第Ⅱ話『揚げパンと宴の終わり』後編
教会では祈りの列が外にまで延び、大噴水を包むように広がるのだった。
教会には老若男女を問わず家族総出で並ぶ姿が見て取れる。
その中にガッチョの姿を見つけエルは声をかけたのだった。
「ガッチョ!」
「おーエル、久しぶりだな!初日ぶりだから2週間ぶりじゃねーか?」
出会い頭に二人でハイタッチをし、列に並ぶガッチョは家族の元を離れエルと話し始めたのだった。
「久しぶり!ちょっと野暮用があってさ・・・。」
「まー色々あるわな。俺も屋台の修理やら居酒屋の修繕で、てんてこ舞いだったからな、やっと今日から祭りを楽しめるぜ。」パチンと拳を平手に打ち付け、ガッチョは2週間の時間を埋めるべく話始めたのだった。
「パーの家の修繕に行ったじゃねーか?あいつ見るふりして牧舎の藁で寝てやがるんだぜ?人が直してるのによー。――――。」
「居酒屋の扉が壊れたってんで、修理に行ったんだよ。壊れた理由なんだと思う?店の女将が酔っ払って暴れた客を、外にぶん投げて壊したんだとよ。おっかなくて速攻で直して帰ってきたぜ。――――。」
「ティアの屋台行ったか?あそこはやばいぜ?あそこもコンロがぶっ壊れたてんで見に行ったんだよ。そしたら客が早く直せって俺らを煽るんだよ。ティアの親父さんが一言、言ったら静まったんだけどよー。親父さんの腕が良すぎて、みんな魅了しちまってんだよなー。まだ3日目だったんだけど、すでに列が長すぎて見えないんだぜビックリだわ。――――。」
久々の再会に町の様子を嬉しそうに話すガッチョ、エルはその話に聞き入るのだった。
「そういえばさっきアルテミアも家族と祈りに来てたぜ。」
先ほどまでの話とは違い、今しがたの話が出た事で、エルはミーナの事を尋ねた。
「ミーナは見ていないのか?」
「ミーナ?ミーナは見てないな。そういえばエルと同じで初日から見てないぜ?あちこち行ってたんだけどな?」
その口ぶりでは他の6人には会ったのであろう。ミーナを見ていない?あの食欲の獣を?いつもなら屋台で必ず顔を合わすのに?ガッチョの言葉にエルは考え込む。
「ガッチョ!次だぞ!そろそろ戻ってこい!」
「いけね、親父に呼ばれちまった。祈りに行ってくるわ。」
「ミーナの事だから、あのケーキ屋か屋台で食べ歩いてるんじゃないか?」
「いつも通り最終日に集まるんだったよな?それまでは家族ですごしてるんじゃね?それじゃ最終日にな。」
そう言うとガッチョは片手を振り、両親の元へと戻っていった。
祝願祭の最終日にはいつものグループで集まり最終日の屋台をまわる事にしているのだ、それまでは各々が家族と過ごすのである。
しかし、姿が見えないことが気になるエルは散策がてらミーナを探し歩くのだった。
東通りではやたらと行列の出来ている屋台が一つある。ガッチョから聞いていたがここまで繁盛しているとは思いもよらぬエルは、その列に並ぶことなく通り過ぎ列の一番前を目指した。その列の先頭、店先ではティアが呼び子をしていた。
「酒場グルメラパンが屋台出張出店中でーす。」
「祝願祭限定の【赤エビの香草トマトクリーム揚げパン】はいかがですかー!」
「揚げたてですよー!」
店先で叫ぶティアにつられて列に並ぶ客は留まることを知らない。エルが先程まで見ていた最後尾はさらに後ろへと延びているのであった。
「今年は赤エビの香草トマトクリーム揚げパンか。」
毎年、祝願祭に合わせて新作を販売している酒場グルメラパン。
近隣にまでその名を轟かす店がティアの父が切り盛りする店である。3年に一度出版されるグルメ本でもランキング上位を確約される程の店だが、一度としてその栄誉を賜ろうとはせず、すべて辞退しているのだ。
経営者ならば、集客の目線から間違いなくその栄誉を使うであろう、だがティアの父は生粋の料理人なのである。
「私の料理に栄誉はいらない、食べてくれたお客さんが笑顔になってくれればそれだけでいいんだ。」
人から人へと口伝えで広がった人気は屋台を見ればわかるのであった。
「あっエル兄ちゃん!久しぶりだね!お腹すいてない?もうすぐ休憩なんだー一緒に裏で食べようよー。」
ティアに誘われるままにエルは休憩まで屋台裏で待つのであった。
「おまたせ―。いやーお客さんがいっぱいで嬉しい悲鳴だよー。」
「はい、揚げたてもらってきたから食べよー。」
ティアはエビの香草トマトクリーム揚げパンを二つ持ってきて、エルに一つ手渡したのだった。
受け取ったエルは感謝を述べて、揚げたて熱々の揚げパンにかぶりついた。
揚げパンの中からはトロトロのトマトクリームとぷりぷりのエビがまるまる1匹姿をあらわしたのだ。トマトの酸味と生クリームのまろやかさ、そこに合わせるように配合された数種類のハーブがアクセントとなり絶妙なハーモニーを奏でる。
サクサクの衣には赤エビの殻を粉末にして混ぜ込んであるのであろう、エビの風味が強く感じられる。隠し味にほんのりと香るニンニクの香りが食欲を刺激するのだ。
瞬く間に手渡された揚げパンを食べきったしまったのだった。
ゆっくりと、その味を噛みしめるエルはその余韻に浸り、言葉を発する事が出来ずにいる。人は感動する程の料理に出会うと沈黙するというのも頷ける。貴族として専属の料理人が作る以上の料理に出会ったのであった。
余韻に浸っていたエルが現実へと戻ってきて言葉を発した。
「これは美味しすぎるな!」
笑顔でティアに答えたエルに同じく笑顔で答えるティア。
「でしょ!」
「お父さん今年は張り切っていたからね。冬の間に試作を繰り返してたんだよ。」
自慢げに、そして嬉しそうに話す少女。ティアにとって、自慢の父が褒められるのが心の底から嬉しいのである。そんな気持ちになった事がないエルも、羨ましくもその表情は出さず笑顔で話を聞くのだった。
「やっぱり港町ならではの食材を使わないと限定感が薄まるでしょ?だから、雪解けの春先に獲れるエビを使ったんだよ!」
「確かに、この時期のエビは最高に身がしまっていて美味しいもんな。でも、これだけの味だ他の店が可愛そうになるよ。」
近隣の屋台に目をやると、客の並ぶ姿は少なく閑古鳥が鳴く店もあるほどだ。その店の店主も食い入るように、グルメラパンを見るのであった。
「それは大丈夫だよ。夜の準備もあるからお昼で屋台は閉めちゃうんだ。1日限定500個だから丁度お昼ごろで完売しちゃうんだ。」
祝願祭の開始時刻は9時からと決められている。祭りが開催されてから毎日3時間ほどで限定数を売り切るとはさすがの一言である。1分に約3個、揚げる時間も含めれば脅威的といえる。
以前ミーナとティアの会話を聞いたことがあった。
「ミーちゃん屋台の時間と酒場の両立が難しいみたいなんだ・・・。なにか解決方法ってないかなー?」
遅くまで働く父が心配なティアが解決案を聞いていたのだ。
「ん―――。答えは色々あるけど、グルメラパンに合うのは1つだけかな。」
「何々、教えて教えて?」
「フッフッフ!限定品を1種類だけ少なめに販売したらいいよ。」
「・・・それだけ?」
「それだけ!」
自信満々なミーナと比べティアは驚きの表情である。
「それだけじゃよくわからないよね?簡単に言うとね!」
祝願祭中の期間訪れる観光客の数は数万人に及ぶといわれている。
その期間しか食べれない物を短時間で売りさばくには、【限定品】と【限定個数】を決める事である。その場限りの限定品の注目度は高い、そこでしか食べられないとあっては尚のことである。
そして限定数も製造限界数よりも少なく設定してしまう。これによって列に並んでも食べられなかったお客さんが、今度こそ食べようと列を作るのだ。
列を作ることこそが客引きにおいて何よりも効果があるとミーナは熱弁していた。
「不思議だよねー。列を見ると気になるもんね、そうやって興味を引けばあとは簡単。あら不思議、知らず知らずに、並ぶ列は日を追うごとに伸びていくよ。」
ミーナ式マーケティングでは列を作ることこそが最大の集客性があるという。
しかし、これにはグルメラパンの限定品に魅力がなければ成立しないのだ、長い列が並んでいても、商品次第というのはティアの父の腕あっての物種である。
街の商家の娘、ミーナの才覚は類まれていたのである。
結果としてミーナの指摘通りとなり、今年も素晴らしい結果を迎えようとしていたのだった。
「でも、ミーちゃんらしいよねー。」クスクスと笑うティアは続ける。
「だって、報酬が『祭りの期間中、無償で食べさせて!』なんだもん。」
「ハハハハ・・・そうだな。」
遠い所を見つめる少年の反応は薄い。―――エルだけは知っていた。
グルメラパンの噂を耳にした、屋台主たちからの要望で同じくマーケティング依頼を受け持っていること、そして同じ条件を提示していたことを―――。
列が多く並んでいる屋台の大半はミーナプロデュースなのであった。
「さてと、そろそろ戻らないとお父さんたち大変だから戻るね。エル兄ちゃんまたね。」去り際にミーナの来店を問うも、エルが求めるものではなかったのだった。
それからの数日の間、祝願祭を一人回るエルの姿があった。他の友達には出会うもミーナの姿を見たものは一人もおらず、最終日になるまでミーナの姿を見た者はいないのだった。
祝願祭最終日、乾いた空気は海風の影響か塩気を帯び、遠くリヴォーラ山脈には低く暗い雲がかかっていた。
最終日になっても両親は帰ってこず、友との約束の為、一人教会へと向かうのだった。
教会を包むように並んでいた列も最終日には短くなり、教会の周りには数人が並ぶだけであった。普段は閉まらない教会も宴の終わる最終日の午後4時に一度閉まるのである。それから2時間、司祭が祈りを捧げ鐘がなる18時に祝願祭は終わりを迎えるのである。
祝願祭の最終日の夕方、仲の良いグループで最後に祈りを捧げるのが恒例であった。エルが大噴水へと訪れたのは15時前であったが、その時には、すでに4人が集まっていたのだ。
そこから、1時間残る3人を待つ間、祝願祭のエピソードを話すのも恒例であった。
ガージは、野菜を運んでいると荷台が泥濘にはまり、立ち往生して困ったという。
「動けなくて泣いちゃったのか?」笑いながら茶々を入れるのは、ガッチョである。
「そんな訳ないだろ!」決まっていじられ役もガージであった。
笑いあいながら和んだ空気が漂うのであった。
ガージの話はそれだけでは終わらず、アルテミアの問いで話は変わっていく。
「結局、どうなったの~?」
「大きな荷物を持った旅行客の人が助けてくれたんだ。」
「えっ?大きな荷物って、パンパンな丸い姿が隠れるぐらいのリュックじゃない?」
「そうだけど?アルテミア姉も見たの?」
「そうなのよ!」
突然立ち上がり興奮気味に話し始めた。
「その人ね、チョ―――――――――――・・・イケメンなの♡」
「みんなで集まった日から1週間ぐらいかな?パパの美容室に現れたの!」
「でね、最初は髪が長かったからわからなかったんだけど、カットが終わったらすごいイケメンだったのよ~♡あぁ~私の王子様♡」
「・・・でも、アルテミア姉、結構なおじさんじゃなかった?」
「そうかもしれないし違うかもしれないわ!」
「だって、あの方は『夢人』なんですもの♡」
この世界には12の種族が暮らしている。エルたちは皆が兎人族の少年少女であり、大人も皆兎人族であった。
港町ポルトを含めたⅣの国の別称は『ウサギの王国』。
他国への移住も可能なため、王都などの都では様々な種族が暮らしている。
そして、『夢人』はそこに属さない種族である。そして夢人にはある決まった法則が存在するのだ。
先ほどまでいた場所、話していたそばから突如として消えてしまうというのだ。そして不規則な時間にまた姿を現すのだ。まるで夢を見ている様な事から、名付けられたのが始まりと言われている。
「私も見たよ!」
「だって、毎日朝一番に必ず食べに来てくれた常連さんだもん。」
「なんですって!毎日!」
「・・・私なんて1度しかお目にかかれてないのに。」
落胆のアルテミアを他所にガッチョが話し始めた。
「でもよー、夢人って不思議だよなー?なんで消えるんだ?」
「それは夢人だからじゃないの、ガッチョ兄ちゃん?」
「いや、ティアそれはそうなんだけどよ・・・。」
結局誰もその答えを知る者はいなかったのであった。
「ごめんなさい。遅くなってしまったわ。」現れたのはペイトである。
「珍しいなペイト、いっつも早く来て本読んでるのに。」
「そうね、そうするつもりだったわ。」
「でも、夢人さんに道を尋ねられて案内していたのよ。」
「夢人さんには中々会えないから素敵な時間だったわ。」
「ペイト!あなたまで!」落胆が怒りに変わったアルテミアはペイトに詰め寄る。
「え・・・えっと、何がかしら?」
ガッチョがアルテミアを引っ張っていき、ティアとガージが説明を続けた。
「・・・そういうこと。」
「それは、残念だったわね。でも、幸せの運び人に出会えたんだからきっと良いことがおこるんじゃないかしら。」
「なーペイト、幸せの運び人ってなんだよ?」
「あら、ガーちゃん。知らないの?」
「だから、ガーちゃんはやめろ!」この二人も相変わらずである。
「お父さんから聞いた話では、この世界の至るところで夢人さんの恩恵を受けているらしいの。例えば、屋台のコンロ」
そういって屋台に指を向けた少女につられ、エルたちも屋台を見る。
「コンロを作ったのは夢人さんよ。どこでも使えて持ち運びができるようにしたのは別の国だけどね。」
「他にもたくさんあるのだけど、もうそろそろ時間かしら?」
夢人の話に花は咲き、瞬く間に時間は過ぎたのだった。
「おいおい、もうすぐ教会が閉まっちまうぜ?ミーナとパーは何やってんだ?」
「ねーエル、ミーちゃん結局見つかったの?」
アルテミアに聞かれ首を横に振るエルは答える。
「いや、結局見つけられなかったよ。」
「行きつけのケーキ屋にも行ったんだけどな、店員に今日はお一人ですか?って聞かれたから、多分しばらく行ってないんだと思う。」
「ミーちゃんがケーキ屋にも行っていないなんて不思議ね?」
「そうだよ!うちの屋台にも食べに来てくれてないんだよ?心配だよ!」
ペイトとティアが続いて答えたのだった。
「みんな~おまたせ~。」
のんびりと姿を現したのはパームスであった。
「パー君遅いよ!」
「ごめんね~、ちょっと用事で~山の方に行ってたんだ~。」
「パー君、山に用事って珍しいね?」
「おっあれか?牛でも逃がしたか?」ガッチョは相変わらずである。
「違うよ~、みんなに変わった果物を採ってきてたんだよ~。」
「遅くなっちゃったから、明日みんなで食べようよ~。あれミーちゃんは?」
山までのんびり屋のパームスが取りに行くほどの果実とは何か、気になる所ではあったが、刻一刻と時間は過ぎているのだった。
「エル、今何時だ?」
「あと2分で16時になる。」
「しゃーねーな、とりあえずいつもみたいに列に並んで最終でお祈りしようぜ。」
不測の事態のまとめ役は決まってガッチョである。
その案に乗り皆で列へと並び最終で教会に入るときになっても、ミーナは姿を現さなかったのであった。