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(綺麗な人だな…)
赤池は依頼人の女性を見て思った。
見たところ年齢は自分よりもやや年上、三十歳ぐらいだろうか。胸元まで伸ばしたストレートの黒髪は艶とハリがあり、一本の白髪もなく美しく輝いている。少し痩せすぎなのか頬がこけて見えるが、大きな猫目に形の整った鼻、ぷっくらとした唇に女性である赤池も見惚れてしまう…。
「おいっ…。おいっ…!」
稲森がぼーっとしている赤池に小声で呼びかけながら、肘で脇腹のあたりを小突いている。赤池がハッとして稲森の方を見ると…。
「馬鹿みたいに、よだれ垂らして惚けてるんじゃない。あいさつ!」
そう小声で言われ、慌てて自己紹介する。
(でも、よだれは垂らしてないもん!)
赤池は少しだけ頬を膨らませて、二人に気付かれないように稲森に抗議した。
「それでは、あなたのお名前とご年齢、配偶者の有無を教えてください」
稲森が依頼人に問いかける。それを聞き、赤池は隣に座る稲森の額にフルスイングでビンタを喰らわせた。
「年齢と配偶者聞いて何の意味があるの!?真面目にやりなさい!!」
(まったく、この男は…)
赤池は大きなため息を吐くと、罰が悪そうに頭を掻きながら依頼人にペコリと頭を下げた。恥ずかしくて依頼人の顔が見られない…。
「気を取り直して、あなたのお名前とご相談の内容を聞かせていただけますか?」
まるで何事も無かったかのように稲森が質問する。
(図太い男だな…)
赤池はもはや呆れるのも通り越して感心してしまう…。
「あ、あの…。よろしいでしょうか…?」
二人のコントのようなやりとりに依頼人は来る場所を間違えたと言わんばかりの表情で話し始めた。
◇ ◆ ◇
「私は『中村真美』と申します。今回ご相談させていただきたいのは、こちらです」
そう言って中村は一枚の写真を机の上に置いた。そこには足の短い一匹の白猫の姿が写っている。
「可愛いー!マンチカンですよね!名前はなんて言うんですか?」
「ありがとうございます。モモちゃんと言います」
「えっ?で、なんですか?」
はしゃぐ赤池の隣で、稲森は冷静に依頼内容を確認する。
「実は、一昨日の夜、私の不注意でモモちゃんが家から逃げ出してしまって…。すぐに探したんですけど見つからなくて…。今まで、ずっと室内で飼ってたから…。きっとお腹を空かせて、怯えてると思うんです!」
「えっと…。ご依頼は迷い猫の捜索ですか?」
「はい。お願いいたします」
そう言って、中村は稲森に向かって頭を下げる。稲森は腕を組み僅かな時間何かを考えたあと、中村にこう告げた。
「いいですか。探偵への依頼料というのは決して安いものではありません。モモちゃんが見つかる見つからないに関わらず、私に依頼した時間や日数分に応じた人件費や経費をいただきます。それに加えてモモちゃんが見つかったあかつきには、成功ほ…」
「黙れ、この大馬鹿!!」
赤池が稲森の言葉を遮り、その口に向かってフルスイングでビンタを喰らわせた。まともに喰らった稲森は口元を手で抑え悶絶している。
「大変失礼いたしました。かわいい家族が行方不明になって心配ですよね。心中お察しいたします。この件、どうぞ稲森探偵事務所にお任せください」
「よろしくお願いいたします」
そして一通りの事務手続きを終えると、猫がいなくなったときの状況は現場で説明を受けることにして、稲森たちは事務所の戸締りを行なった。依頼人を道路脇で待たせ、稲森は月極駐車場に停めている自家用車を取りに行く。
「ちょっと来い!」
赤池は稲森に腕を掴まれ一緒に車に連れて行かれる。その道中——。
「勝手なことすんなよ!大体おまえはうちの所員でもなんでもないだろ!」
「何よ!あんた誰のおかげで探偵事務所が続けられてると思ってるの!?さっきも断ろうとしてたでしょ!?働きなさいよ!」
「猫なんて待ってりゃそのうち帰ってくんじゃねえの?俺にふさわしい事件は他に…」
「いい加減にしないと怒るよ」
「久しぶりの仕事だ!頑張るぞー」
この二人。上下関係は完全に赤池が上だ。それは金銭面の話だけではない。子供の頃から探偵小説好きの半引きこもりだった稲森に対して、赤池はソフトボールで県内でも名が知れた選手だった。昔から何かにつけて面倒くさがる稲森を、赤池はいつも最後は腕っぷしで従わせていた。
「お待たせいたしました。それでは現場に向かいましょう」
稲森は運転席、赤池は助手席に座ると、道路脇で待っていた中村を迎えに行き、後部座席に案内する。
三人は一路、中村邸に発進するのだった。
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