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決断する令嬢

目が覚めると、目の前には神々が空を舞う天井絵が目に入った。

中心から外れているのは、見たげた位置が聖堂の中央ではなく、どうやら長椅子の並ぶ端だから、らしい。


(私⋯そのまま聖堂で眠ってしまったのね)


とんでもない一日だった。

帰宅するまでのふわふわした気持ちと、有り得えて欲しくなかった再会。

逃げれたとはいえ、生きていることを知られてしまったことも、そしてカルロ様にとんでもない姿を見せてしまったことにも、頭を抱えてまた叫びたくなる。

(カルロ様は、あんな私を見て、どう思ったかしら)

騎士から逃げる犯罪者。重罪人。家出した娘。

思いつくどれもこれもが、『家に戻される』もしくは『王都で牢に入れられる』立場になることしか思いつかない。

それは、私にとって死の恐怖でしかない。


(逃げなきゃ)


このままここに居たら、私を助けてくれたお二人や村の人に迷惑がかかる。

犯罪者を匿っていただとか、もしかしたら誘拐犯に仕立てあげられてしまうかもしれない。

私の存在が、私が生きていることが、この地の人々の災いになってはいけない。

そしてなにより、


(みんなに、きらわれたくない)


たとえ離れてしまっても、村の一員として認められて、ふわふわと生活できた時間を無くしたくはなかった。

一人として認められて、泣いて、怒って、笑って、生きた、この場所を。


(絶対に無くしたくない)


決意と共に身を起こすと、そこが床ではなく長椅子の上で、沢山の毛布やキルト布団がかけられていた。

無理に起こすこともなく、だけど寒くもなく、冬も近い聖堂の中で優しさがジンジンと心を締め付ける。

夜中だったにも関わらず、いつものように「仕方ないわねぇ」なんて言いながら笑う、お二人の幻すら見えてしまうよう。

お二人には、助けて貰った上にこんなに良くしてもらって、それなのに恩を返すことも無いままで、申し訳なさに布団を強く握りしめるしか出来ない。


(申し訳ございません⋯いつか、必ず、この恩を返しに参ります)


何ができるかは、わからないけれど。

生きている限りここでの生活も、お二人のへの恩も⋯カルロ様への想いも、忘れはしない。


椅子から立ち上がると、足元からゾクゾクと冷たさが這い上がってくる。

流石にこのまま出ていくことは出来ないと思い、静かに自室に続く廊下へ向かうための扉を開けた。

まだいつもの起床時間よりも早い。

今のうちに出ていく準備をして、いつもの仕事をこなし、夕方、そっと出ていこう。

どこに行くかなんて、わからないけれど。

畳んだ布団を強く強く抱きしめて、混み上がってくる淋しさを拭う。

そして、部屋の扉を開けた。


「あら、おはよう」


その瞬間、ディアナ様の優しい声が背中にかかる。

思わず振り向くと、そこにはディアナ様だけでなく、ドンナ様の姿もある。

まるでイタズラした子どもに呆れるような、それでいて甘やかすような、優しい笑顔で。


「⋯お、おはようござい、ます。あの、お布団ありがとうございました」

「いいのよ。風邪をひかなかったようでなによりだわ」

「全く。淑女が床で寝るなんてはしたないわよ⋯これは、淑女教育をもっと学ばないとね?」

「じゃあ、今日は午後から二人でみっちりお勉強にいたしましょう!」

「そうですわね!きちんと身につけないと、紳士の横に立つことすら出来ないわ」

「だから、カランドラ?」


居なくなってはダメよ?、とディアナ様はいつもの優しい笑顔でポンポンと頭を撫で、そのまま私の部屋へ入るよう促した。








ベッドと文机、小さな箪笥代わりのボックスしかない部屋に、三人各々適当に腰をかける。

その間もディアナ様かドンナ様のどちらかが、頭を撫でたり手を握ったりと、まるで『逃がさないよ』と言わんばかりに触れて下さっていた。

そして最初に口を開いたのは、やはりというか、ディアナ様だった。


「まさかあのタイミングで、脳筋騎士が来ると思わなかったわよねぇ」

「!?」

「騎士なら騎士らしく、周囲の状況をよんで主人が動くまで話しかけてはいけないのに、何を学んで来たのかしらね?」

「ど、ドンナ様⋯?」

「社交に出たことも無いのでしょう。きちんと躾なかったカルロ様も、まだまだってところねぇ」

「ディアナ様⋯」

「まあなんであれ⋯カランドラ?」


突然こちらに振られたお二人の視線にしゃんと背筋が伸び、頭中のモヤがパッと一瞬晴れる。

何を言われるのだろう。

いつも通りの微笑みを浮かべるお二人の感情が読めずに困惑してしまう。


「は、はい!」

「色々考えこんでしまってるんでしょうけど⋯貴女がここに居たいなら、居るべきだわ」

「!」

「どこかに冒険に行きたいならそれはそれでいいけど、この修道院が貴女の家だから、ちゃんと帰ってこなくちゃダメよ?」

「⋯っ」

「それに、カルロ様も戻ってくるって約束したでしょう?その時に貴女が居なかったら⋯彼は、悲しむわ」



私は、自分が逃げることと自分が助かること、村に迷惑をかけないようにとしか考えて無かった。

助けてくれたディアナ様やドンナ様、そして『戻ってくる』と言って下さったカルロ様の気持ちも、何も考えずに。

ただ逃げて、生き延びて、そこから?

関わった人達を悲しませることしか出来ないまま。


そんな形で、ずっと生きていくの?



(そんなの、嫌だ⋯っ!)






いつか、に期待して小屋から出ないことも


捨てられるとも知らず、何かに期待してしまったことも


全てを諦めて他人に人生を任せようとしたことも


怯えて逃げ出そうとした自分も




「わたしは」




弱いだけの自分でも




「幸せになりたい、です」




そんな自分を許して、認めて、いたいと思う場所で、生きれるように。





願わくば、その横に愛しい人の姿があると信じて。



次が最後(のはず)

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