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戎橋勇者1万人

戎橋勇者1万人:「え、バ『ッ』ファローズまで優勝したんか?!」

作者: 鴉野 兄貴

『またなあ!』


 柔らかな光に包まれて次々と消えていく『勇者』たち。



「……めちゃくちゃ賑やかな奴らだったな」


 頬を染める魔王の小さな掌を握りながら王は思う。

 王国に平和を齎すのみならず確執していた魔界の住民たちとの和解のきっかけにもなってくれた『ハンシンファン』を名乗る勇者1万人のことを。



「……あれ? 王さんや」

「ほんまやなんで? まおちゃんまでおるわ」


「あ、あの王。こんにちは……」



 目を見張る魔王と王様。

 ワラワラ再び姿を現す勇者1万人。

 そして恐縮している宮廷召喚士の少女も。


『またきたんかお前ら!』


 王は魔王と一緒にキレた。



「……え、バファローズ優勝やって!? 俺は信じてたわ! 不遇の日々を耐えて耐えてのV3やあ!?」


 彼は愛妻に抱きついて泣いた。

 前作にて帰宅途中に戎橋召喚に巻き込まれたのである。


「そうなんや。バッファローズ優勝したんや。へえ」

「まじか。大阪対決やん。エモいわ」


「おまえらぁ!」

 オリックスファンの彼はキレた。


「バファローズやぁ!」

「どうでもええやんか! 一緒やろ!」


「まぁそうやねんけど許したるわ!」


 そういうことになった。



「おおおお! ドームでぇ……。そこでの逆転勝利! 見たかった……見たかったでぇ……」

「まじかあ。寝とったわ……そんなふうにオリックス勝ったんやな」


 召喚士の少女は語りが上手い。

 娯楽に乏しい異世界での語り技術は重要だが、それ以上に召喚士は神話などのイメージを育む必要がある。



「でも、あなた! 号外は手に入れたわ!」

「でかした! やったでえぇ!」


「おまえ、子供できてたときも言うとったな」

 阪神酒場店主は呆れた。とは言え彼も若い時は妻とスーツ着て宮崎行ったのだが。


 こんな橋あったけと言ったら『人生に余裕ができて周囲がわかるようになったのです。当時はお互いに夢中で気づかなかったのでしょう』と観光協会の人に言われて妻はケタケタ笑っていた。結婚前は子猫で今はトラだ。着ているものはヒョウだが。


 そんな彼の妻はまた魔王に大阪名物パインアメをあげている。魔王は素直に受け取った。


「チェリオのパインアメジュースもあるで。まおちゃん」

「ありがとうございます」


 余談だがパインアメや一部のトニックウォーターはブラックライトを当てると光る。無駄にフォトジェニック。



「で、なぜ勇者さまたちは戻ってきたんでしょう」

 『忘れ物して姫路まで取りに行くのとワケが違うぞ』


 王が関西人ならそう述べたであろう!



「お、王様……わたしのせいです」


 妊娠しているにはあまりにも華奢な手をおずおずと挙げる召喚士の少女。


「ん? はーふえるのねーちゃんなんかあったんか」

「でもこないだ玉出でこの子と会ったで。びっくりしたもん」


「……説明、してくれるよな」


 魔王はニコニコ笑っているが明らかにキレている。

 せっかく小柄サル顔筋肉質という理想のイケメン(※王様)に押しかけ婚成立したのに邪魔が入ったのだから!



「えっと、わたし今『勇者』ですよね」

「そうやな」

「はーふえるふの姉ちゃんの案内で旅は楽しかったわ」



 彼女は震えるように呟く。


「あの時、わたし死にましたよね」



 勇者は死者蘇生の魔法で王城に戻れる。

 終電逃して世界の大温泉スパワールドさんに泊まるノリで崖からダイブして王様に叱られたバカ(※オリジナル勇者)もいる。道頓堀から飛び降りたらグランドサウナ心斎橋さんだって入館禁止であり、王は実に心が広い。


 しかし彼女はその適用外である。



 前後する。

 それは雨の日だった。


「あかーん! しんだらあかーん!

 俺とバファローズの試合見に行くって約束したやろー!」

「あなたが無事でよかった……ごめんなさい。もうあなたを、みんなを……」


 力尽きる少女にお調子者ばかりの勇者1万人も次々に膝をついた。


「魔王! 許すまじ!」


 キレる右翼青年。


「そんな……あなたが死んだら我々はこの世界で……どうやって帰れと」


 割と冷静な大阪府警千三百人と警備員たち。


「しょうちゃーん」


 そんな名前じゃありません。

 割と真面目に応える朗らかな少女はもう息をしていない。

 異世界の文物対応できると先導役を買ってくれた彼女が大阪人どもに振り回されて漁港を荒らすクラーケンのたこ焼きや空飛ぶエイの化け物であり究極の防御魔法の触媒となるスティングレイのイカ焼きをドン引きしつつも美味しそうに食べる光景ももう見ることはないだろう。


「俺のせいやあ! おれが勇者やってえ? おまえおらんかったらそれになんの意味あるんやぁ!」

「えーと」


 珍しいことにシリアスな雰囲気に水をさすのは、道頓堀に飛び込んだら召喚魔法円が開き、他の仲間を巻き込んで召喚されたオリジナル勇者である。普段はニート。


「勇者でなくてええんなら、おまえ勇者資格をこの子にあけたらええんちゃう」


 そういうことになった。

 少女は王城で目を覚ました。


「おおゆうしゃよしんでしまうとはなさけない……ふぁ?! デメテル!?」

「あ、その、王様こんにちは……あれ? わたしどうしてお城に」


 そういう経緯いきさつであった!



「つまり、おれはこの世界に残されて」

「わたし、気がついたらみなさんと戎橋にいました。終電なくて土地勘もなく大変でした。あ、あなたのお話を頼りに歩いて、あなたのおうちに辿り着きまして。お母様からは息子にとお土産いただきました」


 大阪の母は謎の外国人女性を手厚く迎え入れていた!



「えっと、あなたの『完熟の味 猪原由紀子』見ました。ゔいあーる? って面白いですね」

「おかんなにしとんねーん!?」


 1万人の前で性癖を晒される地獄!



「勇者だったあいつがあそこまで狼狽するとは『イノハラユキコ』とはいかな猛者なのか……」


 魔王様はその純真な心でいて欲しい。



 彼岸の日、季節の変わり目に異世界への扉を開くことに成功した召喚士デメテル。

 しかし彼女が唱えた魔法は『勇者召喚』であり。


「わてらまたこっちきたの、しょうちゃんに巻き込まれたんか……」

「ごめんなさい!」


 しかし彼らは寛容であった。


「新婚での失敗はしゃあないで。みんな」

「まあなあ」


 謝罪を素直に聞き入れる大阪人たち。そこで彼女はおずおすと包みを開いて新妻(夫)に差し出す。


「お母様よりお届けものです」


 DVDプレイヤーと『海外のコンテストで数々の受賞歴がある!! トップボディビルダーの人妻白景子42歳 AVデビュー!!』を無自覚に渡してくる新妻に早くも夫婦の危機!


「おかん、絶対嫌がらせやで……」

「わたしも少し鍛えた方がいいのかしら」


 ムキムキマッチョなエルフは一部では需要ありそうではある。


「身体に響くからやめとき」

「しっかり育休とって今のうちに手伝わせや」


 先達たちの助言に素直な彼女。

 頭を抱える彼。



『で、勇者さまがたはいつおかえりで』


 ぶぶ漬け食って帰れ!

 関西人ならそう言いたいだろう王様に魔王様。


「それなんやけど」

「またお世話になるわ」

「いやあ。戻るための魔法触媒にまおちゃんのクビが必要なのはさすがに無理やで」


「帰れボケナス」


 魔王は魔族の民のためなら自らの首など惜しくはなかった。

 そして。



「ぶーんとやって、パーンとやって、ホホホーン! や。わかるかまじで」


 双子が無事産まれてはしゃぐ彼。

 勇者としての力を失った彼は異世界ではあまりに無力な存在である。開墾一つまともにできない。結果、彼は主夫となった。

 赤ちゃんにバファローズの強さを早くも英才教育。もっと役立つことを教えてあげてください。



 しかしながらこの世界でのかまど仕事や水汲み仕事はやっぱり過酷なので水車や井戸掘りを皆に手伝ってもらっている。


 一方、新妻は体高8メートルで脚が八本あり石化の炎まで吐く『うし』の手綱を握りながらニコニコその様子を窓越しに眺めて笑っている。ドンキで買った日焼け止めと麦わら帽子、そして空調服は絶好調。



 復興事業に1万人勇者が投入され、急速に国土は回復しつつある。

 金鉱ではバカスカ金が取れ、ツボや宝箱を開けようとするオリジナル勇者が兵士にボコされ、魔族と人の融和は王たち自ら範を示した。


 大喧嘩してたらだんじりが飛んでくる。

 魔獣たちもいつのまにか手伝っている。


「阪神線開通工事に比べたら楽やわ」


 どでかい『うし』を宥めながら建設作業員勇者のおっちゃんがいう。

 オリジナル勇者はとっ捕まって鳶職をやっている。おまえも働けとのこと。


 ポテチ食いつつコーラ飲み、それでも太らない女神様はビキニ姿でパラソル開いてビーチベッドでのんびり。


「なんか復興まで手伝わせて悪いわね。助かるわあ」

「……くそ、なぜ俺たちが接待を!」


 大阪府警の幹部たちが内心キレているが、彼女だけが大阪人たちを元の世界に戻せるのだからご機嫌取りをせざるを得ない。


 そんなこんなで復興は進み、勇者たちは召喚された時間と空間に戻ることとなった。


「で、おまえは帰らんのか」

「……おれ、帰れへんからな」


 双子を抱きつつ寂しそうに苦笑いする彼。

 苦難を共にした勇者たちは最後の親交をたのしんでいた。


「次に来る時は『パワードスーツ逆駅弁 駅弁女子の逆襲 佐野なつ』を持ってきますあなた!」

「やめてやめて許して! 俺のそっちの好みと一致していないからってキレすぎだろおまえ! それより子育てに役立つもの持ってきて!」


 夫婦は熱く抱き合った。

 ある意味口封じ(物理)。お幸せに。



「さて、今度こそ阪神日本一を見届けなあかん」


 勇者たちと召喚士の少女はそれぞれの新しい生活に戻っていった。


 暑さ寒さを彼岸までという。

 召喚士の少女は来年彼岸にまた戻るだけの魔力を得るだろう。


「バッファローズの試合、DVDに焼いとくから負けんなよ!」

「バファローズや……もうええわ。みんな元気でな」


 騎士団で建築技師として働くこととなった元勇者の肩を次々と抱く大阪人たち。


 頑張れ元勇者! 異世界でも挫けるな!

 サラリーマン魂を見せろ!


「で」


 現場監督勇者は呟く。


「おまえもあっちで働け」

「やだやだやだもう働くのやだー!」


 オリジナル勇者の悲鳴と共に勇者たちは光に包まれまた帰っていく。


「やっと帰ってくれた」

「BL本は受け取った! この世界の繁栄を誓うわ!」


 大真面目に宣う女神に不安を感じる異世界人たち。

 とりあえずこれは聖典として厳重に封印せねば。



 オリジナル勇者は現場仕事でお金を貯め、勇者たち1万人の選挙応援を受けて府知事に立候補した。



 今、『大阪勇者党』は熱く日本改革を、世界平和のために邁進している。


 核兵器も宇宙に弾き返し、放射能をキックで消滅させ、『破ァ!!』と叫ぶと悪霊が吹っ飛ぶ大阪勇者1万人の支援を受け、先日与党第1党に躍り出た。



 異世界とわかつ涙の大阪時雨おおさかしぐれ

 いつか会えると共に笑って別れた彼岸(悲願)の日。


 さあ。バッファローズとタイガースの大一番がこれより始まる!

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