第Ⅲ話『野イチゴと雨模様』前編
祝願祭も終わりを迎えた次の日。
祭りの余韻も冷めやまぬ内から、エルたちは集まっていた。
「なーエル、やっぱりおかしくねーか?」
切り出したのはガッチョである。
「だってよー、あのミーナを祭り中、一度も見かけたやつがいないなんて今まであったか?」
「一ヵ月ぐらい親父さんと他国に行くことはあっても、祝願祭中は初めてだな。」
エルの中には他にも懸念すべき点がいくつかあった、屋台の取りまとめ役であるヴィターリ商会の主が祭り中に貿易などにでかけるであろうか。
父であるエヴァルト辺境伯も王都での責務が終わらずに帰ってきていない、その中で祭りの取りまとめ役まで不在とあっては祭りに支障をきたしてしまうのである。
まして、入れ替わり立ち替わりの激しい屋台を、一手に引き受けるとあっては、祭りを離れられないはずである。
そして食欲の獣であるミーナも同じである。
プロデュース先の屋台を置いて、海外渡航などするであろうか。
プロデュース条件を提示しているのはミーナである。無料で屋台を楽しまない理由が考えられないのであった。
「あとで、一度ミーナの家に行ってみるか。」
「そうね~。それがいいかも。」
「ミーちゃん心配だよ。一度もうちに食べに来てくれてないんだよ。」
アルテミアとティアがその考えに賛同し他の少年たちも頷いたのであった。
「でも、こんな大人数で行っては困らないかしら?」
賛同する皆の中でペイトは冷静に、自分の考えを述べ始める。
「誰か、もしくは数人が代表で行く方がいいんじゃないかしら?」
「不安なのは皆同じでしょうけど、ぞろぞろと連れ立って行っては迷惑だわ。」
「ペイトのいう通りだな。言い出した俺だけで行ってもいいが、みんなに知らせるのに時間がかかってしまう。ガッチョ、アルテミア一緒に行ってくれるか?」
「えぇ、いいわよ。」「俺も大丈夫だぜ。」
「私も行きたいよ。」ティアは不満そうに顔をしかめるも、ペイトとガージになだめられ、任せることにしたのである。
「じゃーちょっくら行ってくるわ!」
3人が歩き出そうとした時である。無言を貫いていた少年が口を開いた。
「ね~みんな~、行くにしてもまだ早すぎない~?」
確かに時間はまだ午前9時前、しかも祭りの翌日は町の祝日である。
最終日の宴は早朝まで続く、大人たちはその間飲み騒ぎ、翌日は仕事にならないのである。
それを懸念したエルの父エヴァルト伯は町の祝日として制定し、大噴水に集まる7人を除き同じ年頃の子供が所々で遊ぶだけで、まわりには静けさがただよっていたのだった。
「パームスの言うとおりだな、まだ時間も早い。昼前まで待ってから行くことにしよう。」
「でも、エルそれまではどうすんだ?」
「帰ってから集まってたら手間だぞ?」
7人の家はここから近い者でも2㎞、離れた者では6㎞ほど離れているのだ。
館に住むエルも教会から西に3㎞ほど離れている。ガッチョが住む職人街は北の端、その奥にある橋を渡った平原にはパームスが、南の農村地帯にはガージが一番遠く6㎞離れて住んでおり、南の通りにペイトとアルテミアが、そしてティアは港沿いの酒場街に酒場兼住居がある。
そして、教会から西の大通りの角地にヴィターリ商会があり、その裏手にミーナの住居があるのだ。
「確かにな。一度帰っていたら、すぐに戻ってくることになる。」
「じゃあさ~これ食べない~?」
おもむろに口を開いたパームスに6人が目をやると、包みをほどき赤い果実が姿を現したのだ。
「パーこれなんだ?」
疑問に思ったガッチョが尋ねる。
「これはね~、野イチゴっていうんだって~。」
「昨日言っていた果物だよ~。」
祝願祭の最終日遅れてきたパームスが出合い頭に言っていた果物である。
「・・・この形、粒粒してて大丈夫なのか?その毒とかよ?」
ガッチョの言う通り、初めて見る果物に心配が先行し誰も手を出せずにいた。
「大丈夫だよ~、僕も最初は不気味だったんだけど、教えてもらって食べたら美味しかったんだ~。」
そういうとパームスは、野イチゴを一つ手に取りひょいと口へと運んだのだった。
「美味しいよ~。」
不安げな少年たちを他所にパームスは感想を述べる、最初に勇気を出したのはガッチョであった。
恐る恐る手を出した少年は目をつぶり不安げに果物を口へと運んだ。
「なんだこれ!甘酸っぱくて美味いな!お前らも食べてみろよ!」
不安気味だった少年たちもガッチョの言葉を合図に次々に手を出し口へと運ぶ。
「なにこれ~!美味しいわ!」
「ホントだよ!これでお父さん、デザート作ってくれないかな。」
「あら、美味しいわね。少し花の香りがするわ。」
それぞれに感想を述べた少女たちとは違い、二人の少年には違う思いが浮かぶのであった。
「ねーパー君、これってどこで採れるの?」
農家の息子ガージである。
「山って言ったけど多分リヴォーラだよね?そこでしか採れないのかな?出来ればうちの畑で育てたいんだけどなー。」
農家を営むガージの実家は果物と野菜で生計を立てている。様々な果物や野菜を育てる彼にとって見たこともない果物に興味が沸くのも無理はないのであった。
「ガーちゃん偉いわね。お父さんのお手伝いがしたいのね。」
ペイトの素直な感想に、少年は顔を赤らめるのであった。
「ガーちゃんて言うなってペイト。気になっただけだよ!」
必死の照れ隠しをする少年を、微笑ましく見るのであった。
もう一人が気になったのは違う点である。
「パームス。何故、山にある果物を知っていたんだ?貰ったと言っていたが誰に貰ったんだ?」
リヴォーラ山脈にはペイトの父を含め数人が調査を行っている。高く険しい山々の調査は世代が変わっても続いているのだ。峻険な頂上部で新たに見つかったのであれば納得もいく、だが子供であるパームスが行ける場所などすでに調査が終わり解放されたリヴォーラ山脈の裾あたりに広がる森林が関の山である。
なぜ調査後の場所で新たな発見があったのか疑問に思ったのだ。
「え~っとね~、夢人さんだよ~。」
その言葉に即座に反応を見せたのはアルテミアであった。
「ちょっとパー!あなたその夢人さんとっ―――。」
「はいはい、それはもういいからよー。」アルテミアの口を手でふさぎ話を遮ったガッチョが、続きを求めたのだった。
「でね、祭りで搾りたての乳を販売してるのは知ってるでしょ~。」
「3日目ぐらいに初めて買いにきてくれたのかな~?それからは毎日買いに来てくれた夢人さんといっぱいお話しして~仲良くなってね~、牧舎の案内や牛の放牧にも一緒に行ってくれたんだ~。昼寝とかもしたんだよ~。」
憎めない彼の特性であろう、人懐っこいと呼べばいいのか初対面の者でもすぐに親しくなるのである。過去にも似たような事が様々あったが、夢人相手でもとは恐れ入る。呆気にとられた6人は驚きの表情をうかべるのであった。
「・・・それはいつもの事だからわかるが、それが何故、山に行くことになるんだ?そもそも山には近づく必要はないだろ?」
「それはね~夢人さんと放牧に行っていた時なんだけど~。」
「山羊さんが1匹山の方の入ってしまったんだ~。山羊さんグルメだからね~。たまに美味しそうな草を見つけて入っちゃうんだ~。」
「その日はね~夢人さんも一緒に探してくれて~すぐに見つかったんだ~。」
「その時に夢人さんが見つけて教えてくれたんだ~。」
「野イチゴの種類はたくさんあるみたいなんだけど~、中でも希少な実らしくてね~実がなるのは1週間もないんだって~。」
「・・・それは今までに、見つかってないわけだな。つまり1年のうちに1週間しか果実が実らないってことだろ?」
調査隊が仮に発見したとしても、その場にとどまり調査しない限り次の調査時では発見できない可能性が高いのだ。調査隊は広大なリヴォーラ山脈を1ヵ月かけて歩き回り調査していくのだ。1か所に留まっていては調査に支障を来しかねない、時間をかけて調査を繰り返し行い、それを次代へと引き継いできたのである。
「パー君、その話お父さんに話してもいいかしら?」
「いいよ~。」笑顔で答えるパームスにペイトは感謝を告げて自生場所を尋ねた。
「森に入って数分だよ~。でも~、入る場所がわからないと思うから~案内するよ~。」
「ありがとう。お父さんに伝えたら直ぐに調査に行きたがるんじゃないかしら・・・。」
新たな発見に心が揺れるペイトに、ガージが声をかける。
「ペイト。ミーの事なら俺が後で伝えに行ってやるから、親父さんに伝えてきたらいいぞ。」
ミーナを心配する気持ちと、新たな発見を天秤にかけていた少女を察してガージが助け船を出したのだ。
「パー君も、俺が後で伝えに行くから、ペイトのお父さんの所に一緒に行ってくれないかな?」
「ボクはいいよ~。」
「ガーちゃん。―――ありがとう。」
「いっ良いって。あと、ガーちゃん言うなっていってるだろ。」
照れくさくなった少年はまたも顔を赤らめるのであった。
「みんなごめんなさい。ミーちゃんの事は心配なんだけ―――。」
「まーみんなで待っててもしょうがねーしなー、いいんじゃねーか?」
頭の後ろで手を組んだガッチョが、目配りをすると皆も同意見であった。
「みんな・・・ありがとう!パー君お願いできるかしら?」
頷いたパームスを連れ立ってペイトは急ぎ足で、父もとへと向かったのであった。
一人の少女が二人を見送った後に話し始めた。
「それにしてもさ~。」
「もうちょっと言い方ってものがあるでしょうよ、ガージ。」
「なっ なにがだよ、アルテミア姉?」
「大好きなペイトが困った時には心配して優しいじゃない。普段から優しく接してあげればいいのに。」
「あyけこkいあsてGdf――――。」
少年はこの世の言葉とは思えない声を上げた。
「そんなわけないだろ!いっいつも通りだよ!」
動揺を隠せず、真っ赤になった少年は慌ててごまかすも時すでに遅しである。
「ガージ!マジかよ!」
嬉しそうな笑顔とは違ったいじる気満々の顔で問いかけるガッチョ。
「それならお兄さんが手伝ってやろうか~?」
顔を赤らめた少年は黙り込んでしまう。
「ガッチョ、そのぐらいにしといてやれよ?」
「悪い悪いついよ。悪かったな、ガージ。」
「本当にあんたは、いっつもそれよね~。もうちょっと相手の気持ちを考えてあげなさいよね。」
「うるせーな、悪かったって言ってるだろ。第一お前がよけいな事言うからだろ!」
「なんですって!」
「なんだよ!」
二人の間に不穏な空気が漂う。これも普段通り、おなじみの光景であった。
「さて、そろそろミーナの家に向かうか。」
ぶら下がる懐中時計に目をやると、11時の少し前であった。
「悪いけどティアとガージはまた伝えるから、一度帰って昼過ぎにまた集まれるか?」
「大丈夫だよ。ティアもそれでいいだろ?」
「・・・うん。」
心配な面持ちで自分も行くと言わんばかりの少女、ガージが何とかなだめて帰路についたのであった。
「さて、俺らも行くか。」
「そうね。」「そうだな。」
三人はミーナの家へと、歩き出したのだった。