追憶
草木も眠り、暗闇と静けさががあたりを覆うはずの深夜、その村は悲鳴と橙炎に包まれていた。
逃げ惑う者、武器を取る者、部屋の隅で蹲る者……それら全てを等しく襲う悪意。
村は野党に襲われていた。
若い女性は攫われ、それ以外は皆殺された。
金品を奪われた家には火が放たれ、生存者は居なかった。
一人の少年を除いて。
少年の家は薬屋を営んでいた。
家が村のはずれにあったおかげか、盗賊の手が及ぶ前に両親は目を覚ました。
二人は息子を自宅裏にある素材庫に連れ出し、空籠の中に匿った。
「いいか、絶対にここから出るなよ!」
「何があっても声を出してはダメよ!」
二人はそう告げ、少年の上から薬草を被せた。
少年は言われた通りにした。
聞き覚えのある声の、聞き慣れない悲鳴が聞こえた気がした。
それでもじっと動かない。
素材庫の扉が乱暴に蹴破られた。
それでもじっと動かない。
「ちっ、ゴミばっかか」
聞いた事のない粗暴な声がした。
それでもじっと動かない。
大きな何かが崩れる音がした。
それでもじっと動かない。
どれくらいそうしていたのか、気がつくと夜明けの光が庫内を照らした。
いつの間にか喧騒は止み、村は静けさを取り戻していた。否、村『だった』そこは悲しいほどに静まり返っていた。
少年は根拠もなく『もう出ても良いのかな』と思った。
籠から転げるように出た少年は、蹴破られたままの扉から出た。
目の前には、何も無かった。
自分の住んでいた家があったはずのそこは、黒焦げの木の塊となっていた。
辺りを見回すと、少し離れたところに見慣れた二人が横たわっていた。
少年は二人に駆け寄り、起こそうと体を揺すった。
「父さん、母さん、もう朝だよ」
しかし、二人は一向に目を覚ます気配がない。
少年は理解っていた。二人が目覚めないことを。
「父さん、母さん」
涙をこぼしながら、それでも揺すり続ける。
ふと、近くで声がした。
「生存者がおったか」
少年が声のした方を向くと、そこには見知らぬ老剣士が立っていた。
背丈は一七〇センチに届かない程度、髪も髭も白に染まり、顔には深い皺がある。しかし、ローブの上からでも分かる引き締まった体とその佇まいは、腰に差した剣の存在も相まって、歴戦の強者といった印象だ。
「ぐすっ……誰?」
「旅人じゃよ」
少年が尋ねると、老剣士は短くそう答えた。
「大方、野党の襲撃、といったところか」
束ねた顎髭をしゃくりながら、老剣士は質問とも独り言とも取れる言葉を漏らした。
それを聞いた少年は、奥歯を噛み締めながら呟く。
「どうして、僕だけこんな目に……」
「それは違うぞ、少年よ」
少年の呟きに、老剣士はそう返した。
少年は老剣士を睨みつけたが、微塵も気にせず老剣士は続ける。
「この程度の不幸はよくあることじゃ。この世の中には悪い奴がたくさんいるんじゃからのぉ」
「僕がこんな目に遭ったのはそいつらの所為ってこと?」
少年は先程の『どうして』に回答を得た気がした。
「小僧だけでなく、多くの弱者がそういった者等に苦しめられておる。まぁ、ワシには関係ないことじゃがの」
老剣士の言葉に少年は再び、しかし今度は怒りの色を滲ませて呟いた。
「悪い奴ら、全員死ねば良いのに……」
少年の呟きに何を思ったのか、老剣士は一つの提案した。
「ふむ。小僧、ワシについて来るか? ついて来るなら一人で生きる術くらいは教えてやろう」
そう言って腰の剣に手を添えた。
少年はその意味を理解し、小さく答えた。
「……行く。僕に……いや、俺に剣を教えてくれ、爺さん」
少年の眼には怒りの炎が燃えていた。覚えた剣で何をしようとしているのか、手にとるように分かる。
老剣士は、愉快そうに笑った。
「かっかっか。なかなか悦い眼じゃ。小僧、名前は?」
少年は答えた。
「アレン。アレン=アスクレス」
「アレンか。良い名じゃ。ワシはオビ、爺さんでも師匠でも好きに呼べ」
オビの言葉にアレンは頷いて返した。
「よろしく、オビ」
「かか。いきなり呼び捨てとはの」
オビは再び笑ったが、すぐに表情を戻してアレンに告げた。
「アレンよ、最初に一つ言っておくぞ。ワシが教えるのはあくまで剣の技術じゃ。それには善も悪もない。じゃが——」
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