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稲森探偵事務所〜ぐうたら探偵とおせっかい女将の事件簿〜  作者: 伊佐谷 希
第1話 猫は殺人事件の真相を暴けるか
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 〜金曜日〜


 稲森は午前中電話をかけ、三神警部補をくだんの事件現場に呼び出していた。現場に集まったのは、稲森と赤池、真美の母である中村由紀、それから三神奈緒警部補と付き添いの刑事の計五人だった。


 「で、電話では散々食い下がってきてたけど用件はなに?真犯人がわかったとでも言いたいのかしら?」


 開口一番、三神は稲森に噛み付いた。三神の言うように、稲森が三神の名刺を見て直接電話をかけた際、


 「事件に首を突っ込むなって言ったよね。あまつさえ、この私を呼び出すなんて何考えてるの?」


 と、三神は稲森に言い放っていた。しかし、稲森はなんとか食い下がり無理やり三神を呼び出していた。そのため三神は初めから不機嫌だった。


 「今回ここに集まってもらったのは、この家で起こった事件で真美さんが犯人と断定するにはまだ早いと思ったからです。これからその根拠を説明します」


 「稲森さん、それは本当ですか?」


 稲森の言葉を受けて由紀がすがるように言った。赤池や三神も驚きと戸惑いと疑いの混ざった視線を向けている。


 「そもそも今回の事件の発端には何があったのか。被害者の宮城さんと容疑者の真美さんの勤めていた会社で聞き込みをしたところ、真美さんは宮城さんに執拗に言い寄られて悩んでいたことがわかりました」


 「それは警察でも知っています。事件のあった夜、事情を知らなかった同僚が悪ノリしたことも含めてね」


 「そしてあの事件が起きましたが、事件については、真美さんの証言と警察の話に食い違いがあります」


 「目撃者不在で、容疑者の証言と現場に残された形跡から真相を導くしかないからでしょ?証拠を無視して容疑者の言葉をすべて鵜呑みにすることはできないわ」


 「では、その証拠が作られたものだとしたらどうですか?」


 「どういうことかしら?犯人は他にいるって言いたいの?」


 稲森の周りくどい話し方にしだいに三神が苛立ち始める。しかし、その苛立ちは三神だけに限らない。


 「圭一、つまりどういうことなの?」


 稲森側の人間であるはずの赤池にまで呆れられてしまった。しかたなく稲森はよくドラマや小説で見るような探偵っぽい言い回しをやめて普通に話し出す。


 「三神さん、真美さんの指紋はどこから出たんですか」


 「——どういうこと?」


 「言葉の通りです。真美さんの言葉を信じるなら、花瓶の破片と入口のドアノブについてるんだと思うんですけど、どうですか?」


 「指紋は確かにその二箇所からだけ出ているわね」


 「それって、おかしくないですか?」


 「何がおかしいの?」


 「だって、警察の話だと真美さんは宮城さんを殺害した後、ドアの鍵を閉めて、窓から外に出たってことでしたよね。通行人とかと鉢合わせしないように。花瓶から出てきた指紋も拭き取り漏れだって言ってた。それってつまり自分の痕跡を消そうとする行為のはずなのに、花瓶の破片はともかく、なんでドアのつまみの指紋や窓の指紋は拭き取ったのにドアノブは拭き忘れることになるんでしょう?鍵のつまみを拭けば絶対に目につくものだと思うんですけど」


 「——それは、気が動転してれば、そういうこともあるんじゃないの?」


 「可能性を全否定はできないけど、やっぱり不自然だと思います。状況から考えると真美さんの証言通り、真美さんは宮城さんに襲われて身を守るために、手近にあった花瓶で反撃をしたけど、そのあとすぐに立ち去ったと見るべきじゃないですか?」


 「じゃあ、あなたは誰が犯人だっていうの?被害者の頭には二箇所殴られた傷があって、そのうち致命傷となったのは後頭部をかなり強い力で殴られたものなのよ」


 「そこで事件の鍵になるのが、この釣竿です」


 そう言って、稲森はその場にいる四人に自分のスマホで撮影した写真を見せた。


 「あんたいつのまにこんな写真を…」


 「それは今は言わないでください。とにかくこの部分を見てください」


 稲森がそう言って指差す先、スマホ画面には、うつ伏せに倒れる被害者の側から窓に向けて撮られた写真が映し出されたいる。その写真は手前に靴下を履いた被害者の足の裏が写っていて、奥側には薄く開いた窓、その開いた窓のすぐ脇には乱暴に釣竿が置かれていた。また、開いた窓のさらに奥にはこの家の二階にまで届く木が見える。


 「最初に事件現場を見た時から、この釣竿は気にはなってたんです。これが何かわかりますか?」


 「リールじゃないの?」


 稲森の質問に赤池が答えた。稲森が続ける。


 「ああ、リールだな。でもこれ電動なんだ」


 「それがどうしたの?」


 今度は三神が質問を述べる。稲森はその質問に答えずスマホで次の写真を見せる。


 「今度はこの写真を見てください」


 「あ、これ、モモちゃんを見つけた時の?」


 「ああ、この窓の正面に立ってるこの木の写真だ。こっちが枝をアップにした写真なんだけど、これが何かわかるか?」


 「釣り針かしら?」


 赤池が昨晩のことを思い出しながら写真を見て言った。三神や付き添いの刑事はすぐに傍に立っている木の枝を確認する。


 「確かに釣り針が刺さっているわね…」


 三神が違和感を持って困惑の表情で呟いた。稲森はここが勝負どころだと判断する。


 「俺はこれを見つけたからみんなをここに呼び出したんです。俺の推理を聞いてください」


  ◇  ◆  ◇


 稲森はスマホをしまい、現場に集まった稲森のほか四人の目をそれぞれ順番に見つめた。順番の最後だった赤池は稲森と目が合うと軽く顎を引いた。真相を話そうとしているのは稲森であるが、その様子から赤池の緊張が伝わってくる。稲森はそれを真っ直ぐ受け止め、同じように顎を引いて返すと、全体に視線を移し自身の推理を話し始めた。


 「今回の事件の犯人を話す前に、今みんなと確認した事実からわかるトリックの説明をしたいと思います」


 そう言うと稲森は自分で準備してきた電動リールの取り付いた釣竿と軽い木の角材を取り出した。


 「現場のものを使うわけにはいかないと思うんで準備してきました。この角材は凶器になった花瓶だと思ってください。三神さん、トリックの説明のために家に入りたいんですが……」


 「——ったく、しょうがないわね。鍵開けてやって」


 三神は付き添いの部下の刑事に命じ、事件現場となった家の鍵を開けさせた。


 「ありがとうございます。さっき見せた写真の通り、窓を開けて、窓際に竿を置いておくんですが、この家の中でもう一箇所見るべきところがあるんです」


 稲森はリビングを出て廊下へ向かった。他の者たちもその後についていく。


 「まずは釣竿も持って二階に行きましょう」


 二階に着くと、稲森は階段の出口から二階の部屋の配置を確認し、ちょうどリビングの真上の位置に来る部屋に入っていった。その部屋自体は荷物の少ない一人暮らしで持て余してしまっているのか、窓際に洗濯物を干すためのハンガーラックが置かれていたり、布団バサミなどが置かれて、壁際には本棚と釣りの道具が少し置かれているのみだった。ハンガーラックの置いてある窓の外は一部が鉄柵で飾られたベランダに続いている。


 「ああ、やっぱりだ。みんなもここを見てください」


 稲森はベランダに出ると、鉄柵の足の部分を見て予想的中といった見事なドヤ顔を決め、他の者たちにも確認するように促した。鉄柵の足を確認した三神が言う。


 「多少苔とかがあって汚い以外は、特におかしな部分は無いと思うけど」


 「その汚れた部分を良く見てください。何かが削ぎ取られたようになってますよね」


 「——確かに」


 「つまり、この事件はこういうことだったんです」


 稲森は持ってきた釣竿の糸を十分に伸ばすと、釣竿に糸の先を結び付けて大きな輪っかを作り、糸の一部をベランダの外側から鉄柵の足に通した。鉄柵に通した後で、取り敢えずは仮結びと糸の一部に凶器に見立てた角材を結ぶとゆっくりとそれらから手を離した。釣竿と角材はベランダの外側で鉄柵の足に糸が引っかかって吊られた状態になり、庭の地面に着地した。


 「これで二階での準備は完了です。一階に移動しましょう」


 一同は稲森の後に従って庭に移動した。


 「ここからが難しいんですけど、この仮結びした凶器を持ってあの木の釣針の刺さってるところに行きます。釣針に余ってる糸を通して手で引っ張って、糸がしっかりと張るようにしながら凶器の位置を調整してやると……。ほら!見てください」


 「あっ!」


 「こんなことがっ!?」


 稲森の作業のあとを見て、一同が驚愕の声を上げた。糸がたるまないように手で調整しながら位置を調整された凶器の角材は木の枝と釣針を通してストッパーのように張られた糸に引っかかり、不安定な状態ながらも木の上に固定されていた。釣針に引っ掛けられた糸の端は稲森が持っているが、その手を話すとストッパーがなくなり、凶器がベランダの鉄柵の足を振り子の支点として、階下のリビングの開かれた窓に向かって、振り落とされる状態となった。


 「つまり、あなたは犯人はこうやって宮城さんの頭を殴ったと言いたいわけ?でも、こんな大掛かりな仕掛け、いくらなんでも少しでも動ける状態なら避けられるんじゃ無いかしら。それにこのたくさん伸ばした糸はどうなるの?」


 三神が言う。稲森が答える。


 「だから電動リールなんです。糸がたるまないようにしっかり伸ばしながら、リビングの中に入り開いた窓に後頭部を向けておく、糸の先を釣り竿から外して糸の先を自分の手で持つ、電動リールで巻き取りをスタートするのと同時に、手から糸の先を離す。そうすると——」


 言いながら、稲森がその通りに行動する。糸の先が離され、ストッパーを失った角材が稲森の後頭部目掛けて振り子の原理で振り落とされた。稲森はすかさず振り向いて角材をキャッチすると、


 「本来ならここにはガラスの花瓶がつけられていて、宮城さんの頭に当たった衝撃で割れていましたよね?」


 そう言って角材を糸から取り外した。こうして途中に異物がなくなり、まっすぐな一本の糸になった釣糸は電動リールに巻き取られて、稲森の足元に転がっている釣竿に収まった。


 「これが、この事件の一部始終です。現場にあったあの竿を調べれば糸から花瓶が衝突した際に付着したであろう宮城さんの血液や二階のベランダの苔が出てくると思います。そして、こんな大仕掛けで人殺しを実行したのは恐らく宮城さん本人だと思います。動機はわからないけど、好きだった真美さんに振られて、酒の勢いで襲ってしまったことを後悔してとかそんなことかも知れませんね……」


 「鑑識に連絡して……」


 三神が部下の刑事に指示すると、刑事は一同のいる庭から離れた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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