薬師の青年①
陽光が照らす森の中をひとりの青年が歩いていた。
短めの髪と瞳の色は共に黒、腰に剣を差してはいるが、深緑で統一されたシャツとレギンスに登山用のブーツという出立ちは、戦士と呼ぶにはあまりに軽装だ。
その証拠に、手には作業用グローブを嵌めており、背には採集籠、その中には様々な植物や木の実が詰まっていた。
「お、アルコの実発見」
見つけた木の実を摘み、背中の籠に入れる。青年は薬草採集をしていた。
「んー、今日のところはこんなもんかな。暗くならないうちに宿に戻って調合始めないと」
作業に区切りをつけた青年は、一度籠を背負い直して森の出口へと向かう。
——ワンッ
道なき道が獣道程度に開けたところでそんな鳴き声が響いてきた。
「なんだ?」
青年は足を止め、少し逡巡してから鳴き声のする方へ向かう。程なくしてその正体が判明した。
「ワンッ」
鳴いていたのは狩犬だ。
狩犬とは狩人が狩りの補助の為に躾けて使う獣の一種である。
首輪もついているので野生のものではない。それを裏付けるように、そばには主人らしき人影があった。そして獲物と思しき獣の姿も。
「あれは、小猪か」
獣の姿を見た青年はそう呟いた。
「リトル」と言っても一メートル程のサイズがあり、立派な牙も付いている。多くの地域に生息している獣で、畑を荒らす害獣ではあるが、食用として広く認知されている。
青年は、狩りの邪魔にならないよう草陰に潜んだまま様子を見ることにした。
しばし小猪と狩人との睨み合いが続いたが、先に動いたのは狩人だった。
狩人が小猪の注意を引くように位置取る。
その隙に狩犬は小猪の背後に周り、指笛を合図に小猪の臀部に体当たりした。
さしてダメージがあるものではなく、衝撃そのままに小猪は狩人に突進を開始、狩人はその突進をギリギリまで引きつけ、衝突の寸前に身を躱した。
標的を失った突進は真っ直ぐ狩人の背後にあった岩に衝突、狩人は衝撃で怯んだ隙に小猪の二本の牙を掴み横転させる。
そして狩人が小猪を押さえつけている間に、狩犬が小猪の喉笛に噛み付いた。
小猪は狩犬を振り解こうともがいたが、狩人がそれを許さず、しばしののちに絶命した。
「よくやったぞ、ハヤテ!」
「ワンッ」
狩人が誉めると、ハヤテと呼ばれた狩犬は嬉しそうに尻尾を振りながら吠えた。
その様子を眺めていた青年だったが、あることに気づき狩人の元へと歩き出した。
「——っ、誰かいるのか?」
青年の足音に気づいた狩人が、音のする方を向いて問いかけた。
「これは、驚かせてしまってすみません。たまたま近くを通りかかったもので」
問いに答えた青年を見るや、狩人は腰の武器に手をかけ、警戒心を強めた。
「こんな山奥をたまたま……? 怪しいな」
狩人の身長は一八〇センチほどあり、鍛え上げられた肉体は膂力の高さを窺わせる。凛々しい顔を鋭くした表情は、明るめの茶髪と相まってさながら獅子の威嚇の様だ。
「いやいや、本当ですって! ほら、これ見て下さい、これ!」
慌てた青年は背負っていた籠を狩人に見せ、自身が何者かを明かす。
「僕は旅の薬師でアレンと申します。昨日、この近くのアヅマ村に到着しまして、こうして薬草採集をしていた次第です」
説明を受けた狩人は籠の中身を検め、不審物がないのを確認するとすんなり警戒を解いた。
「これはすまなかった。俺はレオ。アヅマ村で狩人をやってる。こいつは相棒のハヤテ、よろしくな」
「ワンッ」
紹介を受けたハヤテが元気にひと鳴きした。
「これはご丁寧に、よろしくお願いします。ハヤテ君もよろしく」
アレンはそう言いながらハヤテの頭を撫でようとするが、ハヤテはその手をヒラリと躱した。
「はは、すまんな。ハヤテは優秀な子でな、知らない相手には懐かないんだ」
「そ、そうですか……」
アレンは僅かに落ち込んだ素振りを見せ、改めてレオに話しかけた。
「それにしてもレオさん、先程の戦闘、お見事でしたね」
「ん? ああ、こいつのことか」
言いながら小猪に視線を向ける。
「本当は兎狩りに来たはずなんだけどな。昨日仕掛けた兎用の罠は空振りだったが、思いがけず大物にありつけたよ」
そう言ったレオの装備は、腰の鉈以外には武器と呼べるものが無い。その鉈も、戦闘用ではなく草木を払う用のそれだった。
「なるほど、レオさんは罠派なんですね。狩りと聞くと槍や弓を想像しますけど」
「ぐっ……」
アレンの指摘にレオはたじろいだ。直後、声のトーンを下げて呟くように言った。
「確かに槍はたまに使うが、弓はその……苦手なんだ。的に当たるどころか届きもしない」
「あー、まぁ人には向き不向きがありますからね。狩猟ペースは落ちるでしょうけど、労力という点では罠の方が効率的なんじゃないですか?」
アレンは煽りとも励ましとも取れるようなフォローを入れて話題を変える。
「それよりも。腕の傷、見せてください」
「傷?」
言われたレオが自分の腕を確認すると、右肘のあたりに擦り傷があった。小猪を転倒させたときに擦りむいたらしい。
「これくらいどうってことないさ」
傷を確認したレオは、そう言って右腕を回して見せる。実際、狩人であればこれぐらいの傷は日常茶飯事なのだろう。
しかしアレンは引かなかった。
「ダメです。小さな傷でも放っておくと傷口が化膿したり、発熱したりすることもあるんです。普段はどうか知りませんが、僕がいる前では見過ごせません」
言いながらアレンは採集籠の中から薬草を二つ取り出した。
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