムが劣化しても勇者の蘇生が問題なく行われるように、だ。
複製された素材を魔術師が加工してマジックアイテムにする。
ここまでは順調だ。
魔術師は『ホッ』と安堵の息を漏らした。
しかし、その『安堵』が曲者だった。
魔術師は今まで一度もミスしなかった。
ミスなど出来る訳がなかった。
ミスしたら世界が終わってしまうのだ。
素材を加工している時に安堵の息を漏らすような事はこれが初めてだった。
安堵は油断を産む。
油断はミスを産む。
魔術師は素材の加工時、抜かしてはいけない工程を一つ抜かしてしまったのだ。
先ず勇者のオリジナルの死体に司祭が『蘇生魔術』がかける。
誰もが『失敗などする訳がない』と思っている。
儀式は終わり、勇者の死体が薄く蒼白く輝き出す。
この光景は何度か見た。
勇者が死んで蘇生させる度に、蒼白く輝いた勇者はムクリと起き上がり蘇生するのだ。
ここまで来れば勇者の蘇生は大丈夫だ。
司祭は「今度は複製体の蘇生ね」と複製した死体に向きなおる。
さて、どの工程で蘇生は失敗に終わるのか?
次回に向けてよく観察しておく必要がある。
それに最も恐れているのは『キチンとした蘇生が行われず、中途半端なアンデッドモンスターのような状態に複製体がなってしまった場合』だ。
そうなった場合、どの程度強力なアンデッドモンスターになるのか?
元が勇者なだけに、ある程度強力なアンデッドモンスターが産まれる可能性がある。
『幸いにも』と言うんだろうか?
今のところ勇者はそこまで強くはない。
強くないからこそ、度々命を落としているのだが。
その勇者がアンデッドモンスターになったところで、きっと大した強さではないはずだ。
そうは思ってはいても、やはり警戒するに越した事はない。
いつ複製した死体が暴れ出しても良いように勇者パーティは構える。
『複製体』の蘇生は成功してはいけない。
成功したら面倒臭い事になる。
成功した場合の事など、誰も考えてはいない。
『オリジナル』の蘇生は失敗してはいけない。
失敗したら面倒臭い事になる。
失敗した場合の事など、誰も考えてはいない。
『オリジナル』の勇者の身体が蒼白く輝くのをやめる。
光がやんだ後、勇者の身体が灰になる。
そこにいる一行は一瞬訳がわからずポカンとした。
その後、事の重大さを理解して一斉に蒼白くなる。
「イヤー!」司祭が発狂しながら叫ぶ。
誰もが元勇者『だった』灰を見て「とんでもない事になった」と頭を抱えている。
その後で勇者の複製体がムクリと起き上がった事には誰も気付いていない。
複製体は勇者とは似ていたが同じではなかった。
『勇者』を複製する時、『魔術師』が抱いた『雑念』がノイズになり、それが影響して複製が精密にならなかったのだ。
そのノイズとは
『勇者が女だったら良かったのに』
彼女はムクリと起き上がり、背中を向けて膝をついている人々を不思議そうに見る。
人々は絶望しているんだろうか?
この人々を自分は知っている。
知っているはずなのに記憶の中の人々との関係と現実での人々との関係が同じとは思えない。
『何者か』の記憶が頭の中にはある。
でもそれが自分の記憶だと言う確信はない。
何より『記憶の主』が抱いている記憶と、今の自分の性別が違う。
自分は錬金術師を恋慕していたのだろうか?
自分は魔術師を親友と思っていたんだろうか?