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南城駅前から、国道に出て東に二十分程行くと、左側に某大手ショッピングモールが見えてくる。そこは食品や日用品から、雑貨や衣類、本屋に映画となんでも揃った三階建ての建物を三つ繋げた巨大施設だ。道を挟んだ向かい側にも同社が経営する二階建ての商業施設があり、そちらには青いペンギンのキャラクターが目印の某巨大雑貨店や某百円均一ショップ、アウトドア用品店が並ぶ。
最近、近隣に同じようなショッピングモールが乱立しているが、ここはニュータウン造成の頃にいち早く建てられた施設で今も平日、休日を問わず田舎者たちで賑わっている。南城市民も例に漏れず皆利用しているが、残念なことにこの施設は隣接する『西牧市』に設置されている。しかもこの建物に接し、今、稲森たちが走っている国道と直角に交わっている道路が市境なのである。中にはこの建物が南城市唯一の娯楽施設と思っている者もいるかも知れないが、南城市民がいくらここにお金を落としても、南城市が潤うことはない。
さて、稲森たちは国道を左折し、某ショッピングモールを右手に見ながら、この市境の道路を北へ進む。五百メートル程進むと十字路があり、ここを左折すると景観の整った住宅街が広がる。ニュータウン計画により造成が始まり、中途半端に整備が終わってしまったこの地は、ど田舎町の南城市にあって、まるで表参道や白金台を思わせるようなインターロッキングの広い歩道に、住人たちが腰を落ち着けられる広場があり、その広い歩道から保育園や小中学校、病院などにアクセスできるように整えられた南城市随一の都市部だ。その南城市っぽくない景観から、ここの住人たちの中には他市の者に出身地を伝える際に、隣の西牧市民と名乗る者も少なくないという。(本当だろうか…?)
街は陽気な日曜日の昼下がり。広い歩道では小学生たちが友達と駆け回って遊んでいた。まもなく午後三時を迎える。
◇ ◆ ◇
「ここが私の家です」
閑静な住宅街の一角に中村邸はあった。
(意外に普通の家なんだな〜)
——と、赤池は思った。整った景観やそこに住む者たちを揶揄する新住民などの言葉に、赤池は、ここはいけ好かない金持ち達の住む場所だと思っていた。しかし、それはイメージだけであり、実際に案内された家は、赤池の家と変わらない質素な二階建ての住宅だった。
「あ、真美。おかえりなさい。その方達が…?」
「うん。モモちゃんを一緒に探してくれる探偵さん。稲森さんと赤池さん」
「どうも、探偵の稲森と申します」
中村邸から出てきた年配の女性に、稲森が名刺を差し出す。女性はその名刺と稲森の顔に視線を行き来させると——。
「真美の母の『中村《なかむら』由紀』と申します。主人は留守にしておりますが、モモちゃんをよろしくお願いいたします」
挨拶をすませると、由紀は家の奥に引っ込んでいった。真美がモモちゃんが脱走したときの状況の説明を始める。なんでも一昨日、新入社員の歓迎会でたっぷり飲んだ真美が酔っ払って玄関で寝ながら、猫のモモちゃんと遊んでいたらしい。酒を飲んで体温の上がった真美が酔い覚ましに玄関のドアにつっかえを挟み、軽くドアを開けて酔い覚ましをしていたところ、そのまま寝てしまい、気づいた時にはモモちゃんはいなくなってしまっていたとのことだった。
「うーん。つまり、どこにいったのか手がかりはないってことか…。真美さんはどこを探したんですか?」
「母と二人で近所は探してみました。道沿いの花壇とか広場とか公園とか、学校には入れなかったですけど、外から校庭も覗いてみたんですけど…」
「そうですか。とりあえず私もこの近所から探してみたいと思います。モモちゃんの好きなおやつとかおもちゃはありますか?」
「用意してきます」
そう言って真美が家の中に入っていった。入れ替わりに母の由紀が現れる。
「あの子ったら、家にもあげず玄関先で立ち話をさせてすみません。お茶を入れたので中へお入りください」
「ありがとうございます」
由紀に促され中に入り、客間で稲森と赤池がお茶を飲みながら待っていると、程なくして真美が現れた。
「どうぞ」
差し出されたのは、猫が発狂したように食いつくかの有名なゲル状のおやつ『○ュール』と世界一有名な二足歩行のネズミ『○ッキー』のぬいぐるみだった。稲森はその二つを受け取ると、茶の礼を言い席を立つ。
「よろしくお願いします」
真美と由紀の二人に玄関まで見送られ、稲森と赤池の二人はモモちゃんの捜索を開始した。
「それにしても、猫ってどんなところにいるもんなんだ?みずきはわかる?」
「私も猫は好きだけど飼ったこととかないし、わかんないよ」
「真美さん、近所はひと通り探したって言ってたけど、俺ら土地勘もないし、とりあえずここら辺からぐるっと探してみるしかないかなー」
◇ ◆ ◇
時刻は午後六時を過ぎ辺りが暗くなり始める。二人があてもなく彷徨っていると、目の前を素早く走り、正面の垣根の隙間に消える白い影が横切った。
「今、なんか見えたような…」
「モモちゃんかも!早く!急いで!」
赤池に腕を引っ張られ、稲森は無理やり走らされる。走った距離は五十メートル程だが、運動不足の稲森は息が苦しくなる。
——ピンポーン
赤池がインターホンを押した。しかし反応がない。もう一回押してみるが、状況は変わらない。
「——失礼しまーす」
誰に言うでもなく口にすると、赤池はそっと門を潜った。稲森もそれに続く。それから二人は白い影の入っていた庭の方へ向かう。
「あそこ、ちょっとだけ窓があいてる…。あっ!」
赤池が稲森の方を叩きながら窓の方を指差す。稲森がそちらに目をやると白猫が窓の隙間から顔を出しているのが見えた。すぐに写真と見比べてみる。
「似てるな」
「おもちゃとおやつ出して」
赤池は稲森から○ッキーのぬいぐるみを受け取ると、おいでおいでと揺らせて見せる。白猫が興味を示して近づいてきたので、稲森も○ュールを開けて白猫の方に向ける。そして——。
「捕まえた。圭一、写真撮って!真美さんに見てもらお」
「おいっ、みずき…」
「何?——ひっ!?」
白猫の正面にいた赤池は始め気付くことができなかったが、稲森の神妙な言葉を不審に思い白猫をよく見てみると、その身体に赤い液体がべったりとついていた。
「怪我してるの?」
「その割には、なんともなさそうにしてるけど…」
白猫は身体についた赤い液体の量の割にピンピンとしている。
(こいつの怪我じゃないなら、この液体はなんだ…?)
そう思った稲森が、白猫が出てきた窓に近づき中を覗いてみる。そこには——。
「うわっ!?」
「何?どうしたの?」
「おまえは来るな!きゅ…救急車、いや、警察に連絡だ!」
覗き込んだ窓の中、電気のついていない薄暗いリビングの中央では、フローリングの床にうつ伏せに倒れた人影が見える。その人影の下には赤い水溜りができていた。
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