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ことの葉を愛する者  作者: タクヤの表現
4/11

変化

 夏休みの課題がたまってきてしまったので、集中するために図書館へと向かう。この殺風景な町の道も慣れたもんだ。

「あそこの家のいつもある車がない。出かけているのだろうか」

「あっちは洗濯物を取り込んでいる。大変そうだ」変態的な目線で町を見るのが癖になってしまった。気色悪いよなこんな通行人。自分で自分に嫌悪感を抱きながら自転車のペダルを踏む。真夏の日差しで、アスファルトに反射してたまった熱気が、風で俺の進路の邪魔をする。

 不慣れな運動に耐えきれず、通りがかりのコンビニで休息を取る。アイスにジュース、お菓子を手に取る。「こんなものを買うから、太っていくのだろう」また、自分に嫌悪感を抱くが、そのままレジへ向かう。イートインスペースで五分ばかし休むと、また気力が湧いてきた。

 ドアが開くと同時に襲いかかる熱気に、心折られそうになりながら、自転車へ向かう。


「何してんの?こんなとこで」


 声がして振り返ると、彼女がいた。自転車のカゴには重そうなリュックが。


「これから図書館で大学の課題やろうと思って」


「私も!やっぱり受験は夏が勝負だからね」


 少し顔が紅潮しているように見えるが、気のせいだろうか。彼女に並んでペダルを踏む。


「それにしてもだらしないな〜。こんな時期になっても、課題が終わってないなんて」


「ほっとけ。俺は小学校の頃から、宿題はギリギリにやるタイプなんだよ。

お前だってそうじゃなかったか?」


「去年まではそうだったよ。でも受験生なんだし、ちゃんとしなくちゃいけないなと思って」


 彼女は根は真面目だった。普段はおちゃらけて、毎日が楽しそうだ。だから、知り合ってから早い段階で、悲しいはずの自分の過去を、妙に明るく話す彼女の姿は印象的だった。しかし、時間には正確で、約束事もきちんと覚えているし、何より他人の感情の変化に敏感に気づく。


「はぁーやっぱり涼しいね!私の部屋にはクーラーついてないから、暑苦しくて」


「おい、静かにしろよ。まぁ、暑かったら集中できないよな。

だからって、あの大部屋で勉強するのは厳しいか」

 俺は彼女の住む施設に何度か足を運んだことがある。どれも彼女が風邪をひいて、休んだ学校の資料を届けるだけだったが。


「そうなんだよ。あそこには皆が集まってきちゃうから、うるさくってさ」


 そういうと彼女はそそくさと席に座り、問題集を開いた。俺は彼女の向かいに座り、パソコンを開く。彼女の座った姿勢はとてもきれいだ。背筋が伸びて、わずかに顎がひけて、その空間だけ絵画かのような、気品な佇まいだ。


「ねぇ、ここ教えて?」


「俺に教えられるわけないだろ。三流大学生なめんなよ」


「それでも、大学生でしょ?アイスおごるから。ね?」


「さっき食ったよ。諦めろ。」


「ケチ」


 決して勉強ができない方ではなかったが、もとから興味のあることしか勉強しない人間だった。学校のテストは良くて平均点止まりという、平凡な学生だ。今でもその性格は治っておらず、大学でも留年ギリギリということも、しばしば。

 小一時間程たっただろうか、休憩がてら俺は、ロビーへ向かった。置いてあるソファーに腰掛け、風に揺らされる木々を、ぼんやりと眺めていた。「なんとか期限中には終わりそうだな」緊張していた心が、和らいでリラックスしながら、何故か今後の人生を考える。「これから俺、どう生きるんだろうな。今してる勉強も社会にでたら、役に立たないだろうし、結局は三流大学だしな。でも、今は楽しいしな。いつかは結婚もすんのかな。大学でたら何やろうか」漠然とした不安が、急に頭をよぎった。同年代の若者達の活躍をメディアで見ても、何も感じたことなどなかったが。


「何見てんの?」


 先に休憩していたであろう彼女が、俺のスマホを覗き込んできた。


「いやな、この先の人生について考えてた」


「なに急に黄昏てんの。悩みでもあるの?お姉さんが聞きましょうか?」


 小馬鹿にしてきた彼女だが、その言葉には気遣いが溢れてた。


「大丈夫だよ、ありがとな。そういやさ、お前はどこの大学受けんの?」


「うん、結構いいとこ受けるよ。だから勉強頑張らないと」


「夢とかあんの?」

 チャンスだと思った。まだ知り得ない彼女のことを知れるんじゃないかと。


「夢か〜考えたことないな。小学生の時は、パン屋さんになりたいとか、先生になりたいとか思ってたけどな〜」


「大学では、なんの勉強すんだよ?」


「それは内緒。でも、社会に出た時、役立つ分野だと思うよ」


「そう。まっ、せいぜい頑張れよ」

 そういって俺は、コンビニで買ったペットボトルをゴミ箱に捨て、図書館へ戻った。あれ以上踏み込んで聞くと、もう彼女はなにも答えてくれなくなる。直感でそう感じた俺は、自分の興味を押し殺して、パソコンの画面と向かい合う。しばらくすると彼女が、少し目を充血させて帰ってきた。声をかけようかと思ったが、彼女はいつもの、気品のある佇まいでペンを走らせていた。今日もまた、彼女のことを知れたようで、何も分からないようだ。諦めた俺は、ただひたすらに課題に取り組むことにした。 

 日が沈み始め、景色が赤く染まり始めた頃、彼女が口を開いた。


「ねぇ、そろそろ終わりにしない?私、行ってみたい場所があるんだけど、付き合ってよ」


「報酬は?」


「一回奢り」


「OK、付き合うよ」

 彼女の気まぐれに付き合わされることも多々あるが、そのたび俺も気まぐれに付き合う。自動ドアが開き、熱風にさらされ一瞬、気分が落ち込んだが、好奇心で打ち消した。彼女と並んで自転車を走らせ、夕日が沈みかけた頃。


「なぁ、どこまで行くんだ?結構な距離きたぞ」


「もうすぐだよ」


 そういうと彼女は、立ち漕ぎになってスピードをあげた。慌てて俺もスピードを上げて、ついていく。横目で見える景色が、なんとなく綺麗な気がして振り返りそうになった時。


「よそ見しちゃダメだよ!」


 未来でも見えてんのかとほんの少しの恐怖を感じながら、「わかったよ」と生返事をして、彼女の背中を追った。高台へ向かう車輪に、精一杯力を加えながら、息を切らす。そこには、少しひらけた公園があった。


「ついた〜!!」


「お前がきたかったのってここ?」


「そうだよ!ここからの景色がとっても綺麗なんだって!」


 彼女の目が輝いているように見えた。そこから見えた景色は、なんてことない普通の、田舎の風景だ。広い田園に、ところどころに煌く家屋の電気。金色の実に月明かりが反射して、輝いていた。


「なぁ、この場所誰に教わったんだ?」

 返事がなかった。ふと彼女を見ると、言葉を失ったかのように息を呑み、目を見開いて固まっていた。俺はそっと近くのベンチに座り、彼女が落ち着くのを待った。


「ねぇ、私さ、」


「どうした?」


「私いま、ものすごく感動してる!ここから見える景色はさ絶景じゃないと思うけど、でもどこか懐かしくてさ、暖かくて、優しくて、とっても綺麗な景色じゃない?」


「うん、綺麗だな。すっげぇ田舎だけど、」

 興奮気味に行った彼女の言葉が、俺も心の奥に残ってしまった。

 それからしばらく彼女はぼんやりと景色を見て、ふと我に帰ったかのように大声でいった。


「ああ〜!!もうこんな時間!ちょっと!なんで声かけてくれなかったの!?」


「いやぁ、えらく感動してたみたいだったから、そっとしておいた方がいいかなと思って」


「門限あるんだよ!知ってるでしょ!」


 彼女は慌てて自転車にまたがり、「先に帰るから!じゃあね!」と言って帰っていった。取り残された俺は、感動の風景をしばらくみつめる。内心、綺麗だとは思うが感動するほどじゃないし、ましてや誰かに紹介するのもどうなのかと思ってしまう。きっと俺は心が汚れているんだろう。ただ純粋に、美しいと思えない人間に育ってしまったのだろう。少し落ち込みながら、ゆっくりと家路につく。


 見慣れた町の風景が、どこか虚しく思えた。朝見たものと変わらないはずなのに。空を見上げて、星を眺める。

「なにがいいんだろうな、こんなモノ」

 少しの絶望をむける。

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