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〜数日後〜
稲森の推理によって釣竿を調べた警察は、稲森の予想通り釣糸から被害者の血液やベランダの苔が付着していることを発見し、また、釣竿には被害者以外の指紋が検出されないことを確認した。結局、真美の証言以上の証拠を得られない警察は証拠不十分という形で不起訴とし、真美を解放した。
稲森と赤池は母親である中村由紀から真美の釈放の連絡を受け、中村邸にやってきていた。
「俺、真美さんを助けるってはっきり約束したのに、なんだが煮え切らない結果になってすみませんでした。結局仕事まで止めることになって……」
「そんな事ないですよ。やっぱりあんな事があって会社には居づらくなっちゃいましたけど、稲森さんには本当に感謝してるんです」
中村邸のリビングでは、稲森と赤池、真美と由紀がテーブルを囲っていた。今回の事件解決の立役者である白猫のモモちゃんは由紀の膝の上で丸くなっている。稲森と赤池は中村邸に到着すると、真美にリビングまで案内されて由紀がお茶を出したのを待って、稲森がまず謝罪を始めた。
「でも、俺。お母さんとも約束したのに……」
「そんなに気にしないでください。無実だって証明されて、こうして家に帰ってこれたのはやっぱり稲森さんのおかげなんです。だからもう謝らないでください」
「そうですよ。稲森さんは私の依頼をきちんと果たしてくださったじゃないですか、もっと胸を張ってください。そうだ!ケーキがあるんです。ぜひ食べていってください」
中村邸のリビングは、一人だけお通夜ムードの漂う稲森を慰める形で、真美、由紀の二人が仕切りに感謝を告げていた。そして真美が稲森に謝罪をやめるように告げると由紀が冷蔵庫からケーキを取り出し四人の前に置いた。ケーキは苺がふんだんに使われたショートケーキだった。
「遠慮せず、どうぞ。コーヒーか紅茶も淹れましょうか?」
「ありがとうございます。コーヒーを戴いても良いですか?」
「ありがとうございます。私もコーヒーをお願いします」
「お母さん、私も手伝うよ」
ケーキを配った由紀を追いかけて真美もリビングのすぐ横のキッチンに行った。真美と由紀がカップを二つずつトレイに載せて戻ってくる。稲森と赤池にはコーヒーを自分たちにはポットに紅茶を入れて蒸らしている状態のものと空のカップを二つ。砂糖瓶とクリープを持って戻ってきた。
「さ、食べましょう」
由紀が促し自ら最初の一口目を食べる。それに続いて三人もケーキにフォークを入れた。
「美味しい!これ正解だったね!お母さん」
「本当に美味しいです!ありがとうございます!」
真美や赤池が感想を口にする。ケーキは苺と生クリーム、スポンジだけのシンプルな作りだったが、たくさん使われた苺の味を生かした甘すぎないクリームや絶妙な柔らかさのスポンジに男の稲森も思わず溜め息をついてしまう美味しさだった。
「ところで稲森さん?」
食べながら真美が稲森へと話しかける。
「私、今回のことで仕事辞めちゃって、新しい職場を探してるんです。稲森さんは助手の募集はしてないんですか?」
「は?」
「え?」
真美の突然の言葉に二人は同時に間抜けな声を上げる。
「いやいや、うちなんて俺が食べるだけでも精一杯なんですから!助手を雇う金なんてありませんよ!」
「そうですよ、真美さん。こんな奴のところ、いつ潰れるかわからないですよ。それに必要な時には私もいますから」
「でも、赤池さんは隣のお蕎麦屋さんの方なんですよね?」
「そ、それはそうですけど……」
「私、女性の依頼人さんとかは女性相手じゃないと依頼の内容を話しづらい人とかもいると思うんです。今回のことで探偵さんにはお世話になったし、本当に感謝してるのでお手伝いさせてください」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、本当に情けない話うちには金がなくて」
「あら、それならこれから一緒に頑張っていきましょっ!」
真美の勢いに押し切られて、結局、稲森探偵事務所は低賃金、副業可の条件で助手を雇うことになった。稲森はどことなく赤池の真美を敵視しているような視線と優越感を持ったような眼差しで赤池を見つめ返す真美の視線を感じ借りてきた猫のように萎縮し縮こまっている。果たして稲森探偵事務所はこれからどうなっていくのか——。
ともあれ、これまで迷い犬、迷い猫の捜索、たまに浮気調査ぐらいしか仕事のなかった稲森探偵事務所初の凶悪事件は無事解決に終わったのだった。
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