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虹の橋を渡るまで  作者: 上野暢子
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7 虹の橋

【ラッキー(十歳)最後のつぶやき】

 アタシはもううめく力も無くなった。ママが横にいてずっとなでてくれる。「もう頑張らなくていいよ」「もう逝ってもいいよ」って言いながら。時々座ったまま寝ちゃってたりするけど。ママの声を聞きながらアタシは眠りに入った。

 眠りの中でもアタシは苦しかった。どうすれば楽になれるの?どうしたらいいの?そう心の中で何度も尋ねた。

 すると、視界が急に開けて、大きな虹が見えて来た。その虹は眩しいほど光を放っている。アタシを歓迎しているようだ。不思議な世界だなあ。これが、よく言う「虹の橋」というやつか。

 よくよく見ると、虹の向こう岸にウサギのみみちゃんがいた。そして、驚くことに、猫の母さんもいた。待っててくれたんだね。懐かしい二人だ。みみちゃんが言った。

「おーい、こっちへおいでよ。おいらと一緒に遊ぼう」

なぜだろう。以前に会った時にはみみちゃんが怖くてたまらなかったけど、今は怖くない。再会できて嬉しかった。猫の母さんが言った。

「歩けるようになったのね。良かったわね。こちらへおいで」

懐かしい母さん。アタシは思わず虹の橋に足を踏み出そうとして、はっとしてやめた。「ママとおばちゃんに、あいさつしてない。さよならもありがとうも言っていない」

何も言わずに虹の橋を渡ったら、きっと後悔するだろう。アタシは随分長いことためらった。

 そしたら、ママの声が聞こえて来た。

「ラッキー、もう頑張らなくていいよ」「逝ってしまってもいいよ」。

アタシははっとした。ママはアタシが逝ってしまうことを知っているのだ。ママの心の中は分からないが、ママはアタシがいなくなることを覚悟しているのだろうか。

だったら、だったら、ママやおばちゃんと別れるのは悲しいけど、アタシは自分の好きなところに行っていいんだ。そうだ。たとえアタシがあいさつもせずに虹の向こうに行ったとしても、ママやおばちゃんはきっと理解してくれる。

 アタシは目の前に広がる虹の橋をじっと見つめた。そして、心を決めて思い切って、虹の橋へ一歩を踏み出した。


【幸(二十二歳)の日記】

 午前五時四十一分。ラッキーのけいれんが止まった。ラッキーがついに、虹の橋を渡ったのだ。ラッキーは優しい顔でほんの少し目を開けて眠っている。母が目を閉じさせた。本当に眠ってるみたいだ。私たちは大きなため息をついた。ついに終わったのだ。

「ラッキー、ありがとう。気をつけて旅するんだよ」

と私が言うと、母が言った。

「ラッキー、ママに抱いてもらいなさい」

私はラッキーを抱きかかえた。ラッキーはやはり軽かった。どんどんやせていったのはやはり痛々しかった。私は泣きながら言った。

「ラッキー、十年間ありがとう。よく頑張ったね」

二〇十九年五月十二日午前五時四十一分永眠 享年十歳一カ月


大学は休むことにした。ラッキーを何があっても看取りたかったので、看取れたことは良かった。友達にメールで事情を話した。徹夜明けはつらいので休みたかった。

そして、九時になるのを待って、動物病院に電話した。

「ラッキーが今朝五時四十一分に、旅立ちました」

と言うと、先生は

「そうだったんですか。ほんとにお役に立てなくてすみませんでした」

と言われた。びっくりしたのは、夜になって先生から「ラッキーちゃんのご冥福をお祈り致します」と書いた小さな花束が贈られてきたことだ。本当に、この先生に診てもらえて、ラッキーは迷惑そうだったけど、良かったと思った。「ラッキー、あんたはこの先生のこと嫌ってたけど、先生はこんな優しい方なんだよ」と今頃必死で虹の橋を歩いているラッキーに声をかけた。

 十時になって、最寄りの動物霊園に電話した。そして、ラッキーのお葬式は次の日の夕方になった。大学へ行った帰りでも、十分間に合うだろう。

 

 私は空を見上げた。虹がかかっていないか見たけど、残念ながら虹はなかった。私は心の中で話しかけた。

「ラッキー、あなたはほんとに可愛くて、お茶目で、鈍くさくて、甘えん坊だったね。大好きだったよ。明日は本格的なお別れだけど、いつかきっと会えるよね。それまでみんなと仲良く暮らすんだよ」

思わず涙が出そうになったが、振り払った。ラッキーはもう苦しんでないんだから、泣いたらおかしい。それに明日のお葬式でたぶん散々泣かなきゃならないから、涙はその時までとっておこう。遺体の前で

 「ラッキー、この十年をありがとう」

声に出して言うと、どこからともなく声が聞こえたような気がした。

「ほんとにほんとにありがとう。アタシは世界一幸せでした」

「ほんとに?ほんとなの?私も世界一幸せだったよ」

夢の中のようなことだったが、私には確かにラッキーの声に聞こえた。

ありがとう、ラッキー。また、会おうね。


 



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