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畑の令嬢

誤字修正、加筆修正(2025.4.25)

「自分達を見れば!魔女熱なんてないこと!わかるでしょうに!」


修道女らしからぬ声をあげて、盛り上げられた土を両手でぺちぺちと叩いていく。


今日のお仕事はドンナ様の管理する畑の土の回復なので、私の唯一の自慢である銀髪はバンダナの中に適当におさまっていて土がつくことはない。


何をやっているかというと、塩害で白くなった土に私の掌で触れ、もとのふかふかに戻していく『土の治癒』だ。

見た目が一気に変わる、とてもやりがいのある作業だ。

ちなみにこの作業の後は堆肥を巻くまでが私の仕事。手作業も含まれるのでなかなかの重労働だけど、それも大変に楽しい。

畝作りは力のある子ども達に、種まきはそれ以外の子ども達に任せる。


先んじて回復した土に猫車の堆肥を巻いていたドンナ様は、ほほほと軽やかに笑った。


「冷静に自分を見ることが出来ない者は案外とても多いのですよ」

それは私にも覚えのある感覚。

「ええ、確かに。私も、きっとその1人でしたわ」


冷静に考えれば、交流もなく大した怪我でなかった兄を助けるべきではなかった。

きっと、当時の私には少しの下心があったんだろう。

もしかしたら「ありがとう」って言って貰えるかも、と期待して。

そんな自分を詳らかにするお言葉は、少々耳に痛い。


この北の辺境を旦那様と治めていたドンナ様には、様々なことを学ばせて貰っている。

家庭教師では満足にいかなかったマナーや礼儀作法、今となっては必要なくなった貴族の在り方や仕事、果てには魔法の使い方など様々だ。

ちなみにディアナ様は隣国の元公爵夫人なんだそう。聞いた時には思わず飛び上がって知り得る内で最大限の挨拶をしたが、コロコロと笑われるだけだったけど。


お二人とも息子さんにあとを引き継いだ後、旦那様が先にお亡くなりになられ、自らここに来られた方だ。


高位貴族のお二人が持ち込んだものや続く援助で、この修道院は比較的豊かに過ごせている。

その為、敢えて孤児院の子供たちを雇い入れ畑でとれる作物の一部、食事、衣類、そして少しの賃金を与え、夜には基礎的な知識を学ばせる。

そして彼らは集合住宅で共同生活だ。

昼は畑で皆で食べるが、それ以外の家事は自分たちで行う。そうすることでいざ独り立ちする時に、子どもたちが困らないようにする。

勿論揉め事が起きた時には修道女だけでなく村の人々も介入して、妥協点を探すらしい。(この三ヶ月で揉め事が起きたことがないので実際は知らない)

聞くところによると、お二人が来られる前からこの体制ができていたそうな。

思わず他の村や町でも出来ないかしら?なんて思う程、子どもたちの成長はスムーズだ。

なお独り立ちしたあと、一番なり手が多いのは農家だ。その他治療院で医術を学ぶ子も居れば、外に売買に出る子もいるそう。

それでも一次産業の担い手が多いのは大変にありがたい。



手持ちの堆肥を全て混ぜ終えた辺りで、昼食のために子供たちを呼びに行く。

朝作ったスープと農家の女性達が持ち込んでくれた柔らかな蒸しパンは、農作業で疲れた体にじゅんと染み渡るだろう。

思わずにんまりと笑顔を零しながら両手で口元を覆い、はれるだけの声で子どもたちを呼ぶ。


「今日はー!根菜のスープと蒸しパンですよー!」

「みんなー!スープはカボチャがとろっと甘くてなめらかでー!ボリュームたっぷりー!ゴボウはサクサクッとして!食べごたえがありますよー!」

朝食の口を思い出しながら言えば、ひょこひょこっと種まき組の小さな子どもたちが立ち上がる。


「姉ちゃんの呼び声、めちゃくちゃ美味そうで腹減るんだよなぁ〜」


一人の子がお腹を押えつつ、そう呟きながら私の横を駆け抜けていった。

その子の後に続くように、わらわらと小さな子ども達が修道院の傍の野外コンロを目指して走っていく。

それなりに広い畑(むしろ農場?)の為、全員を呼び寄せるのはなかなかに大変で、私はいつもこうやってお昼のメニューを呼び声にしている。なんとなく子ども達の集まりが早い気がするから。

しかし、今日は年長組がなかなかやって来ない。


(…何かあったのかしら)


なんとなく不吉な予感がする。

トウモロコシエリアでも無いのならば、一番離れたトマトのエリアまで急がねば、と畝を避けながら出来る限り早足で畑を縦断する。


「アルトゥーロ、エミリー、ブルーノ。いったいどうしたの?もう昼食よ」


岩塩のとれる山脈に一番近いエリアまでくると、三人の子どもが地面を見下ろしていた。

バッと勢いよくこちらを向いた表情に、安堵の色が広がる。


(怪我したわけではないみたいね)

真っ先に駆け寄ってくるエミリーを抱き止めようと思わず笑顔で構えたが、すぐにそんな余裕はなくなった。


「カランドラ!お願い助けて!!怪我した人がいるの!」


彼女の悲痛な叫びに、体が勝手に走り出していた。

淑女らしからぬ走りを見せた私は、被っていたバンダナが落ちたことも、括っていた組紐が解けてなくなったことにも気づかなかった。

そんなことに構っている余裕なんてない。

だって、私の力を求めてくれる人達がいるのだ!


「大丈夫ですか!?」


子どもたちの足元には、想像したよりも大きな人影が転がっていた。

北の辺境の地ではほとんど見かけたことの無い、収穫時の小麦のような黄金の色を持つその人は、土埃に汚れていても紛れもなく貴族だろう、という姿。


一瞬、ほんの一瞬だけ手が止まった。

村以外の、それも貴族であろう人物に、魔法を使ってしまうのか、と。


振り切るように頭のてっぺんから顔、首、肩、と順番に手のひらを当てていく。

冷静な頭が心配そうにこちらを見つめる子ども達に目だけで指示を飛ばす。


「ブルーノはドンナ様から猫車を借りてきて!アルトゥーロは何かあったらすぐに男の人を呼んでこれるように待機して!エミリーは治療院まで行って説明を!」

「わかった!俺1人で猫車運べる!」

「あたし、治療院のあと助けてくれそうな人連れてくるわ!」

「今日は鉱山が休みだからジョルジュさん達が居るはずだ!」


子ども達は素早く状況を判断すると、自分たちのやれる事に準じて散っていった。

王都では孤児院育ちだと下に見られがちだが、彼らは私なんかよりも余程頼りになる。


「私も本気を出すわ」


素早く、でも丁寧に。

こまめに感覚を確認しながら進めていくと、鎖骨と胸のあたりで当てていた手のひらがカーッと焼けるように熱くなった。

まるで沸騰したての鍋を触ってしまったように熱く、無意識に手を離してしまう程の激痛。

痛くて痛くてたまらない。

でも


「この人は、もっと痛いのよ」


山の中で膝を擦りむいた私は、お二人の優しさで助けられた。

それならば、今度は私が出来うる限りをもって誰かを助けたい。

(私を求めてくれるなら、応えなくちゃ)


「絶対助けるから、一緒に頑張って!」


そうして子ども達が大人を連れて戻ってくる頃。

苦しげに寄っていた眉間のシワは無くなっていた。

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