薬師で剣士
小鳥の囀りが朝の訪れを知らせ、窓から差し込む光が瞼を刺す。
目と耳、両方への刺激に耐えかねてアレンは目を覚ました。
「……ちっ」
夢の内容を思い出してアレンは舌打ちする。
アレンの村は、彼が十三歳の時に野党に襲われ、一晩で壊滅してしまった。
運良く生き延びたアレンは、旅人の老剣士オビに拾われ剣士として育てられたのだ。
そんな過去をフラッシュバックするかのような夢を見れば、不機嫌になるのも仕方のないことである。
しかしすぐに頭を切り替え体を起こすと、昨日作った薬品を確認してから、剣とタオルを手に取り部屋を出る。
すると、ちょうど自室から出て来るカーラに遭遇した。
「おはようございます」
寝起きの不機嫌さをおくびにも出さない営業スマイルでアレンが声をかけると、カーラは僅かに頬を赤らめた。
「ア、アレン君、おはよう。すぐに朝食用意するわね」
言うが早いか足早に階段を降りてゆく。
その様子を見たアレンは、寝起きを見られたのが恥ずかしかったのだろうか、などと考えながら、真っ直ぐ裏庭へと向かった。
裏庭に出たアレンは直ぐに剣の素振りを始める。
上段に構え、振り下ろし、戻す。一連の動作を繰り返す。
振り下ろしから右袈裟、右からの横薙ぎ、右逆袈裟と一〇〇回振るごとに時計回りに起点をずらしていく。
朝の爽やかな空気の中、しばらくの間規則的な風切り音が響く。
最後に突きの動作を一〇〇回行い、ようやく素振りが終わった。
「ふぅぅ……」
——パチパチ
アレンが深呼吸を入れたところで、宿の出入り口の方から拍手が起きた。
視線を向けると、そこには一人の少女が目を輝かせていた。
「わぁ! アレンさん、カッコいいですー!」
声の主に対して、アレンは再び営業スマイルを作る。
「おはよう、カリンちゃん」
「はい! おはようございます!」
少女は元気な返事の後、ぺこりとお辞儀をした。
少女の名はカリン。うさぎ亭の主人であるカーラのひとり娘である。
150センチにも満たない小柄な体格で、少し釣り上がった目尻はカーラと違い快活さを感じさせる。髪はカーラと同じ薄緑だが、カリンは三つ編みで束ねており、長さも背中の中ほどまである。早くも主張を始めている胸元が、カーラとの血縁を証明しているかのようだ。
「アレンさん、薬屋さんなのに剣も使えるんですか!?」
カリンは目の輝きを維持したまま、両手を胸の前で握り、乗り出すように尋ねた。
「一人旅は何かと物騒だからね。護身術程度だけど」
アレンは昨日のレオへの返答と同じように、ただし胸元を見ないように視線を逸らして答えた。
「それでもすごいです! カッコいいです!」
カリンの無垢な賞賛に、アレンは少々たじろいだ。
それを誤魔化すように話題を変える。
「ところでカリンちゃん。何か用があったんじゃないの?」
アレンの問いかけに、カリンは右手を口元に添え、文字通りハッとした。
「あ、そうでした! 朝ご飯が出来たからアレンさんを呼んでくるようにって。ママが!」
カリンの言葉を受け、アレンは笑顔で返す。
「わかった。汗を拭いて着替えたら行くから、カーラさんにそう伝えてくれる?」
「はい! わかりました!」
最後まで元気なまま、カリンは中へ戻っていった。
アレンは剣を鞘に戻し、濡らしたタオルで体を拭いた後、自室で着替えてから食堂へと降りていった。
三人で朝食を食べながら、アレンは今日の予定を二人に話した。
「今日はこの後一〇時から、広場で薬の販売をしようと思います」
「そうなのね。お店の準備が無ければ行ってみたかったんだけど」
カーラの残念そうな言葉に、アレンはニヤリと笑い、いくつかの薬瓶を机に並べた。
「そう思って無料お試しセットをご用意しました!」
「わー、お薬が沢山!」
カリンは色とりどりの薬に興味津々だ。
「右から順に、傷薬、睡眠薬、消毒液、辛味調味料です。それから……」
最後に少しもったいぶりながら、他のものより少し大きめな瓶を出す。
「これはアルコの実とモレンの実で作ったお酒です。辛口の柑橘系なので好みは分かれますが、よければお店で出してみてください。好評ならまた納品しますので」
「こんなに、いいのかしら」
アレンの大盤振る舞いに、カーラはつい遠慮してしまう。しかし、
「大丈夫です。今夜の宿泊代をまけてもらえれば、それで」
というアレンの言葉で、素直に受け取ることにした。
その後、アレンはそれぞれの薬品の使用方法を説明していく。
全ての説明を終える頃には、三人とも朝食は食べ終わっていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回はここまでです。
前回からかなり空いてしまいましたが、許してください。はい、ありがとうございます。
次回、できれば獲物登場まで行きたいですが、いけるかな……
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