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プロローグ 『港町ポルト』


「ハァ ハァ ハァ・・・。」


『なんでだ?なんでわかるんだよ・・・。』

 息も絶え絶えに走ってきた少年は脇道に入ると、傍に置かれていた木箱の影に飛び込み「フーッ・・・。」とため息交じりに大きく息を吐き出したのだった。


 徐々に荒い呼吸を落ち着かせ一度深く息を吸い込み、そして静かに吐き出す。走るように早かった鼓動が、なだらかになるのを感じた。

 長らく置かれていたのであろう、朽ちた木箱にもたれかかるように体を預けるとミシッと嫌な音が鳴った。

 

落ちつきをみせていた鼓動がまた大きく弾む。恐る恐る、少年は走ってきた道に頭を覗かせ左右を見渡し注意を向けた。


「・・・なんとかまけたかな?」

 裏道を見渡し人影がない事を確認した少年は一人、安堵したのだった。


 少年が隠れていた木箱はT字になった道の中央部分を入ってすぐに放置され、まっすぐ伸びた道を中央部分から見渡すことができるようになっていた。


 木箱と少年の後ろには、ボロボロになった木箱や樽が乱雑に積まれ、道としての機能は皆無である。


 追われた少年としては、運が味方したといえる。

もしも、追いかけていた相手が少年のすぐ後ろにまで迫っていては、袋小路で追い詰められていただろう。


 しかし、まっすぐに伸びた道は少年が駆け抜けた後には静けさが戻り、人の気配を感じる事はなかったのだった。


 二階建ての建物の屋根を照らすに留まる太陽は裏道までを照らすことはなく、少年の周りは薄暗い。建物と建物の狭く長い隙間を見上げた空には、少年の上をゆっくりと雲が流れるのが見えた。


 しばしの静寂が訪れ、屋根を照らしていた光はゆっくりと建物の2階部分を照らし、薄暗かった裏道を徐々に白く染め上げるのだった。

 

明るくなってきた裏道に注意を向けつつ、少年は腰にぶら下がる鎖をたどり丸い円盤状の金属に手を掛けた。

銀色の輝きを放ち、見事な彫り物の装飾が施されたそれを指でずらす様に動かすとⅠ(1)からⅫ(12)までの数字が丸い縁に沿って並びカチッ――カチッ――と心地よいリズムを刻む手巻きの懐中時計が姿を現した。

 短針はⅨ(9)に掛かりそうなほど近く、長く伸びる長針はⅩ(10)を捉え、隙間を忙しく進む秒針はⅫ(12)を過ぎ去り、時を刻むのであった。


「8時50分か・・・。」


 あと少しここに留まるべきか、来た道とは逆に逃げるべきなのか少年は迷う。


 来た道を戻れば相手が待ち構えている可能性がある、来た道とは逆に進むのが最善である事は容易に考えられた。


 しかし、裏道は迷路のような造りになっているが、至る所で道はつながり、そしていくつもの行き止まりが存在するのだ。裏を掛かれていては相手の思う壺、相手の思惑を考えると少年は動けずにいた。


「来た道を戻る道か・・・先に進む道か・・・ここに留まるか・・・。」


 悩んだ末に、その場に留まることを選択した少年は立ち上がり、木箱にもたれかかり体を出さぬようにしながら裏道を見渡したのだった。


握っていた懐中時計に目をやると、先ほどから4分程針は進み、時計の針は54分を捉えていた。

『あと少し』少年は心の中でそう呟いたのだった。


 カチッ――カチッ――カチッ―――。


 懐中時計の針は休むことを知らず、その動きは一定のリズムを刻みながら進む。


 55―――56―――57―――。


 時計の針はなおも進む。少年はあと幾ばくかの時間に油断せずに裏道に意識を向け、気配を探る。


 ―――58分―――。


 油断はしない、前だけに意識を集中し裏道を睨むように見つめる少年。


 ―――カタッ。


 意識の外、少年の後ろで突如音が鳴った。

後ろは行き止まり、乱雑に積まれた木箱や樽が道を塞いでいた。だからこそこの場に留まることを決めたのだ。

『―――いや・・・確認した訳ではない・・・見渡しただけ・・・頼む、気のせいであってくれ。』少年は心の中で願いながらゆっくりと振り返った。


 5・・・9分―――。


「エル君、見―――――っけ!」

 振り向いた少年が目にしたのは仁王立ちした少女。人差し指の伸びた右手を水平に自分に向けてのばし、左手は腰にあて叫んでいたのだ。


 目を見合わせた二人、先手を取り先に駆けだしたのは少女であった。

 少年は振り向き方が悪かったのもあるが、意識外の出来事にうまく頭が動かずに出遅れる形となってしまったのだ。

少女は加速しながら駆ける、足に自信のあった少年も加速してしまっている相手においては不利と言わざるを得ないだろう。

 思考の停止、ぐるぐると回る思考に陥った少年、駆ける少女は目前にまで迫っていた。


 ハッ―――呆けていた思考が戻る、思考の迷路から解放された少年は軽やかに速やかに姿勢を整え、出遅れを取り戻す様に走る態勢に入る。


 しかし、少女がそれを許すことはなかった・・・。



「つっかまえた―――――!」


 時すでに遅し、少年が視界に捉えていた少女が両腕を前に伸ばし飛び上がったのだ。・・・いや、飛び込んできたのであった。

 十分に加速し小さな体を砲弾に変えた少女、重力をその身に受け放物線を描きながら着弾。


「ゲハッ―――。」


 抱き着くように跳び込んだはずの少女は何故か、その頭が少年の脇腹に命中。

 少年は苦しみの息を吐き出したのだった。


少年の隠れ蓑になっていた朽ちた木箱は、駆けた少女と捕らえられた少年の二人により、その一辺をえぐりとられ無残な姿へと変貌した。



 ―――ゴ―――ン、ゴ―――ン、ゴ―――ン。



 町中に響く重厚な鐘の音。響く鐘は9時から18時の間を3時間おきに鳴り響き、町に9時を報せたのだった。


 少年が先程まで注意を向けていた裏道の中心に倒れ込んだ二人。


 少年は仰向けに倒れ、少年の上に圧し掛かるように倒れこむ少女、しかし二人の顔は明暗に分かれた。

満面の笑顔の少女とは裏腹に、少年は苦悩の表情である。


 撃ち抜かれた脇腹を押さえもがくも、圧し掛かる少女に抑えられ思うように動けないのだ。


 圧し掛かかられた左手をなんとか振りほどき両手が自由になった少年は少女の肩に手を掛けた。

そして、そのまま力をいれて少女を突き飛ばしたのだった。


 ゴンッと鈍い音が響く。抑えられていた苦しみから解放され呼吸が楽になる、仰向けに天を仰いだ少年はゆっくりと動く雲に目をやるのだった。



 『あー今日も天気だな―――。』流れる雲は綿あめのような形を変えずにゆっくりと進む。


先ほどの喧騒が嘘のように静まり還った裏道に横たわる二人。


「―――痛いよ、エル君。」大きな瞳に涙を浮かべた少女。打ち付けた頭を押えて、上半身を起き上がらせ少年に声をかけた。


 『雲が綿あめみたいで美味しそうだ―な――。』現実逃避を決め込んでいたエルと呼ばれた少年は我に返った。痛みが戻り脇腹を押さえ唸る。少女と同じく上半身だけを起こしたエルは返したのだった。


「自業自得だろ!」

「何で、鬼かくれんぼしてるのに跳び込んでくるんだよ!ミーナ!」


ミーナと呼ばれた少女は涙を浮かべた笑顔で「へへへへ。」と笑い答えた。


「驚くかなー?と思って。」



「痛いよ!」

 余程痛かったのかエルは即座に言い返した。


「ゴメンゴメン」と軽い口調で謝る少女ミーナに悪びれた感じはなく、むしろ満足といわんばかりの笑顔で返答したのだった。



「ねーエル君、約束覚えてるよね!」


「・・・わかってるよ!一つだけだぞ?」



 平然と答えるエル、しかしその胸中ではため息と後悔を吐露していた。

『ハァー、なんであんな約束したんだろう・・・。』


 

二人の約束、それは鬼かくれんぼが始まる少し前のこと―――。


 いつものメンツである8人の少年少女のグループ。今日も8時頃から集まり始め鬼かくれんぼの鬼を決めていた。じゃんけんの末、ミーナが鬼に決まった。


 あまり走ることに自信のないミーナは項垂れ見るからに落ち込みを隠せずにいた。


『これは勝負にならない気がするな・・・』エルはミーナにある約束を持ち掛けたのだ。


「ミーナ、もし9時までに全員捕まえられたら、あの好きなケーキ屋で好きなの奢ってやるよ。」

『―――30分ぐらいだし余裕だろう。軽く手を抜けば接戦にもなるだろうしな。


 そんな軽い気持ちと、もう一方で、嫌味の混じった言葉でミーナのやる気を出させる作戦だった。

「・・・本当?本当に本当?」


「ああ、約束してやるよ」踏ん反り替えってミーナの顔も見ずに約束してしまったのが運の尽きだった。


先ほどまで項垂れていたその顔には、溢れんばかりの欲望にまみれた笑顔に獲物を見定めた鋭い眼光が光っていたのだ。気付かなかったエルを後目に、他の少年少女の目には、ミーナが獲物を見定める獣に見えていたのだった。


 ―――始まるや否や、ものの数分で一人の少女の叫び声が裏道に響く。


 二人と逃げていたエルの耳にもそれは届き、「もう捕まったのかよ。」とケラケラ笑いながら語りかけるも二人の反応はどこか鈍い。

むしろ、何かに怯えているような雰囲気を感じ取ったのか握るこぶしには汗が滲んでいた。


 ほどなくして一人また一人と叫び声が裏道に響き渡り、先ほどまで一緒に逃げていた二人も裏道の角を曲がるたびに姿を消し、そして追いついてくることはなかったのだった。


「おいおい、これで5人目だぞ?」叫び声を聞いていたエルの胸中には逃げ場のない焦りが見え始めていた。


 始まって10分程が過ぎたころ―――。

「うわ―――!」6人目の叫び声が響き渡り、エルは残されたのが自分一人であることを察した。


「・・・マジかよ。まだ15分も経ってないんじゃないか?」虚空に消えた言葉はエルの焦りを加速させる。自分だけがとり残された消失感、未だかつて無いほどの不安がエルを駆り立てるのだった。


 ブルッと身震いしたエルは気持ちを切り替える。

「よし!来るならこい!逃げ切ってやる!」

 自分を鼓舞するように呟いたエル。しかし、その後ろでは獲物を見定めた少女が眼光鋭く見つめていることに気付くことはなかった―――。



 決意も新たに気持ちを切り替えた少年に、囁くように呟いた言葉が届いた。



「エル君で最後だねー・・・。」


「どこにいるのかなー・・・。」



 背筋にゾクリと寒気が走る。すぐ後ろから聞こえた、囁くように問いかける言葉に恐怖を感じた少年は、確認も疎かに駆けだしていた。


 エルは走った、全速力で。後ろも振り返らずに、よく知る道を逃げ続ける。

 しかし、迷路のような作りの裏道も実際には先々で繋がり、逃げるエルの前にミーナが先回りして現れたのだった。

 10分間の激走、息も絶え絶えに肩で息をするエル。それを嘲笑うように先回りしては囁くように話しかけ、時には少し早めに飛び出して驚かせるようにミーナはエルを追いこんでいく。


 追い詰められているとは露にも思わない少年は、少女の手のひらで踊る。

 その場所に逃げ込むように仕向け、そして、その場所でとどめを刺すために―――。



 ―――そして時は過ぎ、ミーナのやる気を出させることに成功したエルは、思いもよらぬ結果で結末を迎えたのだった―――。


 鼻歌を歌いながら上機嫌な少女は項垂れた少年に話しかける。

「フンフフ~ン♩フンフフ~ン♬今日の~おやつは~何~に~しよ~う~かなっ♫」

 目を閉じ思い浮かべた様々なお菓子に、ミーナの顔には満面の欲望に塗れた笑顔に溢れていた。


 嬉しそうに笑顔を浮かべたミーナと呼ばれた少女。


クリーム色のロングシャツに赤土を明るくした袖のない膝下までのワンピースドレスに茶色い編み上げのショートブーツを履き、今日の戦の名残か所々に汚れが見える。


 丸みをおびた輪郭にクリッとした大きな目、その目には鮮やかな赤い瞳が輝きを放ち、薄い栗色のセミロングはくせ毛をピンク色のシュシュで一つに束ねていた。

 そこから大きく飛び出した二つの真っ白い耳が特徴的な兎人族の可愛らしい女の子は嬉しそうに話し始めたのだった。


「――濃厚なカスタードクリームのたっぷり詰まったパリパリのシュークリーム♡」


「卵と牛乳の奇跡の出会い――。キャラメルのほのかな苦みがアクセント、バニラの香りが鼻をくすぐるプリン♡」


「焦がしバターとアーモンドの香ばしいフィナンシェもコロンとしたフォルムが可愛いマドレーヌも捨てがたい―――。」


「いや、フルーツがいっぱいのったサックサクのタルトの方が―――。」


「でもでも、フワフワのシフォンケーキも―――。」


 両手を握りまるで祈るような所作に、あふれんばかりの欲望にまみれた笑顔で思い描いた菓子を次々に呟くミーナ。

 欲望のままに想像した少女の、そのにやけた口元には光るものが少し垂れていた。


 欲望を露わにした少女に少年は一言。

「また太るぞ。」


 嫌味交じりに返すエルと呼ばれた少年。白色の長袖のシャツに七分丈の黒いズボンをサスペンダーで留め、赤茶色の革靴を履いた、どこかお坊っちゃんの様な洋装の少年。

 濃い茶色のまっすぐな髪をアシンメトリーに仕上げ、シャープな目筋に鮮やかで深緑を帯びた瞳が光る。二本の飛び出た薄茶色の耳が、今は少し垂れ気味である。ミーナよりも1歳年上で、幼馴染でもある兎人族の男の子だ。



「エールーくーん!女の子に言っちゃいけないセリフだよ!」頬を膨らませプンプンと怒るミーナは続ける。

「それに、走り回ってお腹すいちゃったんだもん。」

 そう話す少女の真っ白な耳はしおしおと垂れ下がり、言葉通りその空腹が伺えた。


「じゃあまた行くのか?」

「そうだよ!あそこのお菓子が大!大!大好きなんだもん。」

 興奮するミーナにエルは「ハハハハッ――。」と苦笑いを浮かべた。

『昨日も一昨日も、その前の日も行ったんだけどな・・・。』今度は声を溢すことなく心に留めたのだった。



 そんな他愛無い話をしている内に裏道も終わりに差し掛かる、大通りのガヤガヤとした喧騒と軽快な音楽が聞こえ始め、眩しいばかりの光が裏道を明るく包み込む。

 二人はその光の中へと歩みを進めたのだった。




  町の西部に雄大に聳え立つ霊峰リヴォーラ山脈。その8000メートル級の山々は季節の移ろいを、その体を持って表していた。


  山全体を覆うように包んでいた白く深い雪は、徐々に山裾から中央部へと向かって姿を消していく。山の1/3程にまで雪が減った頃、越冬を待ちわびた草花が山の景観を色鮮やかに染めあげる。

 そして、冬の間治まる事のない、霊峰からの吹きおろしの風が落ち着きをみせ、町に春の訪れを知らせるのだった。

 山を覆うように包んでいた雪は、湧き水となって山々を下る、時を同じくして流れ出した湧き水は他を巻き込みながら成長し大河となって海へと流れ出るのだ。山のミネラルを含んだ雪解けの大河は漁業、農業、酪農と町の三大産業として町を支えるものであった。雪解けの大河から水車によって引き揚げられた水は、整備された小さな水路を下り酪農や農業用水として重宝されている。


 東に開けた三日月形の湾内の中心に流れ出る大河を、南北に挟まれるように築かれた都市は、戦が絶えなかった時代の名残を多く残し、平和になった現代において国有数の観光地として栄えたのだ。

 


 この町の名は【ポルト】、国一番の港町がこの物語の舞台である。


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