第一話 コンカフェの面接に行っておいで
知ってる? 街が壊れてゆく音ってやつを。
それはさておき、こんにちは。今日の東京は、雲が一つもないお日柄だ。ネモフィラ畑がお空に広がっているみたいで、とっても素敵なお天気。涼やかな風も吹いているし、絶好のお散歩日和ってやつかな。
時に皆さん、学生時代にこんな妄想をしたことがない?
テロリストだとか、とっても気持ちが悪いモンスターだとかに、学校が占拠されるようなやつ。
その妄想の中の自分ってやつは、マクレーン刑事級の度胸と、とっさの判断力を持っているよね?
都合良く水増しされた能力を駆使して、絶体絶命の危機を乗り越えるよね?
イピカイエー、くそったれ。こんなキメ台詞で妄想を締めるよね?
他人に頭の中を覗かれたのならば、赤面は必至。その妄想が壮大であればあるほど、顔の紅潮はひどくなっていくだろうね。
でも私はそんな妄想をすることが、悪いことだとは思っていない。むしろ好ましく思う。退屈しのぎにはもってこいな娯楽であると、私は知っているから。
でも。でも、ですよ?
こんな風に実際に――
「はははっ! 逃げ惑え! 滅びよ! 人類!」
――目の前で映画みたいなことが起こると、それはもう好ましくもなんでもないわけです。どったんばったん、がしゃんがしゃん。街が壊れる音を、実際に聞きたくなんかないわけです。
私は神保町に居る。そう、神保町。古書店とカレー屋さん、それとスキー屋さんが靖国通りに沿って軒を連ねているあの街。私は街のランドマークでもある三省堂書店の軒先に身を隠していた。
普段は閑静そのものな街だけど、今日に限っては、混乱のまっただ中にあった。”怪人”と呼ばれる人類と敵対しているヒト型の生命体が、大暴れしているからだ。それが騒動の原因だ。
怪人という存在は謎に包まれていた。いつ頃から現れたのか、どうして人類と敵対しているのかがよくわかっていない。
でも人類と怪人の歴史は、決して浅くはないようだ。ちょんまげを結っていた時代には、もう怪人が出現していたらしい。とある俳人の狂歌には――って、あら? あらら? あーあ。
今、ショッキングな事件が起きてしまった。怪人がとある古本屋に、強烈なドロップキックをお見舞いしちゃったのだ。
現代に蘇った打ち毀しかと思うほどに、バキバキ、メキメキ、怪人は大暴れ。彼はとっても威勢良くお店を壊してる。
「いいぞー! やっちまえー! 打っ壊せー!」
とても広い靖国通りに響いたのは、応援の声だ。恐ろしいことに、人類の天敵である怪人を応援する人が居るみたい。
応援しているのは、例のお店にお客を取られてしまった古本屋さんかな。妬みってこわい。
競争万歳な資本主義ってやつは、人の心をこんなにも歪めちゃうんだ。私はちょっぴりブルーになった。
革命戦士に目覚める人の気持ち、今なら少しわかるかも。
「声援ありがとー! ご褒美だ! お前には手を出さないでおこう!」
怪人は張り切ってお店を壊し続ける。ガラスを、本棚を、鉄板を、コンクリートを素手で打ち砕く。彼は人類とは比べものにならないほどの膂力を、これ見よがしに披露していた。
それは恐怖すべき光景なのだろう。現に周りの人たちは大慌て。みんなそろって大恐慌。
でも、私は違った。慌てふためくほどの恐れを抱いていなかった。
だってさ、ほら。怪人の姿が可笑しいんだもの。怪人は黒ずくめだった。全身アルマーニなら、いかにもワルって感じで格好いいだろうね。でも、目の前の怪人はそうじゃない。
全身タイツの男の人。怪人の姿を一言で言えばそうなる。こんな格好の芸人さんを、バラエティ番組で一度は見かけるよね。そんな感想が自然と出てくる姿だった。
黒タイツの部分は怪人の皮膚なのだろう。でも、私には愉快な格好をした、芸人さんにしか見えなかった。
いや、二本の触角が頭から飛び出ているから、ばい菌の擬人化かな? 仮装かな? ハロウィーンはまだまだ先だという……のに?
あれ? 言われてみれば……ああ、なんてびっくり! あの怪人、空飛ぶアンパン男の宿敵君にそっくりだ!
けらけら。けらけら。けらけら。私は声を出さずに大笑い。頭の中で大爆笑。
真面目な人が私の頭の中を覗いたのならば、ああ、けしからん! って叱り飛ばすことでしょう。あるいはあまりの呑気さに、脱力してしまうかも。
でも私が呑気にしているのには、きちんとした理由がある。
私は知っているんだ。ばい菌男にはアンパン男という天敵が存在するように、あの怪人にも、やはり不倶戴天の敵が存在しているということを。
あとしばらくすれば、この神保町に彼らの天敵がやってくるってことも、私は知っている。天敵が来てくれれば、あの怪人を怖がる必要がないことも、私は知っている。
「待て! この外道めが!」
ほら来た。
凜とした声が青空に響く。
女の子の声。
いかにも気が強そうだ。
男勝り、と呼ぶのに相応しい声だった。
私は声の方をちらと見る。キリスト教のシスターさんが居た。彼女は人の往来がなくなった靖国通り上で仁王立ちをしていた。
奇妙なシスターさんだった。特に修道服がヘンだ。ふりふりフリルのミニスカートになっている。チョコレート色のロングブーツと、スカートの裾に挟まれている太ももが白く輝いていて、ちょっぴり扇情的だ。こんなシスターさんは地球上に存在しない。破廉恥すぎて、すぐさま破門されてしまうからだ。
つまり彼女はインチキシスターってことになる。不審者だ。でも、驚くことなかれ。この不審者こそが、怪人をやっつけてくれる正義の味方なんだ。その名も――おや、都合がいいや。不審者シスターが名乗り口上をするみたい。
「魔法少女セイントシスター! ここに参上!」
名乗り口上、終わり。彼女は顔を真っ赤にしていた。羞恥でぷるぷると震えていた。仕方ないよね。だって彼女は公衆の面前で、両手でハートマークを作る仕草をやってのけたのだから。いまや死語だけど、もーえもーえきゅーんってやつ。
破廉恥なミニスカ修道服にこのポーズ。これらを見た人は、きっとこう言うだろう。ここから歩いて行ける距離に秋葉原があるからさ。コンセプトカフェの面接に行っておいで、って。
かくいう私も、そう思う一人であった。