【短編版】婚約の条件を『犬耳と尻尾あり』にしたところ、呪われた騎士団長様が名乗りを上げてきました
モフモフ騎士団長様が、発作的に書きたくなりました。ゆる〜いけれど愛は重めなラブコメです。
「そろそろ、婚約しなさい!」
「嫌です!!」
これは、祖父と私の毎朝のやり取りだ。
そろそろ祖父も、飽きてくれないだろうか。
目の前に積み上げられたのは、婚約の釣書の山だ。よくこんなにたくさん見つけてきたものだと感心してしまう。
「選べるのは今のうちだけだぞ」
祖父の言うことが理解できないわけではない。
けれど、私はようやく手に入れた王立中央図書館の司書官の職を手放す気はなかった。
司書官は、王国の重要機密を管理する役目を持ち、難関試験を通過した上、さらにコネがなければなることができないと言われるほどの狭き門なのだ。
努力の甲斐あり、試験は首位で通過、コネに関しては、祖父の知り合いの王国トップレベルのお方に推薦状を書いてもらうことでクリアした。
どうして、その方が協力してくれたのかはわからないけれど、一生感謝すると決めている。
「……婚約相手が仕事を続けるなど外聞が悪いが、それでも良いと言ってくれる御仁ばかりだぞ?」
最初のうちは仕事を辞めて婚約するようにと言っていた祖父も、あまりに私が頑ななので、最近は折れて仕事を続けても良いと言い出した。
「……でも家庭を持って子をなせば、仕事は続けられないでしょう」
別に祖父を悲しませたいわけではない。
両親を早くに亡くした私をたった一人で育ててくれたのが祖父だ。
そして私がこんなにも本にのめり込んだのは、高価なものにもかかわらず、祖父が次々と買い与えてくれたからに違いない。
「……あと三年だけでも」
「いや、すでに王立学園卒業から三年待った!!」
「やっと夢が叶ったの!」
「……老い先短い祖父を安心させてくれ」
先々代騎士団長を務めていた祖父は、筋骨隆々でまだまだ現役騎士として働けそうではある。
でも、その言葉はずるいと思う。
そこで私は、以前読んだ書物からの情報を元に、無理難題を言うことにした。
「おじい様……」
「リリアーヌ?」
「私、今まで言えなかったのですが、人と違う嗜好があるのです。それがない殿方にこの身を預けるなど、死んでも嫌です」
おじい様は、わかりやすく動きを止めた。
明け透けな物言いになってしまったけれど、私にもゆずれないことはあるのだ。
「……はあ。その嗜好とやらを言ってみなさい」
ここで聞いてもらえるかは五分五分だった。
敵兵の尋問に長けた先々代騎士団長様は、人の嘘を見抜くのが上手い。
(嘘の中に真実を混ぜ込むのが秘訣……!!)
「……犬耳と尻尾が生えていない殿方と寝所をともにするなんて、死んでも嫌なのです!! あと、仕事を続けることを許してくれる方、というのはゆずれません!!」
「仕事はともかく、犬耳と尻尾……」
「そうです。でもそんな方、いるはずないでしょう?」
歴史をたどれば、そういった条件に釣り合う人は、確かに存在した。
けれど、貴族でしかも我が家と家格が釣り合う令息に、そんな人がいるはずない!
「なるほど、犬耳に尻尾……ね。ふはははは」
「おじい様!?」
急に笑い出した祖父は、フラフラよろめきながら、去って行った。その後ろ姿が、妙に年老いてしまったように思えて、思わず伸ばしかけた手を握りしめる。
「……ごめんなさい、おじい様。育てていただいた恩を忘れたわけではないの。でも、どうしても、司書官を続けたい……」
こうして、私のお見合い話はなくなった。
少なくとも、それから三ヵ月、祖父は決して婚約の話を口にすることはなかった。
だから私は、これで三年は猶予があるものだと油断してしまったのだ。
***
そして、三ヵ月が経ち、季節は夏から秋へと変わる。日が暮れるのが早くなり、窓の外は真っ暗。図書館は閉館直前だ。
そして私は、一人残務を片付けていた。
「きゃ!?」
そして、あとは帰宅するばかりだったのに、最後に新しく入った資料を書架に収めてようとしていた私は、はしごの上でバランスを崩してしまった。
「危ない!!」
――ポスン。
軽やかにはしごから落ちた体が抱き留められる。
「怪我はないか、リリアーヌ嬢」
「き、騎士団長様!!」
そこには、なぜかフードを深く被った騎士団長様がいた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。もしかして、なにか資料をお探しですか?」
「いや、今日は君に用事があって……」
「私に、ですか?」
見上げれば、フードで影になっていても輝く金色の瞳と視線が交差した。
その瞳が弧を描き、ドキリと心臓が音を立てる。
騎士団長、ディオルト・アシエス様は、絶世の美男子なのだ。
そして、私のことを軽く抱き留めてしまったことからもわかるように、鍛え抜かれた体をしている。
――この王国で、彼に抱き上げられてときめかない女性を探すのは難しいに違いない。
「わかりました」
「……何がわかったというんだ?」
私をそっと降ろしながら、少し低くなった声音。
何か気に触ることを言ってしまったかと目線をあげると、フードがなぜか揺れている。
「……えっと、私に用事ということは、極秘文書の保管についてのご相談ですよね?」
「違う」
「それでは、機密データの分析ですか?」
「君が優秀なことは理解しているし、頼りにしているが、違う」
頼りにしているという言葉に、舞い上がりかけた私は、単純に違いない。
それでも、騎士団長様こそ優秀で努力家で、しかもお世辞なんか言わないことを知っているから、舞い上がってしまうのも無理はないと思う。
「……でも、それならいったい」
「……シグルト・ルードディア殿に呼び出されている」
「えっ、祖父に!?」
「君に案内を頼むようにと……」
祖父は先々代騎士団長で、ディオルト様は現騎士団長だ。もしかして、内密の話でもあるのだろうか。
「職場まで押しかけてきて申し訳ないが……」
「いいえ、祖父の指示ですもの。ご案内しますね。あれ? でも、騎士団長様は家に何回もいらしたことがありますよね」
「……ああ、だが久しぶりだからな」
「そうですよね! 何年ぶりですか?」
そう答えると、 騎士団長様は明らかに安堵した表情になった。
もしかして、断られるとでも思ったのだろうか。
「前回おじゃましたのは、君がまだ、王立学園に通っていた頃だから、五年ぶりかな……」
「懐かしいですね! ちょうど、仕事も終わりましたから、行きましょうか」
「ああ……」
騎士団長様が笑うと、可愛らしい牙のような八重歯がのぞいた。
――騎士団長様は、八重歯だっただろうか?
そこで感じた少しの違和感。その正体は、このあと発覚するのだけれど、まだ私は何ひとつ気付いていなかった。
***
家に帰ると、珍しいことに大輪の薔薇が飾られていた。
両親と祖母を失ってから、私が時々飾る以外に、我が家に花が飾られることはなかったのに……。
「どうぞお入りください」
「あっ、ああ……。邪魔する」
なぜか、騎士団長様は、緊張した様子だ。
よほど深刻な話でもするのだろうか。
そんなことを思いながら、匂い立つような薔薇へと近づく。
「それにしても、綺麗な薔薇……」
あまりに美しく豪華な薔薇に違和感を覚え、ポツリと呟くと、なぜか騎士団長様が、私から少し視線を逸らして口を開いた。
「気に入ってもらえたのなら嬉しいな……」
「……えっ、騎士団長様からの贈り物ですか!?」
「ああ、手ぶらというのもな。知り合いの花屋に届けてもらったんだ」
「まあ……!! ありがとうございます」
やはりできる男は、気遣いからして違う。
真っ赤な大輪の薔薇は、見ているだけで気持ちが華やぐ。
その金色の瞳が、まっすぐ私を捉えた。
そのとたん、なぜか心臓がドキドキと音を立てて早鐘を打つ。
それはそうだろう。ここまでの美男子に見つめられて、緊張しないなどあり得ない。
「おお、ディオルト! よく来たな!」
「ルードディア卿、ご無沙汰しております」
「そうだな……。それにしても、まさか無敗の君が、こんなことになるとは」
「……お恥ずかしい限りです」
「まあ、儂としては喜んでもいるがな」
「……」
確かに、ディオルト様は、無敗の騎士団長と誉れ高い。
祖父の言葉から彼に何かが起こったのだと察した私は、部外者がこれ以上聞いてはいけないと、退室することを決める。
「それでは、私はこれで」
「何を言っているんだ。ここまで来ていただいて、お前が退席したら意味がないだろう」
「え?」
「ん? ディオルト、まさかここに来るまで何も説明しなかったのか?」
「……面目ありません」
静まり返った応接室に、忍び寄る予感。
だって、王立中央図書館の外で私に用事だなんて、一つしか考えられない。
「仕方ない、構わないか? ディオルト」
「ええ、覚悟はできています」
「ところで、リリアーヌ・ルードディア。先日の言葉に二言はないな?」
「……ま、まさか」
バサリと音を立てて、フード付きのマントが取り払われた。
ピクリと動いた黒い三角耳に視線が釘付けになる。そして、ゆらゆら揺れているのは、明らかに尻尾だ。
「……犬耳と尻尾」
呆然と尻尾が揺れるのを見つめていた私は、ポンッと肩を叩かれて飛び上がる。
「どうだ? 条件にピッタリだろう?」
「えっ、あの、その」
振り返ると、おじい様は、あまりによい笑顔で笑っていた。
「あ、あの、騎士団長様。私、仕事を続けますよ? 社交とかおざなりになりますし、侯爵夫人なんてとても務まりません!!」
「……」
「ですから、いくら犬耳と尻尾があっても!!」
「……仕事は、続けてほしい。君の才能を俺のわがままで埋もれさせるなんて、王国の損失だ。侯爵夫人として、最低限の社交は手伝ってもらうが、仕事に支障がないよう配慮する」
私は、社交が得意ではない。
子どもの頃から、ドレスやアクセサリーより、本が欲しいとねだっていた。
「えっ……。でも、結婚したら子育ても」
「確かに、妊娠して出産したあと、しばらくは仕事を休む必要があるだろうが、復帰できるように推薦状を書く。子どもには、あまり関わったことはないが、君に似た子を愛する自信がある。全力で育児をすると誓う!」
「えっ、ええっ!?」
困ったことに、私が司書官になれたのは、実は騎士団長様が、推薦状を書いてくださったからなのだ。
「司書官がコネがないとなれないなんて、忌むべき悪習ではあるが、君のためならそれすら利用するから」
私の退路は、完全に断たれた。
顔良し、性格良し、権力も財力もすべて持つ王国の英雄、騎士団長様。
しかも、仕事は続けて良くて、育児も全力だという。
……それより、騎士団長様は、寡黙なことで有名でしたよね?
「……だから、俺と婚約してくれないか?」
声のトーンが下がると同時に、犬耳と尻尾がペタンとした。
――こうして、私は彼の耳と尻尾を前に完全に落ちたのだった。
「よし、儂はこれで失礼する。あとは、若い二人で」
騎士団長様と二人、応接室に取り残される。
それにしても、騎士団長様が犬耳と尻尾を生やしてくるなんて、誰が予想できるだろう。
「……でも、三ヵ月前に図書館でお会いしたときは、犬耳と尻尾、なかったですよね」
「うっ……。そうだな」
「先ほど、祖父が無敗の君が、こんなことに……と言ってましたね」
「……厄介な災害級の魔獣に呪われたんだ」
聞こえてきた言葉に耳を疑う。
極秘文書を扱う司書官である私は、災害級の魔獣に関する資料にも一通り目を通している。
災害級の魔獣は、時として一晩で王都を焼き尽くすと言われている。
「そんな……。でも、非常招集はかかっていませんでしたよね!?」
「……遠征先で、偶然遭遇したんだ」
「それでは、その耳と尻尾、本物なのですね」
「……ああ」
今まで無敗でありながら、まさか呪いを受けてしまうなんて。
私としては可愛くて好感が持てるけれど、この見た目では職務上支障があるのではないだろうか。
「……心中お察しいたします。でも、自暴自棄になってはいけません」
「俺は、自暴自棄になどなってない」
「……祖父から聞いたのですね? 私が出した婚約の条件を」
「……そうだ。ルードディア卿から聞いたんだ」
おじい様は呪われて姿が変わり、絶望した騎士団長様を言いくるめたに違いない。
「王国中の図書館の文献を紐解いてでも、呪いを解く方法をお探ししますから」
「……君はそんなにも、俺と婚約するのは嫌か?」
「えっ!? 身に余る光栄です」
そう、私みたいな地味な司書官と、騎士団長様が釣り合うはずがない。
落ち着いて考えれば、すぐにわかることだ。
「……俺は、君がいい。だから、この姿のままが良いんだ」
「えっ」
直後、私は騎士団長様に抱きしめられていた。
「ただ、一つだけ君に嘘をついている」
「……嘘?」
「ああ、実は俺を呪ったのは、黒狼の魔獣なんだ」
「……ま、まさか」
「犬の魔獣には、俺に呪いをかけられる種族がいなかったんだ!! だからこれは犬耳ではなく」
『犬耳ではなく、狼耳』
あまり変わらない上に、普段触れないだけ、レアではないだろうか。むしろ狼、ありかもしれない。
そこに気を取られた私は、わざと呪われたかのような騎士団長様の言葉に隠された事実に気付くことが、できなかった。
そして私たちは、晴れて婚約者になる。
あとで、呪いを解く方法を探すことになるのだとしても。
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