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稲森探偵事務所〜ぐうたら探偵とおせっかい女将の事件簿〜  作者: 伊佐谷 希
第1話 猫は殺人事件の真相を暴けるか
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 ここは首都東京都から電車で一時間程の距離にある面積が五十平方キロメートルにも満たない千葉県の小さな田舎町。数十年前のニュータウン計画の実施により、今後発展していくと期待した者たちが都会から離れ、ベッドタウンとしてこの地へ移住してきたが、さまざまな商業施設を近隣他市に取られ、近隣が発展していくなか、その田舎町だけは取り残され、若者が流出はせど新たに入ってはこず、豊かな自然と期待を裏切られた団塊の世代の人々が暮らす閑静な住宅街が広がる事件とは無縁な平和な街である。

 その街の名は『南城なしろ市』という。


 その平和な街に何故か一軒の探偵事務所がある。市内に二つしかない駅の一つ、南城駅の駅前商店街の片隅、その事務所の壁には——。


 『難事件求む』


 ——の不謹慎な貼り紙。そして、入口のガラス張りのドアには白文字で——。


 『稲森探偵事務所』


 ——と記されていた。


 しかし、その実態は閑古鳥が鳴き続ける暇な探偵事務所だった。

 所長兼唯一の所員である『稲森いなもり圭一けいいち』は、今日も応接用の二人掛け皮張りの黒いソファーに寝っ転がり、スマートフォンで漫画を読んで暇を潰していた。


   ◇  ◆  ◇


 ——カランッ


 四月半ばを迎えたある日、いつものように暇な時間の流れる稲森探偵事務所の入口から来客を知らせる鐘が鳴った。


 (せっかく、いいところだったのに…)


 久しぶりの客、久しぶりの収入のチャンスにやる気を出すどころか、読みかけの漫画アプリを名残惜しそうに閉じてスマートフォンをテーブルの上に置き、稲森は面倒臭そうに身体を起こしソファーの上から入口の方に目をやる。すると、そこに立っていたのはよく知る女性だった。


 「あんた、それで本当に稼ぐ気あるの?やる気がないなら、私もあんたに協力してあげられないよ」


 この女性は、稲森探偵事務所の隣に入っている蕎麦処あかいけの若女将『赤池あかいけみずき』だ。稲森とは同級生の24歳。子供の頃はかわいいママになるのが夢であったが、彼氏はおらず、これまでまともな恋愛もできないまま次の誕生日にはアラサーになってしまう現実が直視できない悩めるお年頃の女の子()だ。

 稲森とは親同士が知り合いで、子供の頃からよく一緒に遊んでいた。二人が成人した頃

、稲森の両親は仕事を早期に退職し、セカンドライフをのんびり過ごしたいと移住していったが(のんびり暮らすなら、南城市でも変わらない気がするが…)、稲森は両親にはついて行かず、南城市に残り、ここで探偵事務所を開いていた。

 蕎麦処あかいけは彼女の祖父の代から続いている老舗で、南城市内では評判も高く、連日、飲食客や出前で大忙しの繁盛店であった。赤池の両親はまだまだ働きたい意欲は高かったが、昨年、彼女の父親の、長年の立ち仕事で痛めていた腰の具合が悪化し、いよいよ仕事にも支障が出てきてしまったため手術をおこなった。今はリハビリも進み、厨房にも立てるようになってきたが、以前のような無理もきかなくなり、娘に経営を引き継ぎ、二代目夫婦は裏方に回ったのだった。


 さて、赤池の言っていた協力の件だが、実は彼女、幼馴染みの情けで、仕事がない稲森に、時にはテナント料を立て替え、時には蕎麦屋でバイトをさせ、その生計を支えてやっていたのだ。


 「やる気があっても仕事がないんだ。しょうがないだろ」


 「あんた、昨日、浮気調査の依頼断ったでしょ?」


 「え?そ…そんなこと…ないよ?」


 「嘘ついても無駄。その人、その後うちでヤケ酒しちゃって、旦那さんの愚痴とかあんたの愚痴とかたくさん聞かされたんだから!」


 「あ、そうなの」


 「開き直るんじゃない!どうせ退屈な仕事だとでも思ったんだろうけど、あんた仕事選べる立場じゃないでしょうが!」


 そう、この男、まったく仕事の依頼がないわけではなく、貼り紙に示すように難事件・凶悪犯罪にしか興味がないと嘯き、仕事を選り好みしているのだ。


 しかし、平和な南城市ではもちろんそんな事件の依頼はない。この男の推理力はいまだ未知数である。


 ——カランッ


 また入口の扉が開いた音がする。


 その音を聞き、稲森は面倒くさそうにした表情をまったく隠す努力をせずドアの方を見る。


 (この男、単純に働きたくないだけなんじゃないか?)


 赤池はこれまで何度も思ったこの疑問を、心の中で稲森にぶつける。


 「あ、お客さんすみません。今、取り込んでますんで……」


 「いらっしゃいませ!どうぞ中までお入りください。所長、早く退く!どうぞ、こちらのソファーにお座りください」


 赤池は稲森の言葉を遮り、依頼人にソファー勧めると、自身はまるで探偵の助手であるかのようにキッチンへ行き、勝手に棚を開け、テキパキとお茶を煎れるとテーブルに運んできた。


 「ありがとうございます」


 依頼人はお礼を言い、赤池に会釈する。


 「あの…?」


 そして、当然のように向かい側で稲森の隣に座る赤池に当惑した顔で疑問の声を漏らす。


 「どうぞお構いなく。私もここの所員ですので」


 「は、はぁ…」


 営業スマイルバッチリで頭を下げる赤池に、いまだ依頼人は不審な目を向けているものの、依頼内容を話し始めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ブックマークよろしくお願いします。

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