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【2度目の誕生日】

※この作品には軽度のゴア表現があります。












  「神は死んだ」

大昔に何処かの哲学者が言ったらしい。

 

 きっと以前なら馬鹿げていると嘲笑したし、その真意すら理解らなかっただろうが、今ならその切っ先くらいは理解出来る。





 「私を救ってくれ」





ふと壁を見やると薄ら書いてあるのが分かる。






「またこの漆黒の箱の中へ戻ってきたのか・・・」




あるいはここが終着点か。




 

そういえば誰かに頼まれていたな。

世界を救ってとかナントカ。





覚えていないと言うより、もう出来ることがないから

思い出したくないと言った方が適当だろう。






 こうして死んでしまったのだから・・・






そう、この暗い箱は迷える魂を閉じ込めるだけの

牢獄だったのだ・・・






どうすれば彼女を救えたのか?

どうすれば死なずに済んだのか?




考えても答えは出ないし、やり直せる訳でもない。





 このまま精神が朽ちるまで問答を続けるのが期待を裏切った罰なのか、あるいは死んだら無になるという通説を覆せた事は唯一無二の救いか。





 「もう一度チャンスが欲しい・・・」




 

自然と口からこぼれ落ちたその言葉は本当に虚しく

箱の中に響くばかりだった。





いや、待てよ。





 「そもそも1度失敗したらそれきりなんておかしいじゃあないか!」

 






 「視力を失った対価として強大な権能を授かるはずじゃなかったのかよ!だったらリリィッ...!」






「あの話は一体・・・ッ」




 

 思わず立ち上がり暗黒の箱庭で、ずっと理性で抑えていた感情が爆発した。





 「どうして俺なんだ。どうして俺がこんな目に会うんだ。でも、どうせ俺じゃなくても同じ結果だったさ!

そうだろ?奴は初めから俺達を狙っている風だったもんなァ!」




 

 そう、別の誰かでもよかった。





 

「召還者は無作為に選ばれる」という彼女の言葉を信じるなら、ある人にとっては人生逆転のチャンスなんて事もあるかもしれない。





 

 しかし、俺には前世の記憶がほとんど残っていない。大抵の場合、前の人生に比べて〜と自分の過去と比較してどれ程良くなったかを表現するし、それによって感動できるというものだ。






 過去がないというのはとても虚しい。自分が何故生きているのか分からなくなる・・・果たしてこれは公平と言えるか?





答えは勿論否。




 

 勝手に召還されて勝手にヒーロー扱いされ勝手に期待される。挙句の果てに魔王の臓器とやらに一撃で殺されてしまった。

 



 

こんな惨めな話が他にあるのか?

この機会に世界中の文献を漁りたいくらいだ。

 




 さて、思考を四方八方にバラまいていたからか、

少し落ち着いてきた。


しかし、自分がこれから何をすべきか未だに分からない。





 数年掛かってようやく召還出来た勇者とやらは何の権能も無い記憶喪失の盲目の男たった1人。





 あまりにも報われない。

きっとあの世界はもうすぐ滅亡するだろう・・・









 


 

「それでいいのか?」




 

 


 そっと地面に座り込みながら、壁に書かれた「誰か」へ向けた救難信号をつい自分の状況と重ねてしまう。




 

「お前が求める誰かって、誰なんだ?」





 


 今こうやってこの現実から逃げていても何も変わることはない。






 

 「行動しなければ何も始まらない・・・」






 足元を見ても、天井を見ても、返ってくるのは自分の能力や宿命から来る惨めさと悔しさと一筋の光さえ無いという事実だけだった。






 現世を自由に動き回る肉体は死んでしまったのかもしれないが、このどうしようもない思考だけは生き続けている。



 



それでも何処か諦めが着いていない。





この今にも溶けそうな感情の熱が冷めてしまう前に行動するべきなのかもしれないが、中々どうして後ろ向きなこの考え方を変えることは出来ない。

 




自分の今の行動が未来へ少しでも影響を与えるなら、

行動しなければダメなんだ。





でも、自分には何の力も知恵も権能もない。




何も出来ない者が右往左往した所で何も変わらないし、それに意味は無くなる。







 


「まぁ〜だそんなこと思っているの?」







 

「自分がどんな人物かなんて、自分で定義付けてアイコン化させて考えるのは烏滸がましいこと・・・」







「これからの貴方を創り出すのは、貴方自身であり私でもあるのよ」






「私たちは本来何物にも囚われない自由の身、頭の中でならこうやっていつまでも思い出せるわ」








「貴方は後ろ向きで歩きすぎなのよ、クロ」


 



リリィ・・・

 


「でも、実際何も出来なかっただろ?そもそも世界を救うだなんてそんな責任、突然呼び出されて押し付けられるなんて非道すぎる」





「その通りだわ。貴方の言う通りよ」

「でもね...過去の自分の決意をも否定するなんて可哀想」






「きっと悩んだ結果なんだよ。どうせ俺はどんな前世だったにせよ、今も昔も何も出来なかったさ・・・」



「変えられない”かもしれない”運命だから何もしないの?」




「クロの中の1%にも満たない可能性の欠片を無下にして、この暗い箱の中で孤独に朽ち果てるのが貴方自身の運命だって・・・」




「本当にそう思っているの?」



 


・・・・・・・。



 


「ここにいれば誰も傷付くことはない。物事の原因を初めからそのルート上から消すことが出来るんだ」



「こんなに合理的なことは無いだろう?」








「確かにそれは合理的ね。でもクロが誰とも関わらずにここで朽ち果てたら貴方の進むハズだった可能性も消されてしまう。たった1度失敗した位でそんなに怖い?」






「それに私たちはもう繋がっちゃったのよ。魔王の臓器に負けた原因が貴方だけのモノだなんて、とても傲慢だわ」

 



「クロはきっと私のことを想って言ってくれていると、

私に考えて欲しいんじゃない?」


違う・・・




「自分のせいにすれば何も無かったことになると、そんな風に納得したいから自己犠牲的な思考になるの」



そう、本当はわかっているんだ。

やめてくれ・・・




「貴方はもっと自由なのよ。ここから何でも出来るし、

何者にも成れる可能性がある」





「会ったばかりの私に罪悪感を憶えてほしくないから、

そんな風に自分を責めているんでしょう?」


 


わかってるんだ本当は。

出来るならやり直したい。






その1%の可能性とやらに賭けてみたい。




 

 

 そうだ。ここでこうやって殻に籠っていれば誰も傷付くことも無く、さらに同情して俺自身が傷付くことも無くなるかもしれない。






 しかし、結局何も解決しない。







「どうせ記憶もないなら思い残しも未練もない...」






 

「そうよ、後ろには何も無い。無限の闇」



だからこそ。

  


「俺が決めていいのか?どうするべきか、何も持たないこの俺が」

 




「もちろんよ!勝手に召喚してしまったのは悪かったと思っているけど、これはクロ自身の人生でしょ?」


 



彼女は壁に向き直って手を当てた。

希望の扉から光が見える。

眩しい・・・でも、前より温かい。






「この扉の向こう側・・・」

 


「『あの時』から10秒前の世界が目の前に広がるけど、決して恐れないで」


 






「貴方にはこの部屋を自由に行き来する鍵が与えられているのよ!」


 





 少しばかり軽くなった身体を地面と乖離させる様に立ち上がってリリィの肩に手を置いた。

 



俺はこの箱に、自分を閉じ込めていたんだ。

手をかざせばそこに扉はいつでもあったのに。


 

「有難う・・・!」


 

ほんの少し微笑んだ彼女の笑顔が見えた気がした。



 



挑戦することは悪いことじゃない。

でも失敗だって怖いことじゃない。




自分で諦めのラインを引くことがいけなかったんだ。



 

分かったよ運命さん。




 

 アンタが無作為に俺を選んだことに例え意味や理由がなかったとしても、その意味は必ず俺が見つけるし、理由も自分で探して創り出してやるさ。



 


立ち上がることはこんなに難しい事だったのか?

でもそんなに怖くはない。



 

 

眼前の扉に彼女の残り香を感じながら強く押した。

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