第2話5
陽子と会った二日後、稲森探偵事務所に珍しい来客が現れた————
「探偵君、いる?」
突然の来客は事務所入り口のガラス扉を開けると開口一番でそう言った。千葉県警南城署に勤めるボブヘアの美人刑事、彼氏無し未婚のまま三十歳を迎えることに焦る三神奈緒警部補だ。稲森とは真美の巻き込まれた事件で、真美を殺人犯として誤認逮捕しそうになったところを稲森が真相を解き明かし、辛酸を舐めさせられた過去がある。今日もあの時と同じ若い男性刑事とバディを組んでいる。男性刑事はまだ新米といった感じで年齢の頃も稲森とそう変わらなそうだ
探偵はいつものように応接用のソファから起き上がると————
「あれ?三神警部補じゃないですか。珍しいな。今日は何の用で?」
と言った。三神は何も言わずに稲森の元まで行くと、その鼻面に一枚の紙片を突きつけた。
「これ、あんたが撮ったんだって?」
紙片にはマンションの一室から出てくる大豆生田陽子と男性が描かれている。四日前の張り込みで稲森が撮影した写真の内の一枚だった。稲森は右手で三神の腕を顔の前からどかしながら答えた。
「そうですね。何で三神警部補がこの写真を」
「捜査秘密!撮影したのはいつ?」
「四日前……。大雨があった日の午後二時ごろですね」
「よろしい。それじゃ邪魔したわね——」
それだけ言うと三神はさっさと探偵事務所から出ていった。一緒にいた男性刑事は申し訳ないと言うように稲森に会釈すると三神を追って事務所を後にした。
「——なんだったんだ?俺、恨まれるようなことしたかな?」
「私の事件が原因でしょうか?」
稲森の独り言に、騒ぎを聞きつけて奥から出てきた真美が答えた。稲森はそれを聞いて納得したように、あぁと声を漏らす。
「それにしても、何で警察はあんな写真を調べてるんだ?ただの自殺じゃないってことか?」
稲森は少し考えるような素振りをしたあと、おもむろに立ち上がるとこう言った。
「ちょっと大豆生田さんのところに行ってくる」
それ、お金になることですか?——真美がそう稲森を止めようとした時には、既に稲森は探偵事務所から出ていってしまっていた。
◇ ◆ ◇
車を走らせ稲森は大豆生田邸の近くまでやってきた。コインパーキングに車を停めると大豆生田邸に歩いていった。大豆生田邸には数人の警察が出入りしている。稲森は出入りする刑事たちの様子にものものしい雰囲気を感じた。大豆生田邸入口の門のところに三神警部補と一緒にいた若い男性刑事がいたので稲森は話しかけてみた。
「先程はどうも。ええっと、お名前は何でしたっけ?」
「——佐伯です。稲森さん、こんなところまでどうしたんですか?」
佐伯と名乗った男性刑事は突然現れ気さくに話しかけてきた稲森に少し面食らった様子だった。そして事件現場におよそ似つかわしくないこの男に当然の質問を浴びせた。稲森は何気ない感じで答える。
「いえね、奥さんから大豆生田さんは自殺したって聞いたんだけど、さっきの三神警部補の様子に違和感を感じたから様子を見に来たんだ」
「そうだったんですか。実は今相当立て込んでまして………。実は先程ここから数キロ離れた白沢川で大豆生田陽子の遺体が発見されたと連絡が入ったんです。もともと宏行の方も自殺と事件の両面で捜査を続けてたんですけど——」
佐伯の話の途中で大豆生田邸の玄関扉が開き三神が出てきた。佐伯はそれを見つけると——
「とにかく、稲森さんにはまた話を聞きにいくことになりそうです。現場に行かなきゃいけないんで、これで失礼します」
そう言って稲森の言葉も待たず三神と覆面パトカーに乗って行ってしまった。
白沢川は南城市を南北に二分するように流れる河川である。ところどころで耕作放棄の目立つ田園地帯を流れ、土手沿いには農道という名の遊歩道もあるが、長年耕作されていない田んぼの付近などでは草木が伸び放題で見通しが悪くなっている。近所の高齢者の散歩や農家ぐらいしか用のない場所で、まして若くてイケイケな大豆生田陽子が行くにはとても似つかわしくないような場所だった。当然、稲森は大豆生田宏行の自殺の件と関連付けて事件を疑う——
稲森はコインパーキングに止めた車まで戻ると、白沢川に行ってみようかと考えた。しかし、いくら狭い街と行っても農道しかなく見通しの悪い河川沿いを当ても無く走るのは考えものだったし、見つけたところで事件現場は稲森に当然見させてもらえないだろうし邪魔者扱いされるのも目に見えていた。
「——佐伯刑事も話を聞きにくるって言ってたし、大人しく待ってるしかないか」
特に収穫もないまま稲森は探偵事務所に帰っていった。
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