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【竜窟にて】

アーッハハハハハハハハ!

甲高い笑い声が木造の家の中へ響いた。



「……ア!ごめんなさい。悪気はないのよ本当に。」

「ただ、そんなこともあるんだと思っただけよ――――うっ……」





何かを堪える様に口をおおった華奢な彼女の指先が、その言葉の説得力を大いに低下させてくれている。


ほら、やっぱり嫌な女だ。


「あのなァ、勝手に召喚した上にそんな態度を取られると流石の俺も怒るよ?本当は泣きたいのに」


「うぅっ!駄目ッ!!最後の一言が余計よ」








「OK、分かった。一旦飲み込む事にするよ。今すぐお前をぶっ飛ばしたいこの気持ちも、大切なモノを失った悲しみもなァ...」





朝っぱらからこんな風に言いたくないよ。







〜~〜~〜遡ること~〜~数刻前、


「そういえばアルってトイレはどうしてるの?」


「えっそれは……」

普通に便と一緒に出る感じと言ったらこのクソ女に伝わるだろうか?

っていうか起き抜けによくそんな話できるな。


「あ、言えない事情があるなら大丈夫っ!」

ノンティは口元を抑えながら下を向いている。

あれから半年ほど経ったというのに未だにツボに入るらしい...結構なことだ。




「しかしお前なァ、馬鹿にするのも大概だぞ」




「馬鹿になんてしてないよ!ただ普通に気になってしまって」




「まぁその”普通に”考えてみてくれよ」




そうこうしていると、朝飯のいい匂いが宙を駆けた。

何故か食事はいつも豪華絢爛。




「この間、一緒に街へ出かけた時も中々トイレから出て来なかったし...」




「てか、そんな事より朝飯にしようや。食器を並べとくよ」



「フフっ……ま、その方がお互い無難ね」



何処が無難だよ。

おはようからおやすみまで全部アンフェアなんだよ。



とはいえ、何か釈然としない。



「いや実はな、便と一緒に出してr――――――――」




〜〜~~〜~~~〜~~そして現在、




……まァいい。


「それで?結局、半年修行しても権能が何か発現してみないと分からないんだな?」




「そうよ!アラ?もう食べないの?」




「お陰様で食欲も失せちまったよ」




「残念」

「・・・・・・それはそうと今日はいよいよ”竜窟”へ行くけれど、心の準備は大丈夫?」




「前に言ってた洞窟か。そこで初めて実戦って訳だ」




「そうそう!」




「この半年無駄に過ごしてないからな。色んな本を読ませてもらって、読み書きもかなり覚えた。ついぞ君から1本取る事こそ叶わなかったが……」




「それはいつでも待ってるよ」

「あ、今日はその木剣置いてってね」




「OKだ」




彼女は立ち上がって、皿と食事を片付けていく。2人で共同作業をしてから後ろに掛かっている上着を1つ渡して羽織った。




「じゃあ早速行きましょうか」
















外は室内と打って変わって寒いが別に大雪と言うほど積もってもいないし、吹雪いてる訳でもない。



二階建ての木造住宅を背に周りを見渡すと、景観は林がチラホラある程度で薄暗い。




そして、所々淡い光が散見される。

魔石の柔げな光が朝焼け前の大地をほぐしていた。




「しかし前に買ったこの装備、妙に暖かいよな」

「それに、汗をかいても全く蒸れないというか」




「当たり前じゃん。それは魔法で補強した防寒仕様よ」




彼女は振り向きながら自慢げに語った。




「魔法か……そういや魔法ってどうやるんだ?」



「”魔法”自体は理解る?」



「まァ”概念”はな。それにこの間、本で少し齧った」



魔法ってのは炎とか氷を自在に出したり引いたり出来る超能力みたいなものだ。

確か、引き換えに魔力を消費するンだったかな?

時間の都合上、詳しくは教えられなかった。


「じゃあ話が早い」

「開拓せよ!サイ・ノマイ・カルメン!!」










……ゴゴォオオオオ!!!




光と共に現れた疾風は積もった雪を消し飛ばした。




「す...凄い」




「マァ、私の場合”詠唱”を省略しちゃうけどね!」




「普通は必要なのか?」


「うーん、実際は別に要らないけど何かの加護を受けてるとか、何か信仰がある人には必要かもね」




「なるほど、街の人たちも自由に使ってたしな」




「お願いして、そういった力を得るわけだから。ホラ、誰かに頼み事をする時って普通そんなものでしょう?」




「フーン、そうだったかな」




「あ!もしかして貴方、記憶喪失なんじゃない?」




「アハハハハっ!」







攻撃系魔法は初めて見た。

こんな力より強大な存在なのか、その”勇者”とやらは...



「サ、そろそろ着くよ!」




しかし、かなり歩いてきたな。

自分の歩いた足跡がはるか遠くに見える。




思えばこの半年間で本当に多くのことを学んだし、多くの剣術を鍛錬した。

実戦はまだ未経験だが、とりあえず彼女に一太刀浴びせられる程度には成長したと思う。




「ちょっと、何止まってんのよォ!」




失うものがないと無鉄砲に行動出来てしまうものだ。

どうなっても大丈夫。



そう思える強さは彼女に叩き込まれたからかな。

「やれやれ...召喚者使いの悪いお嬢さんだぜ」







――――――







辺りはまだ薄暗かったが、あと数時間で日が昇ることが予測できる程度には明るかった。



それに、魔石の暖かそうな微光のおかげで少しばかり安心出来る。




少々の登坂の上に大きな岩盤が積み重なって山を成している。






「ここが――――」






「そう、ドラゴンの巣――”イタ・モラトラム”!!」

「アル!これを」




――――キン!




投げつけられた剣は驚く程に軽い。




「これは?」




「私がこの間、街でほかの装備と一緒に錬成してもらった魔剣だよ」




「あーあれか」




「件の勇者達と同じく、大地からのエネルギーを使って力を発揮する武具ってところね。まだ未完成だけど」




刀剣は刃渡り100cm程だが妙に太く、少しギザギザしている。そして1番の特徴は、




「このガード(つば)の部分には何かハメるのか?」




「フフっほんと、良いカンしてる。今マスターんとこで錬成してる最中よ。盾をつけるの」




なるほど……盾?




「そっか、にしても魔剣ってのはこんなに軽いのかい」




ブン!ブン!

少し振っても腕に疲れはない。

この半年間散々振るった木刀や鉄製食器の方が余程重い気がした。




「何せ魔剣だから。貴方が地面と繋がっている間は大地の力で軽く鋭くなるの」





「へぇ、正に至れり尽くせりってかい」





「どうとでも」



「冗談、有難う」






ぴちゃ...ぴちゃ....




洞窟の中はご丁寧なことに、冷えた空気と共にタダならぬ臭気を出口まで運んでいた。




「うっ!クサい……」


「ここに住むドラゴンは新竜種だもの」


「関係あるのか?」


「他に古龍種というのも存在してるの。彼等は人語を理解して話すわ」

「人類にとってあまり害はないとされてるけど……マァ、知性があるか無いかの違いと言った所ね」


「要するにこれから会うドラゴンってのはどちらかと言うと”獣”って訳かい?」


「そう!そしてこの糞尿の感じからして、多分ここのやつは肉食性ね。くさ!」



洞窟の先は広くなっていた。

しかし、ところどころに”魔石”が光っており視界は極めて良好で進みやすかった。


次第に強くなる異様な臭気を除いて……


地底湖の様に広がった湖の真ん中にある。

少し大きめの島の頂きにそれはいた。


ゴロゴロゴロゴロ...


「眠っている」


「ジャ、起こさないと。アル!目瞑ってて」


「え?」





「大地を照らせッ、アリウ・ソレム!」




……カッ!




地底湖を光で包み込んだ小さな太陽は、安らかに眠る獣達を覚醒させた。








『グルォォォオオ――――――ッッ!!!』







「うおっ、ヤバい!目覚めたぞ」


「剣を構えて!」


チャキィイ――――


言われるがまま魔剣を構えた。

やはり軽い....


しかし、権能って一体何なんだ?

こんなことまでして発現させなければならないモノなのか?


体長7mを優に超えた灰色のドラゴンが凄まじい地響きと共に眼前へ降り立った時、人はこうも冷静になれるのか。


「畏れないで」

「アルは必ず素晴らしい権能を授かっているッ!」


「それは何度だって聞いたさ」

「まァ不安と葛藤ってところかね。今んとこ!」





冷静な精神とは裏腹に身体は正直に事態を把握する。

それを尋常ではない程に濡れた手と、頼りない位軽い剣先の震えがしっかりと物語っていた。





『グォォォオオ!!』





「――――ッ!」




バッ


瞬間、身をよじりながら左へ飛んだ。








彼奴の鋭利な爪が後ろの岩を切り裂いたのは音を聞いてりゃ分かる。

嗚呼、マジにヤバい。



ドカァァァア!



「危ねぇッ」




ドラゴンはたて続けに、狙いを定めた”獲物”へ何度も爪を立てた。



直撃は免れたが、飛び散る岩の破片によって数分の内にボロボロとなった肉体の重さに思わず膝を着く。




「クソ、ヤバすぎるっ」

「オイ!何とかしろッ」



「確かに、でも新竜種がここまで強いなんて、きっと彼らに影響を及ぼす”何か”があるんだわ」



「忠義を尽くせッ、ソリード・ペトラ!!」

眩しい光と共に放たれる水蒸気。




ドゴォオーーーーー!




灰色のドラゴンの前に立ち塞がったのは、2つ首の巨大なゴーレムだった。


「デッけェ...」


「さあ、私たちを護りなさい!」



ゴォオオオオ!!!



束の間にゴーレムはその巨大な一撃を、灰色のドラゴンへ何度も打ち込んだ。正直な話、俺は必要なのか?ってレベルだ。


「ほら、今のうちに貴方も行くのよ!」


「やれやれ・・・」

とりあえず走って足を切ってやろう!

幸い肉は柔らかそうだ。




竜の足元目掛けて全力で走る。


記憶を失ってこそいるがこの身体....

中々どうして走り易い!



あと少しだ。




「とどけぇぇぇ」




鋭利な魔剣を真横に振り抜いた!



ズバァァァァ――――ッッ



音と共に激しく飛び散る血肉。

思いの外簡単に足を切り付けることが出来た。

流石は魔剣。

これは、行けるぞ。





『グギャアアアアアアア!!!!』





ドラゴンの悲鳴は恐らく洞窟の外まで轟いたことだろう。

記憶が無くても自分の行動が他のモノに影響を与える快感は本能で分かっているらしく、

さっきまでの畏れは何処吹く風。



背後でドラゴンが勢いよく地面に身体を打ち付けたのを感じた。

余程のダメージなのだろう。




「はははっ!やったぜ見てたか?」


「……ッ」




俺の後ろを見詰めた彼女はやけに驚いた顔をしている。

そんなに俺の一撃が素晴らしかったのか?




「俺は権能なんて無くても、ドラゴンくらい一撃でのしちまうのさ!こんな風に――――」




「え………?」



後ろを振り返った瞬間、先程までの興奮というか勢いが一気に冷めた。










ドラゴンの両足首だけが地に足を着けている。






竜の身体は倒れ込むように前のめりに伏していた。

文字通り、足首だけが綺麗に切り取られているのだ。


『ゴロゴロ、グルル...』


灰色のドラゴンは力なく唸るのみ。

俺は剣を振り抜いただけだ。

しかし、確実に手応えはあった。




これは一体....




「アル!まだ来るわ!」



――――ガッキィイイン!!――――――


もう一体の大きな灰色ドラゴンの”爪”を咄嗟に受け止めたが、体勢が大きく崩れて仰け反ってしまった。


「グ!まずい」



「やはり何かおかしいわ。アルヴムばかり狙われてる」



すかさず、ゴーレムが立ちはだかる!

優秀なヤツめ。


天から降ってくる巨大な竜の足……地面に出来る影。


「アル!上よッッ!!」


しかし、ここまで来たら自分が死ぬ可能性なんて考えている暇はない!


ただ剣を振りおろすのみ。




ヨォシ、こうなったら幾らでも何度でも抗ってやるさ。

どうせ後ろには文字通り何も無い。




「ままよ!」




ドラゴンの攻撃に合わせるように剣を縦に振った。




同時にドカン!という、大きな音と共に衝撃波が洞窟内へ響く。






…………




どうなった。











自分で言うのもナンだが、状況判断は早い方だ。

真っ2つのドラゴン...尻もちをつくゴーレム...

足首を置き去りにして倒れた最初の敵...

そして魔法か何かで自分にだけバリアを張る嫌な女...





洞窟の天井が見える。

そうか、衝撃で吹き飛ばされたんだ。





仰向けのまま地面に伏しながら剣を空にかざした。

その背後にとても巨大な”幻影”が見える。



ゴゴゴゴ……



「す……凄い」

「遂にやったわね。貴方の権能は”それ”よ!」






ドラゴンを斬ったのは斬撃の背後の巨大な”幻影”だった。

自分の攻撃と同時に巨大な剣の幻影が現れてドラゴンを縦に斬り裂いたのだ。


攻撃すると現れる巨大な幻影。

自分にとって大きな代償と大きな権能。



「ハハハッ俺の権能はコイツか!最高じゃねぇか」



自分がこれからする勇者討伐の旅について考えると、憂鬱だが負ける気がしない。





ピキッ




「ファントム……」





「え?」





「こいつの名前さ!」





多分、今まで以上の笑顔だったろうぜ。

ここに鏡があったら見てみたい。




「フフっごめんね、そしてありがとう」




彼女も応えるように微笑んでいた。



ピシッ



召喚されてから最も幸せな時間だった。


「それじゃあ、私の修行は合格ってことで……帰りましょう」




メキッ

パラパラ……


「ああ」


一息ついて安堵していた瞬間、












ボッッゴォォオ――ン!!










「ッッ!?」







後ろの壁が突然、手の形となり彼女を鷲掴みにするのを予測出来たなら今この場所に自分はいないだろう。

力強く彼女を掴む、鋭い爪が光る白い腕。




「ア....ル!!」




互いに届かない手を交わせながら、岩盤の中から現れた”白銀の飛龍”に向かって新たな権能を放ってみたが、当然のようにかわされる。


「あっ...」


もう決して無力ではないと思い込んでいた記憶喪失の自分を、これ程憎んだ瞬間は後にも先にもこの時だけだ。





今、切り込む時にもう一歩前へ出ていれば...なんてのは闘いの渦中では何の意味も成さない。







『………………彼の地で待つ……』





バッ




ドカァアアアア――――――ッ!!!




途端に洞窟は天井から崩壊。

”白銀の飛龍”は全てを突き破り、一瞥すらせず白んだ空へ消えていった。


男は手を前にして防御している。

護るべきは彼女だったと気付いた時には全てが手遅れで、自分自身がどうしようもないほど情けなく感じた。








「あ、あ··········あぁ」








突如として絶望の底へ落とされる何も持たない男は、散々使い古した膝を折り曲げて地面と接吻させた。











「うわぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!」






……To be continued

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