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第Ⅲ話『野イチゴと雨模様』後編

リヴォーラ山脈にかかる低い雲がポルトを目指して進む。町の上を包むように広がった白い雲は、太陽の光を遮り町を薄暗く染め上げる。


ヴィターリ家を目指す少年たちは空になった屋台を横目に、大通りを遮り裏通りへと歩みを進めていた。


「ただ忙しかっただけか、誰にも合わなかっただけでひょっこり出てきたりしてな!」にっこりと笑うガッチョの勘に、エルは不安がよぎり顔をしかめた。


ガッチョは勘が決して鋭いわけではない。

だが、少年の予想は当たる。結末は予想とは逆に働くことにエルの不安は加速する。

 

「ちょっとあんた!余計な事言わないでよ!」

「あんたの勘は大体外れるんだから黙ってなさいよ!」

アルテミアもエルと同じ考えであった。アルテミアにとってもガッチョの勘を懸念

していたのである。


「なんだよー。いいじゃねーか、ちょっとぐらい・・・。」

膨れっ面の少年は、そのまま黙り込んでしまった。



「ね~エル。ガッチョじゃないけどさ、さすがに心配になってきたのって私だけかな・・・?」

「・・・いや。俺も同意見だ。ガッチョの勘は当たる。それも全て逆にな。」



町に広がる雲は太陽の光とその熱を和らげ、雲に乗ってリヴォーラの冷気は町の気温を下げたのだ。だが、そんな空気も心に不安を抱く少年には届かずエルの頬には一筋の汗が流れ落ちたのだった。



裏通りには少年たちの足音だけが響きわたる。誰も口を開けることなくミーナの家の前へとたどり着くのだった。




「さて、着いたけど、どうすんだ?」

見返した先の少年は首を縦に振って前へと歩み出た。

「俺が話す。」


扉についた金具に手をかけ、住民に来訪を報せた。


―――ガン―ガン


木製の扉についた丸い金具があたり鈍いノックが響いた。



コツ―コツーコツ・・・ガチャ。


「はい?どちら様け?」

中から姿を現したのは、腕までのエプロンをした老婆であった。


「いきなりの来訪、申し訳ありません。ミーナさんのお友達なんですが、ミーナさんは御在宅でしょうか?」


粗相がないように注意しつつエルはミーナの在宅を聞いたのだった。


「お嬢様のご友人ですけ?」

「申すわけありませんが、当主様より誰にも合わせぬように申す使っておりまので。」


ゆっくりと扉を閉めようとした時である、閉まりそうな扉に手をかけ、住居に向けて声を上げた。


「おい!ミーナ!出て来いよー!」

「バ、バカっ、ガッチョ止めろって!」

「ぢょっと、そんなことすれては困ります!」


割って入ってきたガッチョをアルテミアへ預け、エルは頭を下げた。


「友人が失礼いたしました。どうかご容赦ください。」

「もう帰って下せぃ。」


またもや扉を閉めようとした老婆を止めたのは、エルであった。

「まだ、何かありますけ?」


「では、ご婦人にはお会いできますか?」

「奥様になど会わせるわげにはまいりません。どうぞお引き取り下せぃ。」




「・・・私の名は、エルネスト。エルネスト=フォン=カリス、領主の息子が来たとヴィターリ商会の副会長である奥様に伝えてもらえますか?」


そんな訳ないとばかりに疑っていた少年の来訪からの佇まい、礼儀正しい挨拶に言葉使い、その貴族らしい所作に考え込み。

「すっ少しお待ち下せぇ・・・。」

扉の閉まる嫌な音とともに、老婆は館の中へと急ぎ足で姿を消したのだった。




「・・・エル、あんた大丈夫なの?領主様との約束やぶちゃって?」

「ばれたら、よくないな。だが、家人では話になりそうになかったからな・・・まー大丈夫さ。」

「三人だけでよかったよ。」


事情を知るアルテミアとガッチョの心配げな表情に、エルは明るく振舞ったのだった。

老婆が姿を消した後にも、静まり返る裏通りに人の姿は未だなく、ただ時間だけが過ぎていた。





ガチャ・・・ギィ――――。


扉を開け姿を見せたのはミーナの母であった。

だが、その表情は暗くどこか疲れた表情をしている。


「・・・エルネスト様、ようこそお越し下さいました。」

一礼した婦人は以前とは違い声が震えていたのだった。


「ヴィターリ婦人、急な来訪の無礼をお許しください。」

婦人へと一礼をしたエルに驚き、慌てて声を上げた。

「おやめください!無礼などではございません。家人が失礼を致しました。」



「ミーナの事でしたわね・・・。」

「はい。祝願祭中も姿が見えず、友達も見ていませんでしたので、どうしたのかと心配になりまして。」



「・・・そうですか。それは、わざわざありがとうございます。」

またも一礼した婦人は悲しげな声で話し始めた。


「・・・申し訳ありませんが、ミーナと会わせる訳には参りません。」

「・・・なぜ、ですか?」



「実は、ミーナは病に伏せっているのです。」



 涙を浮かべた瞳で耐えていた婦人は、その言葉に頬を濡らしたのだった。



 そして、婦人はミーナの現状を話し始めた。

祝願祭の初日、エルと別れてすぐの事だった。帰宅してすぐミーナは呼吸が乱れて倒れ意識を失ったという。一晩たち、何事もなかったように目を覚ました少女を再び医者に診せたのだそうだ。だが悪い所はどこにも見つからず、疲れたのではないかと診療を終えたのだった。


しかし、それだけでは終わらなかったのだ。


 休養を取らせ、栄養のあるものを食べさせようと食事を用意したのだが、食事の後にもまた呼吸が乱れ始め意識を失ってしった。次の日に意識を取り戻しても、また同じ事を繰り返したのだ。様々な医者に診せるも結果は同じ、まるで化かされているような現実に、医者は匙を投げたという・・・。


 そして、食事をすることで意識を失ってしまうのではと疑いだしたのだ。食べれるもので少しでも栄養を与えようと色々な料理を与えた、しかし、結果は最悪であった。手を変え、品を変えたが、ほとんどの料理で呼吸が乱れ意識を失ってしまうのだ。

 今では症状の出なかったスープとライス、あとは他国から輸入している薬を飲ませているが治る兆しは皆無であった。



「あの子は食事をすることが何よりの楽しみだったのです。」

「それを奪われたミーナは・・・・。」

 愛する我が子を思い、耐えていた感情は限界を迎え、婦人はその場に泣き崩れてしまう。婦人の話を聞いていた三人は口も開くことが出来ず、その場に立ち尽くしていた。




「奥様!」

 

 駆け寄ってきたのは最初に扉を開けた老婆であった。

「奥様、一度お休み下せぃ、お嬢様はわたすが見ておきまずのでどうか、お願いしますだ。」

「申すわげございまぜんが、今日のどころはおひきどり下せぃ。」

「ささっ、奥様こちらでございまず。」



ギィ――――――、バタン。

 


扉が閉まった後も、3人は動けずに立ち尽くしたままであった。


そして、一人の少年が重い口を開いた。

「・・・なっ、なー今の話マジかよ?」

「あんた今の話嘘だと思ってんの!」

婦人の話を聞き堪えていた少女の頬を一筋の涙が流れ落ちた。



「いやそういうわけじゃ・・・。」

言葉を発した少年は言葉を濁した。


誰が信じられるというのであろうか。仲の良かった友人の急な病を心配しない者などいないのだ。

しかし、現実は残酷である。



口を閉ざしていたもう一人の少年が口を開いた。

「・・・とりあえず、ここを離れよう。」


先ほどまで静まり返っていた、裏通りにも人の姿が見え始めていた。

少女の怒鳴り声にも似た声に、何事かと注目を浴びていたのだ。


三人は元居た教会へと戻ることを決め、歩き始めた。

しかし、その道中で口を開いたものは誰もいない。少年たちの胸中を現すように振り出した雨に打たれながら、静かに歩き続けたのだった。




「なあ、エル。あいつらになんて言う気だ?」

「そのまま伝えようと思う。」


「でもよ、ティアにとっては姉ちゃんみたいな存在なんだぞ?それは酷すぎないか?」



「じゃあ、嘘つけっていうのかよ!」

悲しみをぶつけるように少年は叫んだ。



「ミーナは何ともなかった。元気だったよ。ちょっと親父さんの手伝いが忙しくていばらく会えないって、そう言えばいいのかよ!」



「そうじゃねぇだろ!!」



エルの胸ぐらを掴んだガッチョは、怒りを露わにする。


「そうじゃねぇ、そうじゃねぇだろ!」

「でもよ、もうちょっと何かないのかよ・・・。」



「嘘はいつかばれる。その時にティアになんて言うんだ?心配かけないように嘘ついたんだ、実はミーナは病気なんだって言うつもりかよ?」

 いつも冷静な少年は声を荒げる、もう一人の少年はその言葉に怒りが加速し拳を振り上げた。





「あんたたちが喧嘩して何になるのよ―――――!!!」


エルに向けて振り下ろされた拳は、寸前で動きを止めた。

それは、叫んだ少女のおかげか、それとも・・・。


「苦しいのはみんな一緒でしょ・・・。」

「でもね、一番苦しいのはミーちゃんなのよ!」

「ガッチョの優しさも、エルの誠実さもわかるわよ!」

「だからこそ・・今・・喧嘩しても・・・仕方ないじゃない・・・。」

大粒の涙を流す少女は顔を押さえ、その場に崩れ落ちた。



掴んでいた胸ぐらを離した少年はその場に座り込んだ。




「わりぃエル。アルテミアお前の言うとおりだ、わるかったよ。」



「・・・いや。」

「こっちこそ、わるかったな。」

「アルテミアわるかった、俺たち冷静じゃなかったみたいだ。」


 二人がもめたからといって事態が変わるわけではないことを二人は承知済みである。

しかし、その歯がゆい気持ちをぶつけずに堪えられる程、彼らは大人ではないのである。

その後も、三人は時間の迫る間も話し合ったが良い意見が出ることはなかったのだった。


 昼過ぎになり強く降っていた雨もひとまず落ち着きをみせていた。

しかし、暗い雲は未だ町を覆うように広がり、さらに分厚さは少しずづ増すのであった。



「エル兄ちゃん、ミーちゃんはどうだったの?」

「会えたんだよね?」

不穏な雰囲気を感じ取ったのか、開口一番にティアはエルに尋ねた。



「・・・結論から言うと会えなかった。」

「ティア、落ち着いて聞いてほしい。今、ミーナは病に臥せっているんだ。」



「・・・そんな!」


驚きの表情を見せるティア、エルの続けた言葉はさらに彼女の心を痛めることになる。


「ミーナの病状がわからないみたいなんだ・・・。」

「食べ物に原因があるみたいで、ほとんど食べられないみたいなんだ。」



「えっ・・・、そっ、そんな・・・。今まで一緒にいっぱい食べてきたんだよ?食べるのが大好きなミーちゃんが食べれない?」


少女はその場にへたり込んでしまった。


「でっ、でもさ・・・治るんだよね・・・?」


「まだ、わからない。」

「原因がわからない以上、完治は難しいみたいだった。」

大粒の涙が頬をつたう。アルテミアがそっと包むように抱きしめると、少女は声に出して泣きだした。



「エル兄、ペイト達になんて伝えればいいんだろう。」

黙って聞いていた少年は、この場にいない二人への説明をどうすればいいのかわからなくなっていた。


「正直わからない。俺たちも、どうすれば良いのかわからないんだ。」

「だから、明日の朝にもう一度集めてもらえないか?」

「二人には俺たちから説明する。」

「それまでの間に良い考えが浮かぶかもしれない。」



「ガッチョ、アルテミアそれでもいいか?」

「あぁ。それでいいぜ。」「私もそれでいいわ。」



「とりあえず今日は解散しよう。人通りも増えてきたし、祝願祭の片付けもあるだろ?」


三者三様に祭りの片付けを午後から行うのも恒例であった。

屋台に出店しているティア、市場に出しているガージ、その解体作業にガッチョ。三人は家族の元へと向かいその場を後にした。


ペイトとパームスに明日の事を伝えてくると、アルテミアもその場を去って行った。



大噴水に一人残ったエルもその場を後にする。しかし、その向かう先は西の館ではなく、南の大通り方面へと歩き出したのだった。



止んでいた雨がまた弱弱しくも降り始めた。町を覆う雲の晴れ間は見えず、その分厚さは増すばかりである。


南へと歩く少年の足取りは早い、焦る思いをぶつけるようにその速度は加速していく。いつしか全速力で走っていた、乱れる心は、その激しい鼓動のように高鳴るも収まることを知らずに。



全速力で駆けた少年がたどり着いた先は、ミーナと共に足蹴もなく通っていた「クンパッパ」であった。



店へと飛び込んできたエルに驚く販売員を他所に、息切れも激しく話し始める。



「店主に合わせてください!お願いします!」



「お客様、どうされたんですか?」

「お願いがあるんです!合わせてくれませんか?」


不穏に思いながら、販売員は裏へと消えていった。


店の裏口で話を聞くと言付けを受けたエルは店を出て裏口へとまわる。

クンパッパの店主を見たことがないエルは扉の前で待つのであった。



数分が過ぎ、大柄な男が裏口から姿をみせた。


「なんのようなのだ?僕様は忙しいのだ。」


急な来訪に機嫌の悪い店主にエルは事情を説明する。


「ミーナ・・・友達が病気なんです!」

「食べることもろくに出来なくて、医者も匙を投げてしまって。」

「でもここのケーキなら!大好きなあなたのケーキなら食べられるかもしれない。」

「お金なら出します。金貨でも出しますから彼女が食べられるケーキを考えていただけませんか?」



すがる思いで急ぎ早に話すエルを黙って聞いていた店主のクンパは口を開いた。


「医者が匙を投げたから食べれるもの、ケーキを作ってほしい?僕様には関係ないのだ。」

「お金は出す?お金を稼ぐ大変さも知らない、どこぞの馬の骨が偉そうに何を言い出すかと思えば。大人をなめるのも対外にするのだ!」

「僕様は忙しいのだ!ケーキが買いたければ店で買えばいいのだ!」

「フンッ」



バタンッ―――。

怒りを露わにしたクンパはその思いを扉へとぶつけるように力一杯に扉を閉め、その扉は開くことはなかったのであった。



今まで領主の息子として育てれ、それなりの金額も当たり前に受け取っていたエルの価値観は店主を怒らせる事で潰えてしまった。


頼みの綱であった、ケーキ屋に断られたエルは強さが増した大ぶりの雨の中肩を落として歩く。


『何故助けてくれないんだ?』

『何がいけないんだ、俺が・・・悪いのか・・・。』


荒れた思いを口ずさみ、少年は絶望にかられながら館へと戻るのであった。


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