第2話7
その日の夕方、稲森と真美は大豆生田邸に来ていた。他に集まったのは南城署の三神警部補と佐伯刑事、それから大豆生田宏行の遺体の第一発見者である長谷川と畠だ。二人は三神に頼んで集めてもらった。
「探偵君。こうやって関係者を集めさせて——。また推理ショーでも始める気?」
三神は少し呆れているような声音で言った。稲森はそんな三神の態度には露程も気にせず飄々としている。その肩には見慣れない大きな黒いバッグが下げられていた。稲森が言う。
「皆さん。お忙しい中急にお呼びだてしてしまってすみません。話はすぐに済みますので少しの時間どうかお付き合いください」
「あなたは誰ですか?」芝居然とした喋り方をする稲森に声が掛けられる。第一発見者のフルーツパーラー大豆の取引先営業社員の長谷川だ。どこか苛々しているように見える。まあ稲森の態度を見ていたら仕方ないかと真美は思った。
稲森は失礼しましたと言って名刺を取り出すと——
「稲森探偵事務所所長の稲森です。御用命の際は是非お声がけください」と長谷川と同じくフルーツパーラーの取引先の広報部社員である畠にも名刺を差し出した。ついでにと言って佐伯刑事にも渡している。
三神は「私たちが探偵君に仕事を依頼することは無いだろうけど——」と、稲森が珍しく行った営業活動をバッサリ切り捨てて——
「私たち、まだやることがたくさんあって本当に忙しいの。話があるならさっさと言って?」と言った。
稲森はハハハッと後頭部を掻きながら気まずいような渇いた笑いをこぼすと、「じゃあ早速」と言って本題に入った。
「今回の大豆生田宏行、それから奥さんの陽子の事件について俺なりに考えがあるんで聞いてください」
「宏行さんは自殺だったんじゃないんですか?」と畠が言った。一番最初に遺体を見たのが彼だ。その時の光景を思い出したくもないのだろう。弱々しい声音で囁くように言った。
それに対して稲森は——
「残念ながら俺はそうは思いません。考えても見てください。宏行が自殺のような格好で亡くなっているのが発見されて間もない期間に今度は奥さんが殺害されているんですよ。これは一連の事件じゃないかって疑うのは当然のことじゃないですか?」
そう稲森は毅然として言った稲森に、「じゃあ誰が殺したんだ?」と長谷川が言った。
「まあそう慌てないで」と言って稲森が説明を続ける。
「まずは事件当時の状況をおさらいしてみましょう。宏行の遺体発見の当日は昼過ぎまで大雨が降っていました。そして雨も上がった午後四時に、宏行に呼び出されたあなた達二人が現場に到着してみると、ぬかるんだ庭に玄関に入っていく宏行の足跡があるがいくら呼んでも返事がない。心配になったあなた達が家の中に入ってみると、ドアノブにネクタイを引っ掛けて首を吊っている宏行の遺体を見つけた。ここまでは合ってますか?」
「はい」と二人は口を揃えて言った。
「その時、足跡は確かにひとつだけでしたか?」と稲森が聞くと——
「間違いありません」と畠が答える。
「もっともそのあと私たちが入っていって足跡をつけちゃいましたけどね」と長谷川が付け加えた。
稲森は三神の方をチラッと見ると、視線の意味を悟ったのか「事情聴取の内容とも矛盾はない」と言った。
稲森は「よく分かりました」と頷くと、肩に下げた黒い鞄の中から一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは——
「これ、陽子が警察に提出した写真じゃないの。自分の無実を証明するための」と三神が言った。稲森は説明を続ける。
「三神警部補が言ったとおり、この写真は陽子と浮気相手を写した浮気写真です。俺が宏行に依頼されて撮影した写真ですが、実はこの写真を撮影したのもあの大雨の日でした。近所からも夫婦仲が悪いことで知られていた陽子が、自分が事件と無関係なのを証明するためにこの不名誉な写真を宏行に変わって受け取り警察に提出したんです」
「ここ、よく見てください」と言って、稲森は写真の一部を指差した。指の先には鮮やかな赤いとんがり屋根の家が見える。一同が集まっているここ大豆生田邸が写真に写っていた。
「それがどうしたの?」と三神が言った。
それを聞いて稲森は得意げに鼻を鳴らすと黒いバッグからさらに沢山の写真を取り出した。
「警察には一枚しか渡されなかったかもしれませんが、実は写真はいっぱいあるんです。これでもかってぐらい連写しまくったんでね。そして俺はこの写真をすべて陽子にも渡しました。それで陽子は気づいたんでしょう。見てください——」
そう言って稲森は撮影した順番に写真を皆に見せていく。あっ!一同から声が漏れた。
「庭に誰かいる!」佐伯刑事が写真に現れた人物を指差して言った。
「距離が遠い上にコートと帽子で誰だかよくわからないけど、宏行さんが帰ってきたところかな……」と長谷川が言った。
「でも、なんかおかしいような……」三神が首を傾げながら言う。
「あっ!」一際大きな声で真美が言った。「この人、後ろ向きに歩いてる!」
稲森は満足したように頷くと、その通りと言って、説明を続ける。
「今言った通り、この人物は玄関から出て後ろ向きに歩いて敷地外に出ていっています。そしてお二人が遺体を発見した時、足跡は玄関に向かうひとつしかなかった。つまりこれは宏行を殺した犯人が宏行を自殺に見せかけるために付けたトリックの足跡だったんです」
「何ですって!?」と三神が言った。稲森が説明を続ける。
「この写真が撮影されたのは午後二時ごろです。犯人は遺体が発見された午後四時過ぎより二時間以上前から大豆生田邸にいた。計画的な犯行だったのかどうかはわかりませんが、結果的に犯人はネクタイを使って宏行を絞殺しドアに引っ掛けて自殺を装った。その上で大豆生田氏のスマートフォンを使って、第一発見者を集め、この後にやる足跡のトリックを目撃させて宏行は自殺したと印象付けさせようとしたんだ。警察にもそうゆうふうに証言させるためにね」
「なるほどね。じゃあ何で陽子は殺されたのかしら?」と、三神が言った。
「それは想像するしかありませんが、恐らく陽子もこの大量の写真を見ているうちに犯人の目星がついたんでしょう。もしかしたらそれをネタに犯人を強請ったのかもしれない。そのせいで犯人から口封じをされてしまった。そんなことも考えられるんじゃありませんか」と稲森が言った。
「では、話を最初の事件に戻しましょう——
この足跡のトリックは家を出ただけでは完成しません。犯人にはまだ現場に被害者の靴を戻す作業が残っています。それには犯人は誰よりも早く現場に戻る必要がある。足跡があるのに靴がないんじゃおかしいですからね。つまり——」
稲森の言葉に集まった者達が固唾を呑み込む。稲森は続く言葉をゆっくりと口にした。
「——大豆生田宏行を殺害したのは、第一発見者の二人のうちのどちらか、ということです」
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