【不味いお菓子】
今日の陽気は素晴らしいモノだった。
雲2つ描いた程度のキャンバスに、青色絵の具をブチまけたような境目のない空。
「ふぁあ〜」
「ほら!よそ見しない」
別に空を見て背伸びをするくらい良いじゃあないか。
彼女は屋外用のテーブルセットの上で雑に広げられた絵本や地図を指差しながら、丁寧に音読してくれている。
「はァ、言葉ってのは意外と難しいモノなんだな」
「それはそうよ、人と人が分かり合うための手段だもの。きっと一番最初は簡単だったのかもしれないけれど、発展して様々な形容をする内に心を伝える方法は進化していったというワケ」
「進化というか、複雑化というか...」
正直退屈だった。
こうも勉強に身が入らないと別のことを考えてしまう。例えば、そういう別のこと考えて生まれた疑問をノンティにブツければ効率よくサボったと言えるのかもしれない。
しかし、自分という人間はこんなにも飽き性な性格なんだなァと、妙に納得した。
「……というわけで今日は街へ行くよ」
「へ?」
「いや、へ?じゃなくて」
「まず人間という生物には高度な社会性があってね。自分達にとって都合の良い社会を形成しようとすればする程、文明は発達していく構造になっているのよ」
「フゥン...ってことは現地で実際に見て学ぶって話?」
「あっ、そうそう」
「実際気になってはいたんだ、家の近くの丘からいつも見えていたし」
「【パーディッド】って言うの。結構面白いとこよ」
彼女は席を立って剣を背負うと巾着を渡してきた。
ジャラっ
「これは?」
「この世界の”通貨”、その人にとっての価値を貨幣と交換して生活を豊かに保つの。はい、じゃ行こ〜」
2人は本を片付け街へ向かった。
歩いて行くにしては少し遠いが、まァ良いか。
―――――――――――――――
林を抜けた先には”タージ平原”がある。
この辺りは家の周辺と比べれば、低地だから比較的に暖かく、冬季だが雪もそこまでない。
「この門を潜れば魔法都市【パーディッド】よ!」
眩しいッ――――――!
「な、なんだここは……」
街の門をくぐって一番に飛び込んできたのは、空を飛び交う”フルーツバスケット”。
意味が分からない。
自分の目を疑った。
「うわっ、あれ見ろよ。スパゲティが空を飛んでるぜ!」
「魔法は初めてですか?お兄さん」
いつも冗談交じりで小馬鹿にしてくる嫌な女は当然のようにおどけながらそう言ったが、初めて見る摩訶・不思議な現象に適当な返答すら思いつかないほど動揺していた。
「いや、スゲェ以外の言葉が出て来ないよ」
街の喧騒も驚くべきものがある。
至る所で人々や馬車が行き交って、露店が所狭しと並んで賑わっていた。
レンガ造りの街並みの中で人間や魔族や色々な種族が生活しているというのはこうも圧巻なのか。
いや、単に見た事ないからそう思うだけか。
「ここが……魔法都市パーディッド」
「ね、面白いでしょう?ほら見て生活魔法よ!魔法が人々の生活を支えてるって感じね」
カラン!
ガチャガチャ
火がフライパンを追い掛けるように宙を舞いながら食材を炒め、露店に並んだ皿へ盛り付けて行く様は夢の中の話かと思う程に現実離れしていた。
「わァお……」
概念だけ”知っている”身としてはかなり面白い体験だし、人々がこんなに多い所へ来るのも初めてだった。
「じゃあ、さっき渡したお金で貴方の武具を買いましょ」
「それが今日の目的のひとつなのか?」
「まぁ実際はね。せっかく何年も頑張って貴方を召喚したんだもの、出来るだけ死なせたくない」
「いや”出来るだけ”かよ!」
「うふふ...」
まったく...
ガランガラン!
木製のドアを開けると天井には魔石が光っている。
あれは明かりとしても利用出来るのか。
天井高く飾られた絢爛な装備達は今に行進でも始めようかと躍起になっているようだった。
「やぁいらっしゃい!ああ、ケーロウムさん」
「こんにちは!マスター」
「今日は彼の装備を見てほしいの、そしてこれが別で発注したい武器の制作依頼書」
ドサッ
なるほど。
装備を作って売る、鍛冶屋兼武具屋って訳かい。
「アルヴムです、どーもよろしく!」
「ああ、よろしく!」
挨拶もそこそこに周りを見やると、実に魅力的な装備品の数々。
「凄い...」
「この街一番の装備技師だからね!マスターは」
「へへっ!照れるぜお嬢さん」
技師は裏に行くと”装備品カタログ”を持ってきた。
「うーん、物は良いけど少し割高ね」
「兄さんの装備かい?サイズはぁ...Lくらいかな」
「少しゆったりしていた方がいいだろう」
“最高のデザイナーズ・ウェポンをあなたへ”
「デザイナーズってのもあるのか」
カタログのモデルが良いというのもあるが、どれにすればいいか迷うな。装備として一体感があるというか、これがカッコイイと思う感覚なのかもしれない。
「これはどう?」
彼女は軽そうなフードジッパー付きの服を指さした。
正直、服装なんて個人的には何でも良かった。
「ああ、良いんじゃないか?」
「アル...まさか”何でも良い”とか思ってない?」
彼女はジトリと目を細めて見て来た。
コイツ、魔法でも使ってるのか?
「そそ、そんな訳ない。ちゃんと考えてるよ」
「お兄さん、装備の見た目ってのはよ。正直どうだっていいんだ。それよりも性能さ」
マスターはカタログを見てモデルの右下の性能グラフを指さした。
「ツレのお嬢さんはここ見て判断したんだ。うむ、初心冒険者には最適なバランスだね。良い眼をしてる」
なるほど、そういうものか。
納得しつつも1つ気になる。
ゲージの下にも四角い色が7つあった。
「これは?」
「ああ、それは配色よ。好きな色を指定出来るの」
「へぇ〜中々に面白いシステムだなァ」
「焦げ茶のモジャ男にはこの深緑が似合いそうね」
ん?待て待て、何か馬鹿にしてないか?
いや、もしやこの言い回しは一般的なのか?
マスターも特段変わらない表情でカタログを見つめている。
隙あらばヒトを馬鹿にしてくるこの女を警戒して、いちいち反応してしまう。
まぁいいが....
「う〜ん、モジャ男はコッチがいいなァ」
「えっ黄色?少し濃いね」
「そりゃあ夕陽色だ」
「いい色だ。なんか惹かれるよ」
「じゃ決まり!そしたら次は”胴胸プレート”と、”手袋”に”腰巾着”云々....」
彼女も楽しそうで何よりだった。
確かに嫌な女ではあるが、見た目は決して悪くない。
きっと彼女の父親だったら誰にも嫁にやりたくないというだろう。
あれ?そういえば、彼女の親族については何も聞いた事がない。
当然後援者等もいるはずなのだが、あまりその話をしたがらなかった。
こういった場合の最もらしい対処法なんて、彼女の丸みの無い詰め込み授業では教えて貰える訳もない。
「ねえ、これとかいいんじゃないかしら!」
「まあ、装備のことはよくわかんないからさ。ノンティが選んでくれ」
「もう!仕方ないわねぇ」
と、言いつつ楽しそうにしている。
今日ばかりは自分の重すぎる使命を意識しなくて済みそうだ。
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「夕陽……」
「別に初めてじゃあないでしょう?」
「それはそうだが、なんか今日は一段と綺麗に見える」
「じゃあ、私のおかげね」
「バカいえ」
いつかこんな風に笑えなくなる日が来るかと思うと気が重い。
「これあげる」
「?」
冷たいお菓子……?
「メディッセオっていう茶菓子」
「いつの間に買ったんだ」
サクっ
「うっっなんだこれ!!」
土を煮て砂糖をまぶしたような味に食感だった。
「あはは!疲れてれば、ちゃんとおいしく感じるよ」
「ぐうぅ、ふざけろ」
「きっと記憶喪失になったってだって思い出すわね!」
「ははっ、そりゃあその通りだろうぜ!まったく」
油断ならないこの女は、おどけたかと思うとまた夕陽に向き直った。
美味そうに菓子をしゃくりやがって……
「あ、見て。花火」
「ほんとだ。まっず」
……To be continued