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【新しい目覚め】

「寒い」




木造の広い室内において、暖炉という人間の知恵はその存在意義を全うしない。








目が覚めると木で出来た部屋の中で横たわっていた。

ああ、そうだ。




昨日、この世界に産み落とされたばかりなのだった。




左側の小さな窓から見える夜の雪景色は、あらゆる生物達を拒絶する”かえし”として機能しているのが伺える。



ギチギチと不快な擬音を放つ、これまた木製のベッドから立ち上がって大きく背伸びをした。



うぅっはぁ〜



「さて・・・ここは何処だ?」



記憶は曖昧だった。

自分が何者なのかもよく分からない。



視界の端に映る窓から見える遠くの風車の影は、本当に回っているかどうかすら曖昧...そんな気持ちのまま迎える寝覚めは決して心地いいものでは無かった。




ガチャッ



不意に暖炉から見て右側の扉が開いた。





「アラ、目が覚めたのね」





部屋の隅に蜘蛛の巣が張っている様な木造建築には不釣り合い過ぎる美女がそこにいた。




淡い金色の美しい髪を胸まで降ろし、空より青いワンピース風の服を右肩から背中に下げた長剣が違和感なく彩っている。


もし正義を専門に取り扱う天使がいたなら、きっとこんな”風”だろう。




「えっと...誰だったか」


「ノンティマーリス・デウラ・ケーロウム」

「是非”ノン”って呼んで頂戴」


彼女は何か本を見ながら椅子に座ってそう言った。




「ノン...」




「私が貴方を召喚した」

「あっ、この説明は確か2回目ね。ゴホン....!

貴方は異世界から勇者討伐の為に召喚された魔神なの」




咳払いに何の意味があったか知らないが、一体何を言っているんだこの女は。




「勇者討伐?えっと、つまりその”勇者”ってやつを殺したら元の世界に帰れるってのか?」



「いや、別に帰れない」



「・・・えっ?」



「アラ、キョトンとした顔をしてるけれど、召喚者として選ばれる確率って貴方の頭上にピンポイントで流星が落ちてくる確率より低い...マァ、誇りに思うといいよ」




前言撤回だ。

コイツはきっと嫌な女だ。




「オイお前、ちょっと待てよ」

「勝手に呼び出しといてその言い草か?」



「ああ、お陰様で過去の記憶も全部消えたぜ!これで後腐れなく美女様に御奉仕できるってモンだよなぁ!?」




皮肉と嫌味をこね合わせて作った即席のパンの味は彼女にとって何の不都合も影響も無い、といった顔をしている。




「フッ、貴方がこれからどうしようと勝手だけれど、食事を取りたければ下に来なさい。極上の”朝食”を用意したからね」




その細く華奢な指先は文字通り下を向いている。




地響きのように唸る我が活腹は、そこら中に漂う香ばしい匂いに舌なめずりをしているようだった。





目の前の女に度胸で勝てたとしても、空腹にゃあ勝てねぇ。





「クソ」





踏む度に軋む階段を降りると沿いにリビングがあり、テーブルと椅子が毅然としてそこにある。


テーブル上へ並べられた絢爛な料理達は新鮮な湯気をまとい、その芳香が華麗に空を舞っていた。




「お前、知らないか?ここに来る前のこと」

料理の前に座る淑女に尋ねた。




「さぁ。でも貴方の過去なんでどうでもいいのよ、正直ね」


「・・・前世では稀代の極悪人でしたとか、大勢虐殺したサイコな独裁者でした〜とか本当にどぉおでもいい」




「どうして?」




「過去が今の貴方を創り上げているのは事実...とはいえ、その経緯を私が知った所で何にもならないわ。欲しいのは”結果”だもの」




フォークを指先で扱いながら目の前の腸詰めを弄っている彼女は、いつの間にか髪を後ろで束ねていた。




マジで嫌な女だ。

可愛げのない。




「ア、食器の使い方は覚えてる?」




「馬鹿にするない!」


確かに過去なんてどうでも良かった。

目の前の飯を食えたらそれでいいのだ。


肉、魚、野菜、生、煮物、焼き物、米、パン、果実酒。




ガシャガシャ・・・

適当に持った食器。




ぐァつぐァつぐァつ!!!




口いっぱいに頬張った飯を果実酒で飲み干していく。



ゴクゴク・・・ゴクリ



「美味ァい!」




「あはっっ良かった」


正直、本当に美味しかった。

窓の外でぼんやり浮かんでいる雪景色からは想像も出来ないほどの彩りだった。




「ゆっくり食べた方がいいよ」




彼女の言うことを聞けばよかったと思ったのは俺が喉に詰まらせた食い物を果実酒で流し込んだ後、時すでに遅しというか後悔先に立たずというか。




「それで、食べながら聞いてほしいのだけれど・・・」




「うむ。事の経緯は分かったが、理由が分からない」




「そうね。まずこの世界には他にも複数の魔王候補がいてね――――――」




ぐァつぐァつ!


「ほむむ」


「逆に勇者という国家を脅かす戦力もまた、複数存在(保有)しているの...その対抗手段として私達は異世界から貴方みたいな人を召喚しているのよ」




・・・なるほどな。


しかし、「どうしてわざわざ俺達を呼び出す必要があるんだ?自分達じゃあ敵わない相手なのかい?その勇者ってのは」




「敵わないのは勿論、彼等勇者が居ると国家間の安全保障云々っていう戦争問題に発展しかねないのよ」






「そもそも私達普通の人間の5倍の腕力と到底尽きることの無い膨大な魔力を使うことが出来て、さらに彼等の魔力の源はこの大地のエネルギーから生まれるものだから・・・」





「つまりそいつら勇者ってのが住まう土地っつーのは、エネルギーを吸い尽くされて枯渇しちまう訳だ」




彼女は珍しく呆気に取られた顔をしている。




「・・・驚いたわ。ここまで理解が早い召喚者は初めて。そう、存在そのものがこの世界にとって危険なのよ。それに各国のパワーバランスもめちゃくちゃになる」




「てか貴方、本当に記憶喪失?」




「ははっ、どうかな」




「経験こそないが、物事の概念だけはぼんやり理解出来るんだ。これを人は記憶と呼ぶのかまでは知らないが」




「それは、つまり”考察”ができるってことなんだ」




目を細めて華奢な手先を顎の下で組みながらほんの少しばかり浮かべた笑みは、飴色のスープに反射して美しく光って見えた。




「召喚者はね、【マルダース】へ世界の理を飛び越えて来ると...アッと、マルダースはこっちの世界の名前ね!・・・それで、前世でのおおよその記憶と”何か”を(にえ)に捧げる代わりに大きな権能を得る」




ムシャムシャ...ゴクリ

この骨付き肉マジで美味いな。




「ってことは、俺も”何か”を奪われてるのか?」




「そうねぇ、身体的な欠損は無さそうだから一概には言えないけど...何処か足りないモノとか喪失感ってある?」




「ウーム・・・・・・・・」




ゴクゴクゴク....




何か足りないモノ――か。

寝起きだからか、あまり思いつかないな。




正直前世の記憶も無いし、覚えているのは物質とか色んな仕組みの”概念”。





まぁ前世が何者だったのか思い出せない”だけ”だと言えば聞こえはいいが、実際問題全ての経験が無いのはキツいな。






本能だけで動いていると言っても過言では・・・・







「ん?本能...」








「どうしたの?」






バッッーーーーーーー!!!








俺は人間がどうやって生殖行為をするのかを”知っている”し、目の前の彼女はとても文字では表現出来ないほどの美しさを誇っている。




なのに・・・

嗚呼、何かおかしいと思ったんだ。








「何も反応しないーーーーー」



「どうしたのよォ」






「無いんだ」



「何が?」





「ナニが」



「はァ?」












「俺のちん○・・・」








さて、ここから約5分間。








ノンティの中の何かが爆発を起こしたように大きく仰け反って笑うのを見て、とても嬉しく思った。






そうか、この女はこんな風におどけることもあるんだな・・・と。





まるで現実逃避をする様に彼女を見ていた。

同時に少しずつ沸いてきた怒りを抑えながら...




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