気になる噂
——そういえば、聞いたか?
——聞いたって何を?
——隣の村でまた出たらしいぜ。例の伝染病。
——うへぇ、マジか。早く何とかして貰いてぇな……。
男たちがそんな話をしていた。
「(伝染病、か。どんな病だ?)」
薬師であるアレンは、病気が広がっている事よりも病気の内容に興味を持った。
「はい、うさぎの香草焼きおまちどう」
と、詳しい話を聞きに行こうか迷っているうちに、カーラが注文した料理を持ってきた。
「ありがとうございます」
「ごゆっくり〜」
そう言って、カーラは手をひらひらと振り、空いた席の片付けに向かう。
アレンは尋ね先をカーラに変更して声をかける。
「あの、カーラさん」
呼び止められたカーラは、振り向いて尋ねた。
「うん? どうかした?」
「えっとですね……」
声をかけてから、食事時にする話でも無いかと考えたアレンだったが、そんな逡巡も一瞬、『情報は早いに越したことは無い』と思い直し、聞いてみることにした。
「この辺りの伝染病って知ってます?」
すると、尋ねられたカーラの表情が一瞬曇った。が、すぐに表情は戻り、
「さぁ、詳しいことは知らないわ」
と答えた。
「そうですか」
カーラの変化に気づいたアレンは、絶対に何か知っていると確信しつつ、あえて話題を変える。
「あ、そうそう。薬の調合で火を使いたいんですが、後で厨房を借りられますか?」
実際には既に火を使っているが、鍋で煮込むとなるとそれなりにしっかりとした設備が必要である。
アレンの依頼に対し、カーラは少し思案してから答えた。
「うーん、別に構わないわよ。だけど一つ条件」
「なんですか?」
どうせ大したことでは無いだろうと高を括ったアレンにカーラが告げた条件とは、
「お店の片付け、手伝って貰えるかしら」
という、予想の斜め下を行くものだった。
一瞬呆気に取られたアレンだったが、それで厨房使用の確約が貰えるのなら安いもの、と快諾し、満足した様子で料理に手をつけた。
閉店時間が過ぎた食堂のフロアをアレンは駆け回った。
各テーブルの食器の回収と拭き掃除、フロアへのモップ掛けが終わり、今は洗った食器を片付けているカーラの横で鍋を火にかけている。
掃除中も指示以外の会話は無かったが、今は双方共に完全に無言である。
空気に耐えかねたアレンが話題を振ろうとした矢先、これまで黙々と作業をしていたカーラが沈黙を破った。
「……さっきは悪かったわね」
突然の謝罪だったが、アレンは直ぐに夕飯時の件だと思い至る。
「伝染病の事、本当は結構知っているの。だって、その病気の所為で主人は亡くなったんだもの」
衝撃の事実だった。
「それは……すみません。僕、最低でしたね……」
思いの外重い話に、アレンはひとまず謝罪を返した。
「いいのよ。村の人はみんな知ってるけど、アレン君は旅人さんだもの、知らなくて当然よ」
そしてカーラは話し始めた。
曰く、流行り出したのは2年くらい前からで原因は不明。発熱・咳・手足の痺れを伴い、ひと月ほどで死に至る。発症例は周辺地域全体で月に4〜5人程度と多くはないが、時期問わず発症する上、明確な治療法が一つしかないのだという。
「治療法、あるんですか」
勝手に不治の病だと思っていたアレンは、その単語に食いついた。
言いつつ鍋を火から上げ、ザルに通して煮汁を別の鍋に移したあと、細かく刻んだ蝋を入れる。
「ええ。でも簡単じゃないのよ」
いつの間にか片付けを終え、カウンターで晩酌を始めていたカーラは、アレンの作業をを見ながら不満そうに答えた。
蝋を溶かして攪拌しながらカーラに続きを促す。
「その方法というのは?」
「ツバークって街にある教会よ」
「教会?」
その答えはアレンにとって予想外のものだった。『簡単じゃない』という言葉から、入手困難な素材でも必要なのか、などと考えていたのだ。
「正確には、その教会にいる修道士ね。この辺りで唯一『医療』の魔法が使えるらしいのよ」
「本当ですか!?」
カーラの言葉に、流石のアレンも驚きを隠せない。
『医療』とは、回復魔法の一種で『病気』を治す魔法である。傷を治す『治癒』や呪いを解く『解呪』といった初歩的なものとは違い、習得難易度が高く消費魔力も非常に多い。その為、扱える術者が少なく、病気への治療はもっぱら症状緩和と滋養強壮による自己治癒の補助が主流となっている。
そんな魔法の使い手が近くにいるとなれば、正しく救世主と言えるだろう。
「らしいって話よ。まぁ実際にそれで助かった人もいるから、本当なんでしょうけどね」
カーラはなおも不機嫌そうだ。
「それじゃあ『簡単じゃない』というのは」
なんとなく予想がついているアレンだったが、敢えて尋ねた。
「お金よ!」
カーラは簡潔に、かつ悔しそうにそう言った。机に叩きつけられたグラスが鈍い音を立てる。
「(やっぱり……)」
答えはアレンの予想通りだった。
「神父様がいうには、医療は一日一回しか使えない上、使うと修道士の娘が倒れてしまうんですって。教会としての業務もあるから、乱用は出来ないそうよ」
「それで治療費の高額請求ですか」
「ええ。一人治すのに一〇〇万リルだそうよ。そんな大金、あるわけないじゃない!」
『だから主人は助からなかった』そう言いたげなカーラの顔は悔しさと悲しさが入り混じり、目尻には涙を浮かべている。
そんなカーラの姿を見たアレンは、作業の手を止め彼女の横に歩み寄った。ゆっくりと背中に手を置き、宥めるように背中を摩りながら優しく声をかける。
「もう十分です。話辛いことだったでしょうに、ありがとうございます」
そう言いながら、アレンは頭の中で『一〇〇万あったら半年間は何もしないでいいなぁ』などと考えていた。しかし、流石に不謹慎すぎるのですぐにその考えは放棄する。
そんなアレンの考えは露とも知らず、カーラはそのまま少しの間泣き続けた。
カーラが落ち着いた頃合いでアレンは声を掛ける。
「さ、もう夜も遅いです。お休みください」
「なんか恥ずかしいところを見せちゃったわね。ごめんなさい」
カーラの謝罪に対してアレンは敢えて笑顔で軽口を叩く。
「いえいえ、美人の涙を見れるなんて男冥利に尽きるというものですよ」
「ふふ、ありがと。おやすみなさい」
カーラもつられて笑い、寝室へと向かった。
カーラを見送ったアレンは、二階のドアの音が聞こえたのを確認してから呟く。
「教会、ね」
既に顔から笑顔は消えていた。
何事かを考えるような表情のまま、完成した薬品を鍋ごと自室へ運ぶ。これまでのものと同様、小分けにしてからアレンは眠りについた。
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