第Ⅳ話『闇夜の出会い』後編
闇夜を静かに打ち寄せる波は、霧に覆われた静寂な港に絶え間ないリズムで響き渡るのであった。
エルが発した言葉に怪訝そうな表情を浮かべた夢人の青年。
「夢人か・・・・・・その呼ばれ方はあんまり好きじゃないんだよね~」
「それって、総称ってか種族名みたいなもんだろ?」
「俺以外にも夢人なんていくらでもいるんだからさ~」
この世界において突如として現れる夢人。
その数に決まりはなく、Ⅻある国に何人の夢人が訪れているのか知る由もない。だが、今までに見た事がないエルにとって初めての出会いであった。
「ごめんなさい。初めて会ったものですから・・・・・・えっと、お名前は?」
「それもそうか・・・・・・こんな辺境じゃ難しいわな」
夢人が来るのが難しいという意味であろうか。少年はその意味まではわからず夢人の青年の言葉を待つのであった。
「そうだな~。ン―――――――・・・・・・・」
「よし!」
「俺の名前はソウ!」
「ソウって呼んでくれよな!しょ~~ねん!」
「ソウ・・・・・・さん」
「おう!」
にこやかに笑い青年は頷いた。
「でだ!君の名前を尋ねてもいいかな?」
「僕はエルネストです。エルって呼んでください。」
互いにフルネームでないことは瞬時に理解出来た。エルもまたフルネームをそう易々と名乗るわけにはいかないのだ。辺境伯である父との約束もあるが、辺境伯をよく思わない人物がもしもいた場合、事件に巻き込まれる可能性がないわけではないのだ。
カリス領は国の中でも比較的安全な地域である。町に孤児はおらず事件なども数年起こっていない。
だが、他領や他国から妬みなどをかっていないとも限らない。
エルにとっては自衛も兼ねた発言であった。
「エルか!よろしくな!」
真っ暗だった海が少しずつ明るくなってきていた、もうすぐ夜明けである。
「あぁ!!!!!」
「俺の荷物ーーーーーーー!」
思い出したように手にかけていた荷物を確かめるソウ。
見事なオーバースローで放たれた荷物は青年にあたり静止した。旅の荷物は多く、丸々とパンパンに膨れ上がったリュックはリュウの生活のすべてである。
「フ―――――・・・大丈夫そうだな」
丸々とした荷物を一通り確かめ、何も問題がないことに安堵したのだった。
「ソウさん、すごい荷物ですけど・・・・・・どこから来たんですか?」
エルはその荷物に見覚えがあった。
祝願祭の終盤、課題を終え町に繰り出した時である、気になる会話を耳にし覚えていたのだ。その時、姿は見えなかったが後ろに背負っていたリュックと瓜二つだったのである。
ガッチョやアルテミア、ティアにパームス、そしてガージとペイト。6人がその存在を見つけ話に出ていた人なのか、エルは密かに気になっていたのだ。
「俺は食べることが好きでね、今は食べ歩きの旅の途中なんだ」
「色んな町で珍しい物を見つけたらすぐに買っちまうから、荷物はいつもパンパンなんだよ。」
「以前・・・・・・いや、四日ほど前に〝Ⅵ〟のバニラを屋台で購入していませんでしたか?」
「ん?あぁ~見てたのか?確かに買ったぜ」
「あれはいい買い物をした」
購入したバニラを思い出したのか、うんうんと頷いている。
「それにしてもエル!バニラを知っているとは中々にお前・・・・・・」
「さては甘党のお菓子好きだな!!」
「わかるぜ~ケーキを食べる時の得も言われぬ幸福感!あれは病みつきだからな!」
得意げな顔でどうだと言わんばかりに推理を話すリュウ、しかしエルの答えは違ったものであった。
「・・・・・・いえ」
「僕はそこまで好きじゃないです。」
「ただ、ミー・・・・・・幼馴染が好きで、よく話を聞いていたので・・・・・・」
大外れな推理を披露したソウは少し気恥ずかしそうに笑う。
「・・・・・・あら?」
「俺の推理は外れることで有名なんだ。忘れてくれよな!」
どこで有名なのか謎である。
ソウは「にへへへへ」と笑い、ごまかしたのだった。
そこから二人は、エルがかけていたベンチへと移り話を再開した。
エルが友から聞いていた夢人の話は全てソウであったこと。祝願祭に合わせて訪れたこと。祭りも終わり最後の夜を楽しんでいたら、先ほど投げられてしまったこと。
「まだに腰が痛いわ!あの女将いつか見てやがれ!」
面白おかしくソウは話してくれた。先ほどまで悩み落ち込んでいたエルもその時折で笑顔を見せ笑うようになっていたのであった。
『こんなにも話したのは、いつぶりだろう?』
エルにとって、こんなにも話が弾む相手も珍しいのだ。町の住民に正体を知らせることもできず、両親のいない館で家人たちと折り合いが悪く、暮らす事すら苦しい日々、誰にもばれることなく暮らすのは実に窮屈であった。
しかし、そこから救い出し、手を引いてくれたミーナや友達の存在。
彼らにも打ち明けていない秘密もある、だがそれでも救われた気持ちは偽りではないのだ。
ともに遊び、笑い、駆け巡り、たまに少しの冒険。そして喧嘩もするがまた笑いあう生活はエルにとって至福の時間であった。
友以外でこんなにも話すのは初めてだったエルには戸惑いもあった、だがソウのその大らかで優しい人柄に魅力的を感じていたのだった。
「でよ――――――・・・・・・・・・・エル?」
「どうかしたのか?」
何故問われたのかわかっていないエル、その頬には一筋の雫が流れていた。
「えっ・・・・・・あれ?」
「おかしいな・・・・・・・」
言われるまで気付かなかった涙の意味がわからず、止めようと思っても流れ続ける涙は絶え間なく流れ続けた。
「俺でよかったら聞いてやるぜ」
人差し指をたて、満面の笑みを向けられた瞬間、押さえていた感情の関が崩れた・・・・・。
一筋の涙は大粒の涙へと姿を変え、エルは声に出してわんわん泣いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあん・・・・・・・・」
人前で泣くなど今までになかった。家族がいない寂しさにも耐えた、家から出ることが出来なくても一人で耐えた、友が病に倒れたと聞いても必死に耐えた。
と
めどなく流れ落ちる涙は、今まで必死に耐えてきた、耐え抜いてきた、ため込んできた。原型が壊れる程にパンパンに詰め込んでいた箱が少しずつ・・・少しずつ開いていく。
「ミーナが病気なんだ・・・・・・・でも俺は・・・・・・何も、・・・何も出来なくて・・・・・・」
「医者も匙を投げたって・・・・・・ック・・・・・・」
「せめて・・・ック・・・ミーナが好きな、食べることが大好きなミーナに・・・ック・・・」
「ミーナが食べられるものを・・・ック・・・作って貰えるように頼んで・・・・・・探したんだ・・・・・・」
「助けてくれたんだ・・・・・・手を伸ばして連れ出してくれたんだ!何度も!何度も、何度も何度も・・・・・・」
「何度も!!!!!!」
「何も返せていないのに・・・ック・・・ありがとうも言えてないのに・・・・・・」
「・・・・・・大変だったな・・・・・・」
大きな手の平を、俯くエルにのせたソウ、その温かさにまた涙が流れた。
「助けでっっで頼んだんだ!・・・ック・・・色んな人にも!」
「思い当たる所は全部回ったんだ!」
「回って・・・回って回って回って・・・断られても断られても回って!!!!!!」
「でも、無理だ!出来ない!そんなものない!大人はみんなそう言うんだ!!!!」
「わあぁぁあぁぁぁぁああ・・・・・・・・・・」
そのままエルは泣き崩れてしまった。
『何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故・・・・・・・・・』
「何故誰も・・・・・・誰も!!!!」
「助けて・・・・・・くれないんだよ・・・・・・」
「・・・・・・・ック・・・・・・・・・」
エルは涙が声が、枯れる程に泣き、そして叫んだ・・・・・・。
ため込んでいた気持ちは、今まで必死になって隠し、詰め込んできた箱から溢れ続けた。
一人では決して踏み入る事のない心に秘めた嘆き、ソウはそれをただ隣で優しく見守ったのである。
「エル・・・・・・顔をあげて、海を見てみろよ」
ソウの言葉に、涙が流れないように押さえていた手の平を放し顔を上げた。
港を覆っていた霧はいつの間にか晴れ渡り、水平線の彼方に顔を出した金色に輝く朝日が二人を、エルを照らしていたのだった。
「エル、俯いていても何も変わりはしない。何かしたいなら自分でやってみたらいいじゃないか?」
「でも、誰も助けて・・・・・・・」
「違う!!!」
「それは他人が勝手に決めた事だ!」
「病気が何なのか俺は知らない!医者でもないから治すことも出来ない!」
「だがな、エル!君が、君自身が何かしたのか?他人の善意を当てにしただけじゃないのか?」
「いいか。友人でもなけりゃ赤の他人だ!所詮人ってもんは善意だけで動ける奴なんてほとんどいないんだ!」
「なら、そんな他人の言った言葉を真に受け、薄っぺらな意見を当てにして、匙を投げたのは君の方なんじゃないのか?」
「子供の君には厳しく聞こえるかもしれない・・・・・・」
「でもな、君は・・・・・・君自身はまだ何もしていないんじゃないか?」
「大人が匙を投げれば〝無理〟に抗わないのか?〝無理〟を認めてしまうのか?」
「やりたいことがあるなら、まず自分でやってみればいいじゃないか?」
「エル、君が・・・・・・本当にしたいことはなんだ?」
締め切っていた扉が、開く音が聞こえた。
今まで隠してきた感情が、気持ちが顔を出したのだ。
「・・・・・・ミーナを笑顔にしたい!」
「ニコニコ笑うミーナに会いたい!食べることが大好きなミーナに会いたい!」
「会って今までの【ありがとう】を伝えたい!」
「・・・・・・また一緒に笑いたいんだ!」
エル自身が気付かない程に隠れていた・・・いや隠してきた気持ちを吐き出し、涼しげな風が心を抜けていく。
「よし!」
「なら俺が手伝ってやるよ!」
にんまりと笑うその顔は、ミーナが連れ出してくれた時の笑顔に似ていた。