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第2話1

 ——雷が鳴っている。発達した積乱雲が南城なしろ市の上空を覆い、バケツをひっくり返したような大雨と激しい雷鳴と轟かせていた。まだ昼過ぎなのに分厚い黒雲が太陽の光を遮り、南城市は暗く重苦しい空気に包まれていた。


 「はあはあはぁ……。やっちまった…」


 電気のついてない真っ暗な一室。締め切ったカーテンの隙間から雷光が入り、中の人物を一瞬だけ照らす。呼吸を荒くし足下に倒れた人物を見つめている。悲嘆的な声音とは裏腹にその人物の口角は上がっていた——


   ◇  ◆  ◇


 「何もこんな日を選ばなくてもいいじゃないか——」


 同じ頃、稲森いなもり圭一けいいちは愛車の運転席に座りボーッと外を眺めていた。運転中ではない。信号待ちでも渋滞に引っかかったわけでもない——

 ——南城市は千葉県に広がる関東ローム層の台地の上に位置し、水捌けの良さから果樹の生産が盛んである。敷地の狭い南城市は市街化地域と農村地域が入り乱れ、道を挟んで高級住宅街と農村の原風景が広がるような、よく言えば緑が溢れる、悪く言えばごちゃごちゃした街並みである。稲森はそんな住宅街と農村の入り乱れた一角に駐車違反の車のように路上駐車し、両手に一眼レフカメラを構えて窓の外に目を凝らしていた。視線の先には年季の入ったマンションが見える。稲森が車を停めた場所は小高い丘のようになっていて、そのマンションの上層階のドアや通路、付近の住宅の様子がよく見渡せた。

 ——稲森がマンションの監視を始めてから約三時間が経過した。滝のような雨は止み、雷鳴も遠くなる。


 ————コンコンッ


 稲森の車の助手席の窓を何者かが叩いた。稲森が助手席の側へ目をやると窓を叩いていた人物は車に乗り込んできた。


 「稲森さん、首尾はどう?」


 「あ、真美さん。まだ動きはないなー。一人であの部屋に入ったっきり他に出入りはないよ。まあ、あの雨だったからしょうがないかもしれないけど……。もともと浮気相手が中に居て、二人一緒に出てきてくれれば仕事も終わりにできるんだけどなー」


 「じゃあこれからが勝負ね。これどうぞ」


 真美が稲森にサンドイッチとコーヒーを渡す。張り込みを続け、昼飯を食べ損ねた稲森は「助かった。腹ペコだったんだ」と早速それらを胃袋に運んだ。


 ——中村なかむら真美まみは稲森探偵事務所唯一の所員。稲森より五歳年上で今年が二十代最後の歳。子供の頃は三十歳までには結婚できるものと信じて疑わなかったが、現在は結婚はおろか恋人の影も見えない。

 稲森とは真美が巻き込まれた殺人事件を稲森が解決した時からの付き合い。当時、真美が勤めていた職場の同僚が不自然な死に方をし真美が容疑者として疑われたが、稲盛の活躍により無実は証明された。しかし事件がきっかけで会社に居づらくなった真美は退職し、探偵事務所に半ば強引に転がり込んだ形だ。

 しかし、稲森探偵事務所は探偵兼所長である稲森のやる気なし、根性なし、忍耐なし(ついでに金なし)のないない尽くしの性格のお陰で日々の暮らしもままならない貧困生活を送っている。真美はとんだ泥舟に飛び込んでしまった自分の浅はかさを呪い、今は探偵事務所の助手兼営業担当として、稲森の尻を叩き探偵事務所を一流にするため精力的に働いている。


   ◇  ◆  ◇


 事の発端は三日前、中肉中背でハイブランドのスーツを着こなす男性が稲森探偵事務所を訪れたことから始まった————


 「————失礼します」


 男性は探偵事務所の入り口を潜ると中に人の姿が見えなかったので少し大きめな声で声をかけた。ドアに取り付けられたベルも来客を告げている。男性はドアを閉め玄関に立ったまま中に向かって声をかけたが何も反応がない。

 ——探偵事務所は玄関のすぐ目の前に応接セットが用意されている。男性の立っている側には二人掛けのソファがおかれ、膝高のローテーブルを挟んでこちら向きに一人がけのゆったりとしたソファが置かれている。その周りには書類の積まれたキャビネットやパソコンや電話などの機器が置かれた事務机がある。

 何も反応がないので男性は不安になり、少し戸惑いながらもう一度声をかける。すると——


 「お客さん、すみませんが今日はもう終了です。また明日出直してください」


 どこかから若い男性の声が聞こえるが姿が見えない。男性は玄関に佇んだまま声の主を探して身を捻る。そうしていると、目の前に置かれた応接セットの二人掛けのソファの背もたれから若い男が顔を覗かせた——


 「あの、今日はもう終わりです。お引き取りを——」


 「お客様っ!?失礼しましたっ!!すぐ用意しますので少々お待ちください。圭一!早く起きて!」


 事務所の奥から顔を覗かせた女性が慌てて出てきて、ソファに寝ていた若い男の頭を叩く。

 たまたま探偵事務所に遊びに来ていた赤池あかいけみずきだ。閑古鳥が鳴き事務所家賃の支払いも滞りがちな探偵の幼馴染であり、何かと稲森の世話を焼きたがる探偵事務所隣の蕎麦屋をきりもみする若き経営者である。

 ——男性は二人のやりとりを見て、露骨に「来る場所を間違えた」と言うような微妙な表情をした。

ご高覧いただきありがとうございました。

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