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稲森探偵事務所〜ぐうたら探偵とおせっかい女将の事件簿〜  作者: 伊佐谷 希
第1話 猫は殺人事件の真相を暴けるか
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-7-

 〜木曜日〜


 「あんた、最近いっつも出かけてるけど何してるの?」


 赤池が稲森探偵事務所に顔を出し、真美と面会をするため真美が収容されている刑務所へと行く準備をしていた稲森に赤池は言った。


 「そんなことになってたの!?私も一緒に行ってもいい?」


 「いや、でも…」


 「行くの!」


 「——わかったよ」


  ◇  ◆  ◇


 稲森と赤池は、途中で真美の母である由紀と合流し三人で南城警察署を訪れた。面会の申請を済ませると待合室に案内された。

 稲森が警察署にやってきたのは免許の更新以来だった。探偵をやっている割には警察署の雰囲気にも馴染めず落ち着かない。しかし、落ち着かないのは赤池も同じようだった。


 「稲森さん」


 女性警察官に声をかけられた。いよいよ面会が始まる。三人が案内された部屋に入るとそこは刑事ドラマなどでよくみる穴の開いたアクリル板で仕切られた作りになっていた。


 「面会室って本当にこんな感じなんだね」


 赤池が小声で言った。稲森も面会室には初めて入ったので、赤池と同じように感心していたが、探偵を名乗っている以上、知らないと思われるのが恥ずかしいと思い、当然だろというふうな顔をしてごまかしていた。席に座って待っていると、アクリル板の向こうの扉から真美が部屋へ入ってきた。


 「稲森さん、それに赤池さんも。今日はありがとうございます」


 「真美さん、私こんなことになってるなんて知らなくて…」


 赤池が真美を心配して口早に話し始めるのを稲森がとめる。


 「みずき、悪いけど時間が限られてるんだ。真美さん、真美さんの同僚の方達から話を聞かせていただきました。単刀直入に聞きます。先週の金曜日、宮城さんと何があったんですか?」


 真美は少し躊躇ったが、由紀が自分が稲森に依頼したと伝えると、一度目を瞑ったあと、ゆっくり口を開いた。


 「あの日、歓迎会で酔い潰れた宮城さんを私が家まで送ったことは聞いてるんですよね?私は一緒にタクシーで宮城さんを玄関まで送ると、家まで近くなので歩いて帰りました」


 「本当にそれだけですか?それでなんで逮捕されるんですか?」


 「あの…」


 「真美さん、言いづらいことなら無理して言わなくても…」


 「いえ。あの日、宮城さんを玄関まで送って帰ろうとしたところ、急に後ろから抱きつかれたんです。ずっと好きだったって言われて無理やり部屋まで引っ張り込まれて押し倒されたんです。上から体を押さえつけられて。私、怖くて…。手近にあった花瓶で宮城さんを殴って、そのまま逃げたんです」


 稲森も赤池も何も言えず、真美の言葉に耳を傾けていた。


 「——ずっと、宮城さんにストーカーみたいなことをされていて。でも、同じ職場だし、実家も知られてるし、私、怖くて…。宮城さんにちゃんとやめて欲しいとも言えなくって」


 そこまで言うと真美は力尽きたように俯いてしまった。稲森が口を開く。


 「話はわかりました。辛かったですよね。怖かったですよね。でも、聞かせてください。真美さんが殴った後、宮城さんはどんな様子でしたか?」


 「呻き声をあげたとは思いますけど、怖くてすぐに逃げてしまったので、よく覚えていません」


 「真美さんはどこから逃げたんですか?」


 「——? 玄関からですが」


 「警察は何か言ってましたか?」


 「警察は私が殴った後に放置したから死んだんじゃないかって言っています。それにかなり強い力で殴ってるって、正当防衛の範囲を超えてるって言われました。私が嘘をついてるって言われもしました」


 「な!?警察はあなたがやったと決めつけてるってこと?」


 由紀が言った。真美は何も言えずに俯いてしまう。


 「でも、真美。あなた最初に警察の人が来たとき、そんなこと言ってなかったわよね」


 「まさか、こんなことになってるなんて思わなくって、怖かったし、誰にも聞かれたくなくて言えなかったの」


 真美の目から大粒の涙が落ちる。時間です。と立ち会った刑事に告げられ、面会が終了した。警察署を後にし、三人は近くのファミレスに入った。


 「多分はじめに嘘をついたのも、まずかったんでしょうね」


 「殴ったあとの状況を覚えてないのもなんとも言えないな。本当に警察の言う通り放置したせいで死んだのかもしれないし」


 「稲森さん、真美は人殺しなんてできる子じゃありません」


 「すみません、あくまで可能性の話です。やっぱり一度現場を見たいな」


 「今日、夜にでも行ってみる?」


 「最近は警察も現場にあまりいないみたいだから、中を見られるかもしれませんね」


  ◇  ◆  ◇


 木曜日午後三時過ぎ。学校が終わった児童たちの帰宅姿が見られる住宅街の一角、殺人事件の現場となった住宅の前に稲森と赤池は来ていた。由紀から聞いたとおり刑事の姿は見えなかった。


 「別にみずきは来なくても良かったんだぞ」


 「私だって真美さんのこと心配だもん。それに調査するなら人数多い方がいいでしょ?」


 「好きにしろよ」


 二人は門を潜り、家の玄関を開けようとするが鍵がかかっていた。庭の方に回ってもみたが、窓も鍵が閉められカーテンが閉められていた。


 「やっぱり中には入れないか」


 「あんまり来た意味なかったかな」


 「まあ、中の写真は撮ってあるからな。せっかく来たし、周りの状況だけでも調べておくか」


 二人は仕方なく外からあたりを調べてみた。リビングの開いていた窓の正面には背の高い木がある。リビングの上には庇のように迫り出したベランダがあるようだった。


 「あれ、圭一。木の上にいるのって…」


 「あっ!モモちゃん!また来てたのか」


 「あれも依頼の一部でしょ?捕まえましょう」


 木の上から降りてこないモモちゃんを稲森が登って捕まえることとなった。モモちゃんは二階のベランダと同じぐらいの高さにある枝まで登り、降りられなくなってしまったようだった。仕方なく稲森は木を登りモモちゃんに慎重に手を伸ばす。


 「捕まえた。みずき、手伸ばしてくれ」


 稲森は木の上から赤池にモモちゃんを手渡した。モモちゃんは少し暴れたが、今は赤池の腕の中で落ち着いている。


 「痛っ!?」


 稲森が木を降りようとしたところ、指に引っかかるものがあった。


 「釣り針?どうしてこんなところに?」


 見るとモモちゃんのいた枝に釣り針が不自然に刺さっていた。稲森はこれも写真に納めた。


 「あなた達!何やってるの!?」


 「えっ?あ、うわっ!」


 「きゃあああっ!」


 突然の怒声に、稲森はびっくりして木から落ちてしまった。それを見た赤池と怒声の主は同時に悲鳴を上げた。


 「いてて。あれ、三神警部補?」


 「なんともなさそうで良かった。けど、あなた達、ここで何してたの?」


 「私達、真美さんの無実を証明するために現場を調べてたんです」


 「おい、みずき!」


 「正直にどうも。でも、あなた達がやってることは不法侵入よ」


 「でも、私には真美さんが人を殺したなんてどうしても信じられないんです」


 「こんなことを繰り返されちゃ堪らないから特別に教えてあげる。被害者の頭にはふたつの鈍器で殴られた傷があるの」


 「ふたつ?」


 稲森が聞き返す。三神が続ける。


 「そう、ひとつは証言どおり襲われた状況から逃げるために殴ったかもしれないけど、もうひとつは分厚いガラスの花瓶が割れるほどの強さで殴られてる。一回目の殴打で無抵抗になった相手に殺す意思を持って殴らなきゃ、ああはならない。割れた花瓶からも指紋が出ているし、少なくとも正当防衛の範囲は超えているわ」


 「でも、真美さんは襲われた時に殴ったけど、そのあとはすぐに玄関から逃げたって言ってましたよ」


 「それは嘘かもしれない。玄関には鍵がかかり窓が開いていたよね。人を殺してしまった人がいくら深夜とはいえ、人目につくかもしれない玄関から出るとは考えにくいと思うの。窓から庭に出て、こっそり抜け出したんじゃないかしら」


 「そこまでしたのに、花瓶の指紋は拭かなかったんですか?」


 「かなり粉々になっていたから、拭かれずに漏れてしまったものもあったんじゃないかしら。とにかく、あの子が犯人だって証拠は揃っているのよ。わかったら探偵ごっこはもう終わりにしなさい」


 「探偵ごっこ?」


 稲森の雰囲気がそれまで一変する。その顔には隠す気もないほど怒りの表情が浮かんでいた。しかし、稲森は抑えきれない怒りを飲み込み、口調は務めて穏やかに「失礼しました」と言って、その場を後にした。


  ◇  ◆  ◇


 「何よ、あの女。マジでムカつく」


 稲森と赤池の二人は、中村邸に寄りモモちゃんを由紀に渡すと、蕎麦処あかいけに帰ってきていた。由紀はモモちゃんを保護できたことは素直に喜び、その分も報酬も真美に変わって支払おうとしてくれたが、稲森はそれを「真美さんの無実を証明して、真美さんから直接受け取る」と言って断っていた。

 時間は午後九時過ぎ、すでに閉店している蕎麦屋で赤池は三神の悪口を言いながらヤケ酒している。稲森も怒りはあったが、それを真相究明して見返してやると言う方向のエネルギーに変えていた。


 「それにしても、さっきのあんた、ちょっとだけ格好良かったよ。頑張ってね。今日は私の奢りだから、あんたも飲みな」


 「おまえ、相当酔ってるな…。でも、ありがとう」


 稲森がふと見ると、赤池の母親が閉店作業のため、ブラインドを下げているのが見えた。ブラインドの端に垂れている紐を少し引っ張ると、ブラインドがザーッと下に落ちていく。それを設置された窓ふたつ分繰り返していた。


 「ん、待てよ? もしかして…」


 「え?なに?何かわかったの」


 「ああ、多分あってる。これしかない」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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