表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

第2話8

 「ふざけるなっ!!」長谷川が顔を真っ赤にして稲森に詰め寄る。


 「探偵だかなんだか知らないが、滅多な事を口にするもんじゃないぞ!」


 と、長谷川は今にも稲森に掴みかかりそうな勢いで近づいていく。大柄の長谷川に詰め寄られて稲森は思わず佐伯刑事の後ろに隠れた。佐伯は少々呆れながらも、まあまあと言って長谷川を落ち着かせる。三神もやれやれと言った風に頭を抱え、真美は探偵の情けない姿に顔から火が出そうになった。

 三神、佐伯が稲森と第一発見者の間に立って、稲森に説明の続きを促す。

 稲森は、コホンとひとつ咳払いをし、羽織ったジャケットの襟を両手で直して気を取り直すと、「それでは——」と説明の続きを始めた。


 「当日の二人の服装を聞いたところ、二人とも靴の一足ぐらい持ち運べそうな大きなリュックサックやトートバッグを持っていましたよね。でも、現場の状況から容疑者は一人に絞れるんです」


 「私じゃないですよ!」と、畠が言った。


 「俺でもないぞ!!」と、慌てて長谷川も言う。長谷川は先程稲森にキレてからもはや敬語を忘れ去っていた。


 「今までの話だと、犯人は宏行の靴を履いて家を出ていったのよね。身長的に考えると、大柄な長谷川さんには宏行の靴は履けないんじゃないかしら?」と、三神が言った。


 長谷川は心強い味方を得たとばかりに三神のことを指差しながら「そうだよ!俺にそのトリックは使えない!!」と声を張り上げた。しかし————


 「別にちゃんと履けなかったって、踵踏んで履いても同じように歩けるでしょ!?」と慌てて畠が言った。佐伯刑事の「確かに……」という反応を見て、もう一人の警察を自分の味方につけようと猛アピールしている。そんなやりとりを黙って見た後で稲森が説明を続けた。


 「宏行より少し身長の低い畠さんは宏行の靴を確かに履けるでしょう。さっき話に出た通り踵を踏めば宏行より身長の高い長谷川さんも靴を履くことはできるでしょう。でも実際やってみるとわかると思いますが、踵を踏んだ状態で後ろ向きに歩くってのは普通の場所を歩こうとしても、靴が脱げてしまってかなり難しいんですよ。まして、ぬかるんで靴をとられるようなところでそれをやるのはほとんど無理だ。ただでさえ、後ろ向きに歩いた違和感の残る足跡がさらに不自然なものになる」


 「つまり——?」と、三神が結論を促した。皆がシンとし稲森の次の言葉に注目した。


 「このトリックが使えたのは、畠さんだけです。それに家の中に先に入って遺体を発見したのも畠さんでしたよね。その時に長谷川さんに気づかれないようにトートバッグに隠した靴を玄関に戻したんでしょう」


 探偵の言葉を聞いた一同はそのままゆっくりと畠の方に視線を動かす。畠は顔面蒼白状態から徐々に身体がわなわなと震え出す。


 「ち、違う!!俺じゃない!!」


 畠は悲鳴に近い叫びをあげたが皆畠の言葉が耳から抜けていく。真美や長谷川は一歩二歩と後退り畠を恐ろしいものを見るような目で見つめながら距離をとっていく。

 畠は震える声で言った——


 「今の推理は、その写真ありきなんだろ……?その写真そのものがトリックなんじゃないのか?俺に罪を着せるための??今の時代、写真の日付や時間を変えるなんて簡単にできるんじゃないのか」


 「確かに——」稲森は言いながら、ずっと肩に下げていた大きな黒いバッグを開けた。中から愛用の一眼レフカメラと黒色っぽい細長いフィルムのようなものを何枚か取り出した。


 「そう言われると思って持ってきたんです。これ、俺が愛用してるカメラでとある人のお下がりなんですけどね。年代物のフィルム式なんですよ。こっちはその写真のネガ。おかしなところがないか存分に調べてもらって結構ですよ」と、稲森はカメラとネガを机の上に置いた。


 再び皆の視線が畠に集まる——

 畠は「畠さん……」と近づいていった佐伯にビクッとすると、その佐伯を突き飛ばし「ちくしょーー!!」と言いながら稲森に向かっていった。

 「ヒィ」と情けない悲鳴をあげて身を小さくした稲森の前に三神が立ち塞がった。「どけっ!」と言って突き出された畠の右腕を掴むと、身を翻し、素早く畠の懐に入り込んだ。そして畠の身体の中で一気に身体を伸ばすとその引き締まった腰に畠をしっかり乗せて投げ飛ばす。畠の身体は突進していった勢いそのまま進行方向に向かって宙を舞った。三神の見事な一本背負いに皆が惚れ惚れする。投げ飛ばされた畠の着地点にいた一名を除いて————


 「え?ちょっ?まって!う、うわぁぁぁあああ!!!」


 三神が稲森と畠の間に入って安心したのも束の間、悲鳴をあげて身を縮こませていた稲森の上に投げ飛ばされた畠がまっすぐ落ちてきた。畠の背中が頭を抱えて丸くなっていた稲森の背中にぶつかって、二人揃って潰れた蛙のような悲鳴をあげて崩れ落ちていった——


 「なんで、一本背負い……?後ろに俺がいるのに……」稲森が弱々しい声音で三神に言った。


 「ご、ごめんね。つい勢いで」三神は顔の前で両手を合わせて、ごめんと可愛らしく頭を下げた。


 ともあれ、稲森と三神のやりとりを横目で見ながら、稲森に重なるように倒れている畠に佐伯が手錠をかけて、ようやく畠は大人しくなった。

 三神と佐伯によって畠は南城署まで連れられていった。かくして事件は急転直下の解決を迎えた。


   ◇  ◆  ◇


 ————それから数日が過ぎた。


 「探偵君、いる?」


 毎度お馴染みとなったパターンで三神警部補と佐伯刑事が稲森探偵事務所を訪れた。


 「あ、三神警部補でしたっけ?」


 出迎えたのは、たまたま探偵事務所にいた探偵事務所隣の蕎麦屋の若女将、稲森の幼馴染の赤池あかいけみずきだった。幼馴染の腐れ縁で、仕事がなく家賃の払えない稲森に蕎麦屋の仕事を手伝わせたり時には賄い飯を食べさせたりするなど、ぐうたらで見てられない稲森についお節介を焼いてしまう女の子だ。今日は居眠りしてバイトの開始時間になっても現れなかった稲森を叩き起こしにきたところだった。


 「三神警部補?」


 稲森はいつものようにソファの影から顔だけ覗かせた。


 「悪い、みずき。仕事みたいだ」


 「いや。話はすぐに済むから、そのあとは好きにして」


 バイトをサボろうとする稲森の言葉を三神が即座に否定する。三神と佐伯は探偵事務所の中に入ってくると稲森をどかしてソファに座った。稲森は赤池に「お茶」と指示。赤池は「何で私が——」と文句を言いながら奥のキッチンへ引っ込んでいった。


 「この間はいろいろありがとう」赤池がいなくなったのを確認して三神が言った。


 「——あのあと、畠は取り調べで陽子殺しについても認めたわ」


 「動機は何だったんですか?」


 「一言で言うなら痴情のもつれかしら。陽子は相当悪い女だったみたいよ。畠は仕事の関係で、よく大豆生田邸に行くことがあってそこで会ってるうちに陽子の方から畠に言い寄っていったみたい。畠はいけないと思ってたけどあの美貌にやられて二人が深い仲になるのに時間はかからなかったらしいわ。そうして二人で会ってるうちに畠は陽子から『宏行にDVの被害にあっている』と打ち明けられた。あなたと一緒になりたいけど宏行がいるとそれもできない。——なんて言葉巧みに畠に宏行を殺させたそうよ」


 と、三神。「ちなみにDVの事実は確認できていないわ」と付け加えた。


 「夫婦仲が悪いのは本当だったんですね。でも殺すまで発展しちゃうなんて……」


 「宏行には受取人が陽子になった多額な保険がかけられていたわ。それにフルーツパーラーの莫大な資産も陽子に相続されただろうし、結局はそういうことなのかもしれないわね」


 「でも、それで何で畠は陽子まで殺したんですか?」


 「それがね——

 やっぱり原因はあの写真だったみたい。陽子は写真に畠のアリバイ工作の証拠が残されてるのに気がついて畠を呼びつけて強請ったそうよ。警察に黙ってるかわりに——って。それに畠にしたら自分に殺人を犯させてる間に、他の男と浮気していた陽子が許せなくなったのね。ついカッとなってやって衝動的な犯行だったみたい」


 稲森は三神の話を聞いて畠に同情の念を覚えた。決して陽子殺しを肯定することは出来ないけど畠を哀れに思うと同時に女の裏の顔にゾッとする。三神が続ける。


 「でも、宏行が自殺の方向で捜査が進んでいたとしても、その直後に陽子まで死んだとなっては宏行の自殺と陽子の死が関連づけられて自分まで捜査の手が及んでしまうかもしれない。そう思った畠は、陽子の遺体が見つからないように白沢川に捨てて流そうとしたんだけど、結局散歩してた通行人に見つけられちゃったのね」


 あとは探偵君も知ってる通りよ。三神は話を締めくくった。三神の話の終了を待っていたかのようなタイミングで赤池がお茶を載せたお盆を持って戻ってきた。

 三神はそのお茶を丁重に断ると佐伯刑事と共に探偵事務所を後にした。三神が帰りがけに「探偵君もあんまりフラフラしてちゃ駄目よ」と稲森に言い残していった。


 「三神警部補たち、一杯ぐらい飲んでいってもいいのに——」と、赤池が言った。


 「警部補たちも忙しいんだろ。お茶悪かったな」


 「いいよ。圭一は飲むでしょ」


 「ああ、ありがとう」


 赤池は稲森の前に入れてきたお茶を置くと、自分も向かい側に座り、お客様用に淹れてきたお茶を口に運んだ。赤池が言う。


 「圭一、今回は頑張ったんだね」


 「ああ、依頼人が亡くなったって聞いた時はびっくりしたよ。まさか、こんな事件になってるなんてな」


 「圭一、夜は暇なんでしょ?うちに来なよ。今日は奢ってあげる!」


 赤池はカップを机に置くと無邪気な笑顔で稲森に言った。稲森は喜びのあまり座っていたソファの上に飛び上がり身を乗り出した。


 「ほんとか!?酒もいいか!?」


 「一杯だけね。頑張ったご褒美!」


 「じゃ、真美さんにも声をかけないと——」


 「真美さんは今日は休みなんでしょ?呼び出しちゃ悪いよ。それより話聞かせてね」


 「そうか?——まあ、いいか」


 赤池は嬉しそうに微笑んでいた。

ご高覧いただきありがとうございました。

ブックマーク、評価よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ