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【目覚めと出会いと】

※この作品には軽度のゴア表現があります。

※閲覧する場合は画面から離れてご覧ください。
























ーー「お前が出会う最大の敵は、いつでもお前自身であり続けるだろう」ーーーーー



 どうして箱の中に閉じ込められていたのかは覚えていない。しかし日中、太陽が我が物顔で世界中に光を届けているのは知っていた。


 

 

 そんな光のせいか、眼を全く開けられずにいると背後で扉が閉まる音が聴こえた。それと同時に周りの喧騒も聴こえてくる。





鳥のさえずりや多くの生物の話声、レンガを弾く多数の足音に衣擦れの音。


 



 何処か聞き覚えのある数々の喧騒に、いつもなら辟易していた所だが今回ばかりは安堵した。


 

 

 しかし束の間、彼等が何処の言語を話しているのか何故か理解出来ない。




 

 もちろん他言語と言えど、映画や動画サイトで見知っていたから話せずとも大半の場合は納得出来るはずだった。



 

 似ている発話と言えばメロディラインこそ違えど、THE BEATLESのNo.9を逆再生した動画を観た時の知覚に近い。


 


 目を開けて眼前に広がる怪異にも似た世界を視覚的に感じたい所だが長い間暗がりで過ごした影響か、瞼の裏では日中という情報以外何も汲み取ることが出来ない程にホンの少しも目を開け難い。



 


 それでいて鼻は、変わった香辛料の匂いや様々な生物の体臭、石鹸のような心地良い香りを運ぶ風を存分に浴びて、ここが何処かの異国風である事を教えてくれていた。





 

 


「ーーーねぇ」





 

「どうして貴方は眼を閉じているの?」





 

 突然耳に侵入してきた聞き覚えのある言ノ葉に面食らった。




 

 「あ、、うっ!」





 驚きのせいか思考はこれほど鮮明なのに、口から出てくる音と言えば呼吸の延長の様な何とも形容しづらい存在と化していた。



 


「あ、まだ話すことも出来ないのね...なるほど、分かったわ。ゆっくりでいいの」



 


 推定・・・初潮を迎える前の少女と、流行り宿の受付で年中そのよく教育された接客対応で定評のある淑女を足した感じの声で、


 

 

「私は、

《リリーム・ディアヴォレス・ド・メンダーシュス》」




彼女の衣擦れの気配から察するに、貴族出身の淑女の様にドレスを両指先でツマミながら畏まっているに違いない。




 

「どうぞ《リリィ》とお呼びくださいな!」




 

笑顔さえ見えないがさぞ美しいのだろう。

せめて、そうあって欲しかった。




 

「・・・ところで貴方名前は?」



 

 

「リ・・リィ・・・・な・・まえ・・・」




思い出せない。



 記憶がその影すらもなく存在しないのだ。

何かおかしいな、ほんの少し前まで色々と覚えていたと思ったが。




 夢から目覚めて小1時間程度経過し、身体が活動的になろうとしている時と似ている気がした。



 しかし概念として、鳥や人々、香辛料や五感といった基本的な事は覚えていられるらしい。




演劇のタイトルとジャンルは分かるが内容は丸っきり分からないと言ったところか。



 

「じゃあ・・・クロ!」



「えっ?」




 

「だって髪の毛が黒いンだもの。固有名詞が無いのは色々と困るでしょう?」


 


 クロ・・・?

 まるで猫じゃあないか!



 

 

「確かに・・そうーーーーだがっ!それより君は一体何もどーーー」上手く言葉が出せない。


 


 話すというのはこんなに難しい行為だったか?

最早それすら覚えていないが。


 

 

「そうね、少し歩きながら話をしましょ。街の真ん中で立ち話なんて時間が勿体ないわ。」


 


 数多くの混乱から生み出された冷汗が滲んだ手を取り彼女は歩き出した。




 先程から目を開けようと努力しているが開かない。瞼に力が入らないのだ。視力を失ってしまったのか?

一体何故・・・



 混乱しながらも置かれた状況を少しずつ俯瞰出来るようになった。



 靴の感触は相変わらずレンガ調だったが、歩みを重ねるにつれて街の喧騒は徐々に後ろへと去っていった。




 そして、温かい人肌に触れたこの心はようやっと1つの安心を手に入れつつある。




「そうね、何から話そうかしら」

彼女はサプライズが好きなようだった。


 

「私は、クロ...貴方をこの世界に召喚した賢者なの」

そんな重要そうな話を唐突に話し出す。




 「勿論貴方の世界の価値観や言語とは違う事も理解しているから一応言語翻訳魔法で補正しているわ」


ーーーーなるほど。

 


 どうやらリリィという少女は他人を混乱に陥れる天才らしい。そんな自分の才能を理解していない彼女に対して素直に賞賛を送ろうと思ったが続けて、


 


「この世界は混沌に満ちている」




「飢餓・戦争・略奪・貧困、私は生まれが王家の貴族だったから世界中を見ることが出来たけれど、彼等は抜け出すことすら叶わないその地獄の底から天を見上げることをも諦めているの...」



 強過ぎる抑圧は反発を生まずに、下敷き自らが重しになっていくというわけか。

 


 

それにしても、「どう・・・しで?」



 

 落ち着いたからなのか、少しずつ声が出せるようになってきた。



 

 

「世界に散らばる11人の魔王達がそれぞれ覇権を争っているのよ」





なるほど、人類はその争いとやらの渦中にいるから他人を気にかける余裕などないってことだな。

 


 

「今や人間よりも魔族の方がその数で上回っているわ」



 

「人類はそれほどまでに追い詰められているーーー」


 

 きっと彼女は歯を食いしばったであろう。

他人を思いやる余裕はその裕福さ故の産物・・・



 一呼吸置いて、

「私達の力だけは駄目だと確信するのに、そんなに時間は掛からなかった」



「この世界ではよく『外の世界』から勇者候補を召喚しているのよ」





「『外の世界』から来た者はこの世界の理を外れて何かを代償とする事で最高の力を得ることができる」





「それが勇者の権能」


 


「でもクロの場合、その代償が視力だったって訳ね・・・」

 


 正直納得は出来ないし、身勝手すぎる。

力の代償として視力を奪われる?冗談ではない。




前世がどんなモノだったかは全くもって思い出せないが、訳もわからず勇者として召喚されて眼が見えなくなるのは到底許容出来るものではない。


 


「ごめんなさい!!」




 微かな衣擦れの音で彼女がそれは深々と頭を下げているのが伝わってきた。



 

 

「対価はあるのか?元の世界には戻れる?」

まだ少し声に違和感がある。



 

 

「対価は貴方が欲しいものを何だって与えるわ。

でも、戻る方法は私にも分からないの。」



 


 想像でしかないが、下をむいたまま少し涙ぐんでいるようにも聞こえる。



 

 当然許す訳ではないが、目の前に居るであろうこの幼気だがどこか気品のある女性に対して立場を利用した態度で接しても事態が好転することは絶対に有り得ないだろう。



 それなら冷静に対処してリリィとやらの要求を聞いてやるのが最も合理的だし、正解に近い気がする。




「要は勇者になって11人の魔王共を打ち倒せば良いンだな?」



 

「!!・・・そうよ、その通りよ!クロ」

俯いていた彼女は両手で手を握ってきた。




 誰かに頼られるのは悪い気はしない。





人に必要とされるように成るには普通、少しずつ積み重ねた大きな努力だとか結果に対する信頼等、面倒なプロセスがご丁寧に沢山用意されている。


 それがこの世界に転生するだけで叶うというのなら、それはメリットと言っていいかもしれない。



代償として前世の記憶と視力は失った訳だが、味気ないより面白そうだ。




「対価は考えておくとして、、、」

少し上を見上げたが相変わらず世界は暗く見えるばかりだった。しかし、何故だか気持ちは前向きでいられた。




「本音は不本意だがいいぜ、乗ってやろうじゃあないか!ウダウダしてたって何も始まらないしな。」



握られた手により強い力を感じた。


 

「クロ・・本当に有難う・・・!」




「さぁ、そうと決まれば我が家へ行きましょう!

そして必ず、世界を救うわよ!」





新しい名前と新しい生活に想いを馳せて沢山の疑問を反芻しながら、きっといつもより大股で歩き出した。






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