第Ⅰ話『祝願祭とフレジェ』(後編)
祝願祭では数多くの屋台の他に、市場が開かれている。
農家が開く農産市では地元の農家達が丹精込めて育てた農作物やそれらの加工品など、旅商人が持ち込んだ変わり物などが並び、酪農家が開く酪市では搾りたての乳やその加工品が人気である。
漁を終えた漁師が開く獲れたばかりの新鮮な魚介類が所狭しと並ぶ魚介市。
その他にも希少な薬草や他国の薬を取り扱う薬市や美術商が持ち込んだ美術品の数々が並ぶ骨董市などがある。
中でも一番人気が高いのは猟師が狩ってきた鹿や雉といった数々のジビエが並ぶ肉市であろう。
屋台の中には購入してきた肉や魚介・野菜などをその場で調理する屋台も並んでいる。
市場は教会を中心として東西南北に区画ごとである程度分けられているのだ。
教会の東側を海に向かって伸びる左右の東通りには肉市と魚介市が並び、リヴォーラ山脈に向かって伸びる西通りには骨董市、農地に向かう南通りには農産市、アルディア草原へと伸びる北通りでは薬市や酪市が広がっている。
それらの市場の中央、教会の周りを包むように屋台が並び、出店の多い屋台だけは他の通りにも出店が許可されている。
二人は立ち並ぶ屋台を他所に目的のケーキ屋へと向かうのだが、その道すがらまたも欲望のままに屋台へと擦り寄るミーナを制し南通りを進む事になるのであった。
南通りでは収穫したての新鮮な野菜や果物、それらの加工品のジャムやパンなどが並んでいた。
市場では主婦や町の料理人、酒場の主人など多くの人が買い出しを行う姿が見て取れる。
「さーさー新鮮な野菜がいっぱいあるよ!取れたての春キャベツ、スープにしたら絶品だよー!」
「この辺りじゃ誰も知らない、南の国の希少な果物を使ったジャムだよー!朝食のお供にいかがですかー!」
「さーパンが焼きあがったよ!小麦はもちろん、すべてポルトの名産品で焼いたものばかりさ!屋台のスープにと一緒にいかがだい!」
屋台からはそんな呼び込みが、あちらこちらから聞こえ、焼きたてのパンの匂いにつられて多くの市民や観光客が列をなすのだった。
そんな時である。
「おい店主!」
二人の耳にも届くほどの大きな声が、ある希少な果物のジャムを売っていた旅商人の店から聞こえてきた。
「僕様の知らないフルーツなどあるものか!」
「僕様に材料がわかれば、知らないなんて嘘っぱちになるんだから安くするのだ?」
なんとも強引な値切り交渉を行う小太りの「僕様」おじさんである。
市場において値切りが行われるのはありふれた日常であり、容認されている。
販売者はそれも踏まえて値段を設定しているので、ある程度は許容範囲として値切り交渉が成立すれば安く提供する事があるのだ。
購入者も少しでも安く買えるのであれば喜ばしい限りなので交渉はするものの、そう簡単にはいかないのが現実である。
「僕様」という不思議な一人称を使う会話は、辺りの注目を集め屋台の周りに人だかりを作ったのだった。
「さぁ僕様に試食させてみるのだ!さぁ!」
「わっわかりました。こちらです。」
慌てて店主は珍しい果物のジャムをスプーンですくいパンにつけて手渡したのだった。
「早くするのだ!まったく準備が出来ていないのだ!」悪態をつきつつ、その客は手渡されたパンにかぶりついた。
しばしの静寂が訪れる、咀嚼し材料を探る「僕様」おじさんをその材料を持ち込んだ店の店主、そして店のまわりに群がる多くの観光客が固唾を飲んで見守るのだった。
「このまろやかなコク、ねっとりとした舌ざわり、ペッシュ(桃)よりも濃厚な風味、そして色・・・これはマンゴーなのだ!」
「・・・正解です。」
「僕様が間違えるわけはないのだ!ガッハッハッハッ。さぁ店主約束を守るのだ!」
その光景を近くで見ていたエルも良い印象を感じることはなかったのである。
脅迫にも似た値切る様は見ていて気持ちが良いものではなかったのだ。
だが、隣にいる少女は違う。全く違う印象を受けていた。
「ねぇーエル君。」
エルの腕に抱き着くように手をかけた少女に、心臓が一瞬高まるも続いた言葉に唖然としたのであった。
「マンゴーってどんな味なのかな?」
目をキラキラと輝かせた少女は商人の言葉に心奪われていたのだ。
呆然とする少年を他所に少女は続ける。
「この辺りじゃ取れない果実なんだよね?どこで採れるんだろう?」
「うちでも取り扱えないかな?」
少女のフルネームはミーナ・ヴィターリ。町で一番の商会であるヴィターリ商会の一人娘である。他国との貿易業を生業とし、海路を切り開き他国とのパイプを持つ町の重役こそが彼女の父である。幾度となく父に付き添い他国を訪れた経験は、彼女を食の魔物へと成長させた。
訪れた他国や国中の町々で美食の限りを尽くし、その食べっぷりは料理人たちを魅了したのだ。
祝願祭の屋台を取り仕切るヴィターリ商会も彼女が繋いだ絆を基にして料理人たちに声をかけ祭りを盛り上げるのだ。
「僕様」おじさんに詰め寄られる店主に憐れみを抱くエルは違う感想をミーナに求めるのだった。
「ミーナ・・・。他に何かないのかよ?」
呆れ顔のエルを他所に、あっけらかんに答えるミーナ、その答えもエルの求めたものとは別であった。
「んっ?あー、あのお客も交渉がへたっぴだよねー!」クスクスと笑うミーナは続ける。
「だって、あれじゃ多分値切りは出来ても、半額にもならないんじゃないかな?」
流石は海千山千の商売人たちを相手にしてきた父を傍らで見てきただけはある、彼女もまた観察力と交渉術においては、その辺の商売人たちよりも上なのだ。
「まー屋台のおじさんも詰めが甘いよね、商売するなら裏付けはしっかりしなきゃ。でも屋台のおじさん、多分、目測通りの値段に変えて売るんじゃないかな?」
人差し指をたて状況を整理したミーナはそんな推理を話し、結果としてその推理は的中することとなる。
「いやーお客さん鋭いねーまいったよ。大安売りだ、30%OFFでどうだい?」
「僕様にかかれば当然なのだ、それなら大きいのを20瓶買うから準備するのだ。」
「僕様」おじさんはフフンと鼻を鳴らしご満悦である。
「ご迷惑かけちまったから、まわりで見守ってくれたお客さんには10%OFFで販売しようじゃないか!」
終始見守っていた客たちから歓声が起こった。
物珍しい品に興味がわいていた客達には気前の良い店主に見えたことだろう。
しかし、後ろを向くその瞬間に流れ出る汗と焦りの表情とは別に、にやける口元をエルは見逃さなかったのだった。
「ほんと、よくわかるもんだよなー。」
「んふふふふ、それが私の取り柄だからね。」自慢げに話す少女と共に目当てのケーキ屋へ向け歩きだしたのだった。
教会から向かって南に伸びる大通りのおよそ中間程にその店はある。
掲げられた看板には大きく【ケーキ屋 クンパッパ】と書かれている。
ミーナのお気に入りのケーキ屋であり、シェフは昔、国内の大会で優勝した経歴の持ち主である。
古典的な菓子を多く販売する店は町中にその名を轟かせ、今日も多くの客が列をなすのだった。
長い列を並びやっとの思いで店内に入る二人。
ミーナに付き添い幾度となく訪れたことのあるエルでも長い列にはほとほと疲れ顔である。そんなエルとは対照的に目を輝かせる少女が一人。
「ふわ~季節のフルーツタルトだよ!」
「エル君見てよ!ほらっ、ほら!」
色鮮やかな果実を乗せたタルトに目を奪われる少女に、よくも飽きないものだと疲れを通り越して関心するばかりである。
「早く選べよミーナ。」早く出たいエルと
「今、入ったばかりでしょ、もうちょっとゆっくり見せてよ!」居座りケーキを眺めていたいミーナとの戦いである。
一悶着あったがそれもいつもの事であり、訪れるたびに店内で言い争いを始める二人に、販売員たちは温かい目で見守るのだった。
大噴水まで戻ってきた二人は、噴水に腰掛け買ってきたばかりの箱を開いたのだった。
「ンフフフフ♡」箱を開け不気味な笑い声をあげる少女は、買ってきたケーキにかぶりついた。
「ン――――――♡」歓喜の声を上げる少女はご満悦である。
「やっぱり、イチゴを使ったケーキならフレジェだよね♡」
「程よい酸味のイチゴと甘くて濃厚なバタークリーム、それを支えるアーモンドの風味が豊かなビスキュイジョコンド♡」
「もうこれは芸術の域だね!」
「エル君も食べてみてよ!ほら、あ~ん。」
「・・・確かに美味しいな。」ミーナとは違い味気ない反応であった。
「もう!そっけない反応だなー。じゃあビスキュイジョコンドって何かわかる?」
「ビスキュイジョコンド、細かく挽いたアーモンドと砂糖を混ぜた薄焼きのスポンジ生地だろ?バターの風味は弱めだから発酵バターじゃないんじゃないか?。」
そんな説明もミーナのケーキ解説を聞き続けたエルにとっては簡単に答えることが出来る。
だが、これがガッチョやアルテミアでは理解し説明するのは難しかっただろう。
「おっ!腕を上げたねーエル君、大正解です。なでなでしてあげようか?」
「フレジェってやっぱりお高いから、お小遣いで買うのは躊躇っちゃうんだよね♡」
「ハハハハ・・・。それとなでなでは遠慮しておくよ。」
そう話すミーナの傍ではエルが苦笑いを浮かべるのだった。
『お小遣いなら変わらないぐらいもらっているだろうに・・・。毎日通うなんて普通は無理だからね?』あまり納得のいっていないエルではあったが、
「でもとっても美味しいよ♡エル君、ありがとう♡」その一言に満足したのであった。
春を告げる鳥が街路樹に留まり、綺麗な鳴き声を響かせる。祭りを盛り上げる音楽
に、まるで合わせるように鳴き素敵なメロディーを奏で始めたのだ。二人はのんびりと耳を傾け、その音色を楽しむのであった。
眩しい光も照りつく程の力はなく、流れる雲が時折陰りを生む。ポカポカとした陽気は二人を包み込むのだった。
「ミーナ。」
ケーキの余韻に浸り目を閉じ、流れてくる音楽に耳を傾けていた二人は、少女を呼ぶその声に目を開いた。
そこには一人の女性と、買い付けた荷物を持つ仕様人のような装いの男の二人が立っていたのだった。
「ママ!」驚きを隠せないミーナは慌てふためく、彼女もまた友と同じく手伝いを言われていたのだろう。しかし、欲望に負け、奢ってもらえる菓子に心奪われ忘れてしまっていたのだった。
「こんなところで、いつまでも遊んでいてはいけません、早くお父さんの所へいきますよ。」
「はーい。じゃあエル君またね。」
「あら、エルネスト様。お母様にもよろしくお伝えください。では、失礼いたします。」
そういうと恭しく頭を下げ去って行ったのだった。
そんな母に連れる少女はその去り際、一言耳打ちを残して去って行ったのだった。
「エル君もちゃんと帰るんだよ?」
手を振り笑顔で帰って行く親子をエルは見送ったのだった。
エルと呼ばれる少年のフルネームはエルネスト=フォン=カリス。
港町ポルトを収める辺境伯エヴァルト=フォン=カリスの一人息子である。
辺境の地にして国内有数の貿易港を持つカリス、そんな最北東の地を治める父は多忙を極める。
周辺の村々を治める領主には、王やその他の上級貴族との会議に参加する義務がある。その王都への滞在は長く、長いものでは数ヵ月を要するのだ。
母もまた領主である夫に同行し館を開け王都に赴くのである。他領との情報の探り合いの場へと参加し有益な情報を集めるのだ。
それも全ては辺境伯夫妻としての享受であろう、自分たちの働きによって潤うのはそこに住む民達である。その恩恵こそが現在のポルトの姿であることは、見まごう事なき事実なのだ。
両親の不在中、館の切り盛りを行う家人達がエルを見守るのである。多忙な両親に中々会えないエルにとって、その館は帰りたくない場所なのであった。
ミーナを見送り一人立ちふける少年は、館へと向きを変え歩き出した。
祝願祭はまだ始まったばかりである、賑わう宴は夜も町を染め上げる。舞台は屋台から酒場へと移りそれは夜更けまで続くのだ。訪れる観光客は思い思いに祭りを楽しみ、故郷へと帰っていくのだ。
祭りの間、町民たちは教会を訪れ祈りを捧げ、春を祝う。そして一族総出で祭りを楽しむのだ。
しかし、家族連れで行きかう人々の中を歩く少年の心には、ただ寂しさが渦巻くばかりであった。