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第2話2

 真美は二人分のコーヒーを用意すると、応接セットに腰掛けた稲森と客人の前に並べ、部屋の片隅にある事務机に腰掛けた。稲森のことがほっとけない赤池もちゃっかり空いている席に座っている。稲森に出ていけというように軽く睨まれたが、いつものことなので気にしない。真美もお馴染みの光景ともう慣れっこになって特に気にしていない。

 ——初めに稲森が挨拶をしてから客人に話を促す。


 「私は大豆生田おおまめうだ宏行ひろゆきと申します」


 「大豆生田って言うと、もしかしてフルーツパーラー大豆の————」


 「はい、社長を務めています」


 フルーツパーラー大豆は贈答用の桐箱入り高級果物の販売を主事業に据え、賞味期限の迫った果物や傷や形が悪く贈答用の規格にあわない果物をケーキやパフェなどにして無駄なく儲ける南城市では知る人のいない有名店だ。もともと畑近くで直売経営を営む果樹農家だった大豆生田が若者のフルーツ離れを懸念し、青果としての果物販売だけの経営に限界を感じて、直売所を改装し喫茶を開いたことが大当たりした。大豆生田宏行は見た目に華やかで味も申し分ないケーキやパフェでSNSを駆使する若者に受け、一代で財を成したやり手経営者である。今では市内で三店舗を経営しどこも好調。ゆくゆくは都内への出店も検討している。そんな大豆生田の依頼内容とは————


 「妻の不倫の証拠を掴んでいただきたい」


 大手社長の登場ににやける顔を取り繕うのに必死だった稲森の熱が一気に冷めた。依頼の詳しい内容はこうだ————


 「実は私は今年で五十歳になるのですが、若い頃は仕事ばかりで……。妻とは五年前に結婚しました。子供はいません。結婚当時は一回りも歳下で美人で私には勿体ないやつだと思ってたんですが、以前から不審な点も多くて——」


 「不審な点とは具体的には?」


 「妻は専業主婦をやってるんですが、結婚当初から家にいないことが多く家事もあまりやりませんでした。当時はまだ若かったですから、遊び足りなかったり、家事もこれから覚えていくものだと我慢していましたが、私があまり強く言わないことを良いことに今でも豪遊三昧です。そして携帯を肌身離さず持ち歩き、私には絶対に見せません」


 「——もう、すっかり夫婦仲は冷え切っていて離婚は時間の問題です」と、大豆生田は付け加えた。


 「なるほど。もし浮気が発覚したらどうされますか?」


 「すぐに離婚協議を進めます。慰謝料もしっかり請求するつもりです」


 間髪入れずに大豆生田は答えた。二人のやりとりを見て、もう心は固まってるんだなと真美は寂しい気持ちになる。大豆生田さん、よく考えてくださいと前置きして稲森が言った。


 「私はプロの探偵です。当然仕事をやるからには報酬をいただきますし、調査した結果、浮気の証拠を入手できなかったとしてもそれは変わりません。それにうちは弱小ですけどこれでも仕事は多いんです。スケジュールの都合がつくかどうか————」


 「所長、ちょっと——」


 突然、本来探偵事務所の部外者である赤池から声が掛けられ、大豆生田は不審そうな目を向ける。稲森が言った。


 「みずき、あとにしてくれない?」


 すると、赤池はおもむろに応接セットまで来ると稲森の前に立った。赤池の足は稲森のつま先を踏んでいる。


 「所長、よろしいですか?」


 「あ、ああ……」


 稲森は足の痛みを隠し、引き攣った笑顔で答えた。少々お待ちくださいと言って、二人は大豆生田を待たせ奥の部屋へと向かう。真美も「すいませんね」と大豆生田に会釈すると、大豆生田を待たせて二人を追いかけた。


 「あんた何考えてるの?忙しいとかなんとか言ってたけど、もう二週間も暇してるよね?」


 奥の部屋に入り稲森、赤池、真美の順で入ると真美は後ろ手に扉を閉めた。

 稲森探偵事務所は決して忙しい事務所ではなく、むしろ常に閑古鳥が鳴いているような転覆寸前の事務所である。赤池は部屋のドアが閉まったのを確認すると、引き攣った表情でおろおろしている稲森の眼前まで詰め寄り、吐いた息がかかるほどの距離で言った。


 「仕事の選り好みができる立場だとでも思ってんの?」


 「——いや……。みずきは知らないかもしれないけど、浮気調査って地味な割には肉体的にも精神的にもキツいんだよ。それに証拠を掴んだとして報告するときには気も使うし————」


 「圭一、先月の家賃どうしたっけ?私が立て替えたよね?」


 「そ、そうですね……」


 「仕事断る余裕があるなら、今すぐお金返してよ」


 「いや、それは……」


 「だったら仕事しろ!」


 気づいたら、赤池は稲森の胸倉を掴んでいた。真美はいつもの見慣れた光景を微笑ましくにこやかに眺めていた。

 ————かくして。


 「————この内容でよろしければサインをお願いします」


 大豆生田は調査依頼書を一瞥すると、胸ポケットに挿していた万年筆でサインした。「よろしくお願いします」と頭を下げて探偵事務所をあとにする。


 「——頑張りましょうね」と真美が笑って言った。稲森は曖昧な笑顔でそれに応えた。

 稲森は探偵事務所の探偵兼所長であるが、その経営実態としてはトップに蕎麦屋の若女将赤池みずきが君臨している。真美は探偵助手として、落ち込んでいる稲森を励まし仕事の準備を始めた。

ご高覧いただきありがとうございました。

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